第四章

啓示

第22話 第五

 抑止力――“何かを以て、何かを制す“


元来、そんな意味だったと思う。だが、その言葉は今では様々な意味を持つようになった。だが、一番最初に思い付くのは“核抑止“だろう。


だが、“核抑止“には欠点が在る。その抑止力が破綻した時――つまり核戦争が起きた時、誰にも止められない事だ。当然だが、一個人が操るには強大すぎる代物だ。


必然だ――地球そのものを造り変える程の威力を持ちながら、2062年現在では、約2万基もの核兵器が世界に存在する。


その核兵器という多数の邦が、何百何千と持ち得ている兵器を一個人や一団体が止められる筈がないのだ。だからこそ、邦はこぞってそれを凌駕する存在を造ろうとしてきた。


 破滅を――“第四の騎手“を超える。“第五の騎手“となり得る存在。


人々は、バイオ兵器から次世代戦車・戦艦、武器、装備、政治的宣伝プロパガンダにまで手を伸ばした。


だが奴等は“人“に目をつけたのだ。


数が多く、核のように規制も無ければ出入りし易い。制御も容易。混乱もさせ易い。一団体や一個人での管理も可能――あとは、技術だけだ。


義体化技術は一見、純粋プラトニックなモノに捉えられるだろう。然しこれ程“第五“に利用し易いものも無い。


進化を壊す程の超技術且つ、人体に密接。


意図的に組み込めば、義体化技術が普遍化するのに時間はかからない。数年から十数年でなるだろう――その“義体“に、邦をも揺るがす程の何かを“組み込んだ“事を明かしたら、人はどうなる?


――“混乱“だ。


無論名分も無く、非人道的で軋轢が生じ、革命に発展するようなモノならば、それは不完全であり、宝の持ち腐れだろう。


それが必然だと謂う輩も居るが、それは違う――悪魔というものは左耳から囁くのだ――公害や前時代の人造ウィルス。身体の不自由や不治の病などの生体的苦痛からも解放する義体化技術。


仕様によってはドーパミン等の精神に影響を与える物質を、義体と一体化したツールから脳に送れば、精神的苦痛からも解放されるだろう――だがそれは仮想現実Virtual Realityと変わらない。


そんな二つの思想がぶつかり、過激化することにより“内戦“が始まる――


 奴等のシナリオは恐らくこうだろう――義体に固執する者はそれを支援し、義体に反対した存在を過激に。テロや過激な言動により溝は深まり、組織が秘密裏に介入することで、容易に激化する。


無論、奴等は義体化技術推進派を支援し、推進派を勝利に導くだろう。そうして“正義の勝利“を果し、邪魔者を公式に始末した後、晴れて世界の覇権を握れる。


 「憶測だが――奴等は、俺が相手したような義体化技術に細工し、人を媒体として、邦を揺るがす様な“何か“を仕込み、それが普遍化された時に公表。


混乱を招いた後、秘密裏に介入し内戦を――“大虐殺Holocaust“を引き起こした後、邪魔者が居ない世界で覇権を握るつもりだろう。


突拍子もない話だが……関与した政治家達は一切口を割らず、組織への絶対的信用がうかがえた。その信用度から察すると、実績もそれなりに在り、それを駒にして取り入っているようだ。


事実、奴等ならそれが出来てしまう――というより、奴等は既に義体化技術という超技術の具現化に成功している。」


プシエアは動揺を表しながら腰を上げた。


「ふざけているのか?……そんな話信じられないな。そもそも、“奴等“って……“組織“ってなんなんだよ? いつもの変事じゃないのか? 今回もまた、政治家相手に一団体がチョロチョロやってるだけなんだろ? なぁ、そうなんだろ!?」


俺は彼から目を逸らし、夜の通りに目を向ける。


「下で全てを話す。それから決めてくれ――この先、お前がどうするかを。この予測が本当なら……事の重大さは、俺達の器量を完全に凌駕している。」


「チクショウ! なんなんだよ……急にそんな事言われたって……向こうには家族だっているんだぞ? そんな突拍子もない与太話に付き合っていられるか!」


「――話は下でしよう。」


技術的特異点シンギュラリティ“というものが本当に在るのらなら――それははきっと、こんな風に……人々が寝静まった頃にに始まるんだ。


 俺は下に降り、直ぐに収集をかけた。この件に関わってから俺が見聞きした全てを、形振り構わず話した。四人とも信じず、プシエアの様にパニックになる者も居たが、俺はそれでも話し続けた――時間が無かった。


俺が体験した奴等の驚異的な技術力と莫大な人的資源、影響力。ズミアダが解析し終えた数少ない証拠と、俺が調べた不可解な証拠品。


俺が認知している最初の被害者と、怪物と邂逅した46Σモーテル。加えて、その怪物が加入していたギャング“サクラ“の根城が在るディタッチメント。


そこに情報が在るという予測と理由。それから更に、ズミアダに声をかけ、情報の解析を急かした。


「いくら何でも滅茶苦茶だ……俺達の手に負える問題じゃない!!」


プシエアがさけぶ。


無理もない。彼は、俺とは違う……故郷には守るべき人も、帰る家も在る。


何も知らなかったヨハンは頭を抱えて黙り込む。ズミアダもまた、黙って作業を……だが先程の話で予想していたのか、ハシギルは淡々と銃の手入れをしていた。


「今ならまだ間に合う。奴等にいつ見つかってもおかしくない。だが俺は殊死する覚悟だ。同行する者は、同じく“死を覚悟して戦う“準備をしろ。


出発は直ぐだ――ズミアダには申し訳ないが解析だけは終わらせてくれ。事前に挨拶を済ませよう。どうせ引き留めも、訊き返す事もしない。


去る者に――今迄有難う。これから先、俺から接触することは無いだろう。だが幸い、俺には身寄りが居ない。誰かに泣かれる事はない。直ぐに忘れてくれ。


行く者に――この先、一歩踏み出せばもう逃げられないだろう。仮に証拠を掴み、事が終わっても生涯追われ身だろう。でも、俺はこの予測が気持ち悪い程に現実に感じるんだ――“誰もが己の願望の為には、進んで何かを差し出す“――俺は平穏が欲しい。


真の平穏の為には奴等を生かしてはおけない。皮肉にも、平穏の為に戦う。それも理不尽な迄の戦力差が明瞭なのにだ――誰かは死ぬだろう。生きたければ、去ってくれ。


――俺は死ぬ。」


銃の手入れを止め、ハシギルが口を挟んだ。


「何故、今それを?」


俺はその質問も、それに対する返答も予め予測、用意していた。


「――今だからだ。


今尚、奴等に繋がる“技術者“の足取りは掴めず。情報も少なく防戦一方。ならば直ぐに行動し、予想を確証に変えるべく向かうしかない。此方には好機などない。


デル署長に事情を説明出来たなら、それなりの応援も望めるだろうが、奴等の兵力は最早“軍“だ。それに加え、影響力も技術力もある。


『選択だ――仮初かりそめの平穏か、超克ちょうこくしるべか。』


――生き方を決める時だ。」


 生き方――以前の俺には皆目見当もつかないものだった。然し今、皮肉にも今は、これかと思うモノがある。


義父エドと父と母――そして俺が愛した“平穏“。


平穏が如何に退屈で、非刺激的なものかは知っている。だから平穏が如何に大切で、それを紡いできた人間が如何に無力で、滑稽で、不細工で――最高だったかと謂う事も分かりきっている。


――だから俺はこの捻れた街が好きなんだ。


魂を、命を、躰を捨てても絶対に俺はやり遂げるだろう。傷口が疼き、腹には孔が空いて満たされず。絶えず鋭い不快感と暗い未来が脳裏を支配しようともがき、喘ぎ、蠢いている。


俺は今迄、何も選び取っちゃいない。何の責任も、何の感情も、何の想いも得ず。死んでいた。


だが今は、不思議と生きている様に感じたんだ。最後の家族が死に、仲間に死の選択を迫る最中に、“生“を実感しているんだ。


或いは、遂に狂ったのかもしれない。狂わずにはいられまい。狂人蔓延る街で、その黒死病に抗う様にして人を殺してきた俺が狂っていない方がオカシイ。


俺は皆が悩む最中、銃の手入れをし、ズミアダが直したエドの装備を身につけ、銃の安全装置を解除し、ハーネスに付いたホルダーに弾倉をセットした。


――“鉢“は既に傾けられていた。

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