第2話 冒涜の化身 中編
「最後に――21号室には何が?」
店主代理はその言葉を聞くと、途端に顔を曇らせ、きまりが悪そうに黙り込んだ。
その行動は、俺に一時の強い嫌悪感を抱かせた。
瞬く間に現れる黒い光の予感――額や胸に
ガンホルスターから直ぐに銃を抜けるよう、
……店主代理の両手もカウンターの上、見える位置に在る。
『カウンター下にショットガンを隠していないのか? この御時世に、なんとも珍しい……間抜けか腰抜けか、
思考は今も延々と巡らせている。最悪の可能性から、更に最悪な可能性まで、ありとあらゆる可能性を、現時点で得られている情報から引き出している。
然し――これならいざという時、最低限の対応は出来るだろうと思われた。
店主代理は黙考を終えて、また
「……い、いえ。ただの改装工事ですよ。1号室から順番に改装工事をしている最中なのです。今は21号室の番でして……」
『――嘘だ。』
明からさまに嘘――直感的に判断する。
俺の直感には多少の経験から来る一定の信頼度があり、尚且つ、店主代理特有の人間的脆弱性が、その匂いを更に強めていた。
根拠は勿論ないのだが、今迄の踏んできた場数と、見破った嘘の数が、その“信頼性“の根源ともなっている。実際、俺はコイツに
とはいえ、信じ過ぎるのも良くない。
無論、その真偽の為に無駄に労力を費やし、店長代理を
彼が彼方側の人間である可能性に比例して、リスクもまた高い。一人で情報を掻き集めた方が信頼できるだろう。それに、この男なら少し泳がせれば何か話すかもしれない。ここは無難に立ち回る必要があった。
その思考に至る頃、店主は嘘くさい話を途端に切り上げ、その足りない頭でまた暫し黙考した。そして、愚者にしては珍しく、鋭い質問を投げ掛けてきた。
「――もしかして貴方……警察の方ですか?」
『とうとうか……然し、ということは、何か
俺は
『曖昧且つ証拠無しの「ヒント」を得る』という、霧よりも淡い第一段階だ。
あやふやな第一段階を――然し、ものにしたい私を、屈託のない表情を創り上げ……当然のように、
「――何? いや、違うよ。私はフリーの記者だ。気になる点があると直ぐに調べてしまう悪癖があってね……話したくないようなら構わない。
「なるほど、『記者』ですか……それでは、この話は控えさせて頂いても?」
――当たりだ。先程よりはマシな当たり。
「あぁ。勿論、構わない。ここら辺でも、事件が多発していて……特に、そういう騒動に巻き込まれたくない人々が行き場を求めている。ここも、その一つだろう。悪い噂は無い方が良い――互いにね。」
「はは……そうですね。そうして頂けると助かります。」
「あぁ、それとコレを……私の名刺だ。勤めていた会社を辞めて
――最後にもう一つ。友人のことは構わないでくれ。後日、此方で勝手に済ませるよ。」
俺はそうして偽物の名刺を渡した。連絡先は、外套の内ポケットに在る専用端末に繋がっている。
いざという時は、設定されたデータだけを即座に取り出し、デバイスは捨てられる様に簡易改造も施している。
「……分かりました。」
怪しい男から放たれた信憑性の低い台詞に、店主代理は社交辞令を返して名刺に目を通す。
瞬間――盗聴器を客側のカウンター裏に付け、また薄ら笑いの皮を被る。
この仕事は他人を殺す為に、他人の人生を
元より、俺は褒められた人間じゃない。ルミノール検査でもしてくれれば、
そして、その『
故に此れもまた、
「では私はこのへんで、お
去り際に、また一つ嘘を言い放ち。俺はそそくさとモーテルを去った。
そして、モーテル側からは見え難いであろう、ほぼ裏路地とも謂える路肩に、寄せ停めていた車に乗り込み。盗聴器から送られる音を聴きながら、暫くの時間を過ごした。
若干だが、怪しまれている今――21号室に直ぐ向かったのなら、さっき
最悪の場合。ターゲットにも逃げられ、情報や証拠すらも取り逃がす事にもなりかねない。それどころか、己の安全の確保すらも難しくなる。
『焦りは禁物。』
自分自身にそう言い聞かせ。ノイズ混じりの電子音と、依然として変わらない雨音を聴いていた。
暫くして――。
明かりの灯った客室は1〜3部屋程度となり、時計は2時半を指している。
店主代理は既にカウンター近くの休憩室に入ったようで、扉を閉めた音の後、代理の
それから俺は、音と灯りからタイミングを見計らい。駐車場側の外階段を昇り、2階に在る21号室へ足を運んだ。
『店主代理の
雨はさほど強くなかったが、風は若干荒れ気味になっていて、雨粒は外廊下にまで侵入していた。
隙間雨を吸った外套下の襟が首元を撫でる様に冷やす感覚と雨に
堪え性の無さを自覚しながら、されど抑えられない不平不満を頭中に叱言として落とし。俺は外套の内ポケットからペンライトを取り出し、点け、21号室の白い扉を静かに開けた。
『……カビ臭いな。』
雨漏りしているのか、部屋の中は湿っぽく、陰っていて、
壁の所々に、穴や
塞がれた窓の隙間からは、外の音と光が漏れ出し。高度成長期真っ只中のネオン街に蠢く
また、夜市では。栄華の終焉を
『嫌な時代に産まれたモンだ。人が人じゃない様に見える程、雑多で不気味。不可思議で不条理な街――』
あの中の何割が、他人の死体を踏んで生き延びた?
――ぐらついた感情が脳裏に響く。考えても仕方がない。然し、考えずにはいられない。
『無駄なこと。』
それでも諦め切れずにいる。あれから俺は、何も変わらず。馬鹿者のままだ。
『全く、俺は……
外景を眺めながらそんな風に思索していると、ふと外から光線が射し、部屋の壁を照らした。
そこには、大きめの目新しいポスターが貼られていた――厳密には『古めのポスターが、そこに新しく貼られていた』のだ。
こんなボロボロで
『元は古いが……明らかに、最近貼られたものだ。ポスターの埃と壁の埃、兼ね合いが取れていない……』
俺はそれが、何かを覆い隠そうとしているのだと直感し、ポスターを剥がした。
すると
ある意味、予想通りだと謂えよう。
然し、痕跡を見つけた悦びより、車での待機時間と雨に奪われた体温により、俺の気分はすっかり憂鬱になり。「些か気分も良くなった」とは言えない状態だった。
『やはり、此処に
俺は銃痕から銃弾の種類を特定する為、簡易鑑識デバイスで銃痕を多方向からスキャンし、それから端末のカメラ機能で証拠写真を何枚か撮った。
最後の仕上げとして、見逃しが無いか再度部屋を調べていた時――突如、足音が一つ。
雨音と共に外廊下から流れ、部屋の前で音を消した。
ふと、寒気を覚える。
部屋が冷え込んだか、血の気が引いたか……いや、違う。気のせいでも、ない。
これは久しく迎えていなかった、
黒い光の予感が、遂に的中した。
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