第31話 罠

 車が停められた通りに差し掛かると、ハシギルが通りからの視線を遮る様にして、路地裏側で車にもたれているのが、遠目に見えた。


手にはドローンのタッチパッドモニター、口には煙草を咥えている。ジャンパーは開きっぱなしにされており、その下からは時折銃が――僅かな光を乱反射させているのが見えた。


『警戒心をより強めている。遂に追跡者を特定したのか……いや、拳銃はまだ握られていない。ハーネス型のガンホルスターに未だ仕舞われたままだ。


差し詰め、標的は最大射程100m以上に居て、彼は機会を伺っている最中というところだろう。』


俺は外套を翻し、RSF.357を右手に取り出す。そして安全装置セーフティーが外れているのと、弾倉マガジンを確認してから、携帯端末を左手に、彼の持つタッチパッドモニターに向けてメッセージを送った。


『敵が居るのか? もしそうなら、標的の位置を共有してくれ。』


『戻ったのか。敵は300m先。シャッターの閉まった小売店傍の路地裏。赤い看板が目印。ドローン位置の画像を添付する。何かあったら連絡しろ。援護カバーする。』


『了解。だが、今は警備を任せる。俺が接近し、対処する。』


『了解。』


どうやら追跡者である確証もあるらしい。だが、どうやって確証を得た?


思い付く方法ものとしては、状況を鑑みるに、『単独行動からの誘き出し』ぐらいだが……危険すぎる。


だが、彼は危険をかえりみない男だ。早朝、人気が少ない今だからこそ、それを強行したとも十分に考えられた。


勿論、褒められた行為じゃないが、現状のような少人数で切羽詰まっている状況にいて、その様な思い切りの良い人物が道を切り開く事は、そう珍しいことではない。


ドローンに至っては恐らく、視認し難い上空百数メートル程度にいるか、建物の屋上で監視カメラの様に停められているのだろう。


頼りになるのは添付された画像だが……ここら辺の地理には詳しくない。オマケに、似たような建物が多く。霧の影響でその色も同じように見える始末だ。


故に俺は間抜けにも、携帯端末の地図機能を活用しつつ、建物の間を通り抜け。道幅20mもない道路を挟んで、追跡者が居る反対側の路地裏に着くことが出来た。




 携帯端末をポケットに仕舞い。半面を覗かせ、道路の更に奥にいる敵を視認する。影は淡く、細く、何の変哲もない人型。間違いない――人間だ。


『今迄のことを考慮すると、組織が生身の人間を差し向けるとは考え難い。しかして――のか?』


だが何方にせよ、敵には変わりない。敵との位置は約80m――RSF.357なら余裕で有効射程内だ。


俺はRSF.357に消音器サイレンサーを取り付け、壁に腕を固定マウントしてからゆっくりと照準を合わせ、狙い、そして引鉄トリガーを引いた。


『左脚に一発……命中。次、右肩……命中。最後に左肩――といきたいところだが、次こそ奴は気絶してしまうかもしれない。そうなれば後々面倒だ。両利きでないことを願おう。』


仕事いつもなら頭に一発か、胴体に数発撃ち込み。相手が倒れたのを視認してから周辺警戒クリアリング。暫くして、生死を確認。


生きていたらトドメを、死んでいたらの身元を確認出来るものを探し、顔写真を撮影する等の作業プロセスに移るのだが……今回は標的を尋問する必要がある為、半殺しで留める必要があった。


然し、仲間が居る可能性もある。相手が平伏ひれふしていても油断はならない状況だった。安易に近付くことは許されない。


俺は先ず、タッチパッドを介して、ハシギルに周辺警戒を促しつつ移動・索敵をし、彼から“クリア“というメッセージが送られると同時に、蠢く血濡れ男に近付いた。


「痛みか? 諦めか? 銃を出す気力も無いようだな……他の追跡者も、ドローンも確認出来ない。


スナイパーが援護カバーしている訳でもなさそうだ。スナイパーが居たなら、お前が撃たれた時点で、車で待機している俺の仲間を狙撃していた筈だ。


答えろ――お前は何者だ?」


「ハッ……言う訳ないだろ……」


その言葉を聞くなり、俺はあなの空いた右肩を庇う左手ごと踏みにじり、拳銃の銃口を頭に押し付ける。


「あぁぁあ!! クソッ!!!」


「お前は良くやった。これまでの追跡、見事だった。俺が一度見つけ、見失ってからそれ以降、よくもまぁ見つからずに行動出来たもんだ。それなりの場数を踏み、技量と実績もあるようだ。流石と言わざるを得ない。


――然し、ヘマをしたな。


今では何時殺されても不思議ではない奴隷へと格下げだ。俺はお前を奴隷にするのに、2発の弾丸を外さずに被弾させた。この距離で外すことはにない。


だが、そんな奴隷にも訊きたい事はある――は、例の“組織“を識る。なんだろう? もう一度だけ訊く。お前は何者だ?」


「クソッ!! クソックソ!! ぶっ殺してやる! 俺の仲間が黙っていないぞ!」


脚に力を込める。


「銃口はまだ暖かいぞ。」


「アあぁァあ!! 畜生!! この変態野朗が! 殺してみやがれ!!」


「――3」


「家族も仲間も、お前に関わったやつ全て殺してやる!!」


「――2」


「クソッタレ!! わかった! 言ってやる! 俺はGCAの構成員傭兵だ! CEOから極秘で依頼されてやったんだ。ほら、もういいだろ?!」


「はぁ……最高経営責任者CEOって謂っても、最高執行責任者COO最高財務責任者CFOが有るんだよ。一体、何処の担当役員だ? 名前は?」


「担当は忘れたが、確か名前は“アドベ・スン“だ! 署名を見た! 間違いない。多額の前金は振り込まれたし、昇格も確かにされていた! 本当だ!」


「それで……終わりか?」


「い、いや……GCA以外ならまだある! ギャングを脅すネタもあるし、金だって多少は渡せる! だから先ず、銃口を外して……」


その頃には、奴の戯言はもう聴こえず。俺は徐に、奴に背を向けないよう後退りするように、少し離れ。


そして、引鉄トリガーを軽々しく引いた――血と脳漿のうしょうが炸裂し、飛散し、霧と同化した。靴にも血液が数滴付着したが、その時は気付かずに居た。


いずれにせよ、情報も漏らした時点で殺されるのは確定していた。自業自得とも言えるが……それ以上に、お前は運が悪かったんだよ。」


死体に別れを告げ、ふと足元に視線を移す。俺はそこでようやく、靴に血が付着しているのに気が付き、若干の落胆を覚える。


「しまった。もう数歩下がるべきだったか……」



 俺は叱言のような独り言を洩らした後、左眼にあなの空いた頭を引っ張り、携帯端末で写真を撮ってから、ハシギルに連絡を取った。


『この顔をGCA構成員で検索してくれ。次いでに、“アドベ・スン“という名の、GCAのCEOについても調べてほしい。』


メッセージを送信して直ぐに、“既読チェックマーク“が付く。ドローンで一部始終を見ていた彼は、まだ何か連絡が来るものだと察し、備えていたのだろう。


俺は死体のポケットを探り、身元特定の手掛かりになりそうな、小さな折り畳み式の財布を見つけた。


中には、財布の割には多額の紙幣と、様々なカード類が有った。カード類の主となっていたのは会員制パブの入店許可証やら、データに残すのも如何いかがわしい写真といった、水商売関連のものだった。


然し、その中でただ一つ。小綺麗でシンプルなデザインの白いカードが存在した。これは―― GCAの社員カードだ。


『身元が確認出来るものは有ったが……これは偽造カードだ。他の社員からはバレないだろうが、コツを知っている者からすれば直ぐに判る程荒い作りだ。


この手の物を利用するのは大体、“番号失効者ロストナンバー“だ。となれば当然、GCAの構成員ではないだろう。


然し、今迄一切尻尾を出さなかったGCAの存在がこんな小物の口から――されど具体性を帯びて吐き出された……』


「……一気にきな臭くなってきたな。」


俺はそこで思慮を中断し、車へ足を運びながらそれを再開させた。


『程度はどうであれ、GCAが関与していることは、もう疑いようがない。だが、この追跡者の身元が不明な上、GCAの構成員ではないという仮説が本当だとすれば――


――追跡者が第三勢力の人間である可能性が出てくる。


第三者が関与してくる可能性は以前から大いに有った。それは国内外関係無く。ある程度の危機察知能力が有れば、作用してくる筈であったからだ。


良くも悪くも、誰にとっても“組織“の計画は注目の的だろう。


 つまり、先程伝えられたGCAの情報は、俺達を誘き寄せる“罠“である可能性もあった。とはいえ、それを気付かせない為にも、死ぬ瞬間まで芝居を打つ様な“第三勢力“はそう多くない。


何方にせよ。俺達の知らない場所で、何かが起きているのには違いない。』


そう思わざるを得なかった。



 『罠だとしても、やるしかない。むしろ、丁度良いと考えるべきか。の道、には連絡を入れるつもりだった。この際、形振なりふりは構っていられない。協力を要請しよう。』


俺はRSF.357の消音器サイレンサーを外しながら、陽を反射する車へと戻り、ハシギルと合流した。

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