第43話 教会

 教会――該当ヒットした情報にはそう記されていた。


死者を悼むため、祈りを捧げるための場所――何故そこに5次元データストレージの記載が?


情報を集めていくと、直ぐにその疑問は解けた。

死者の記憶、記録、情報資産から遺言まで、ありとあらゆる情報を5次元データストレージに落とし込みのだ。


つまるところ、死者の人生と人格を持ったAIを形成するサービスだ――気味が悪い技術だが、一定の需要があるのもまた事実か……。


教会はGCAタワーの展望台――135階に併設されている――その講壇に、5次元データストレージの読み取り機器が備わっている。


「階段か――会敵しなければ、警備兵には目的地を悟られないはずだ。」



 135階――展望台、教会。


「夜9時45分――か。」


135階は広く、何本か柱がある程度で開けており、人気ひとけを一切感じないほど静まり返っていた。


『空が見える――ヒーターで天窓の雪を溶かしているのがわかる……遂に――』


講壇に手を置く。

コイン大のくぼみを見つけ、5次元データストレージを当て嵌めてみる――合致した。


直後――天井から半透明の板がゆらりと浮きあがり、講壇の上で留まる。

そこに、講壇の穴から光が差し込み映像が映し出される――エドウィン・ヴァレンシア――その人が映る。


「これを見ているということは、が最終段階に進んだということだ。それはつまり――俺とお前の死を意味する……前置きはこれぐらいにしよう。


この360TBのガラスナノ構造5次元データストレージには、技術的特異点に起因するテロリズムTechnologicalSingularity Terrorismに含まれる『義体化技術』の発展型とソビエトの遺産が入っている。


お前はそれを交渉材料に、”ケギノ・ハイドロ”に会え。彼は組織アルカンジェリの博士だが、俺等の旧い友人でもある。彼に会い、自由になるか、お前の父親のことを知るか――その先は任せる。


忘れるな――お前は”俺達のsin”だ。」


その後は複数の画像データが流れ、やがて何も映らなくなった。



 「ケギノ・ハイドロ――組織の人間か。どうやって接触するか……」


「その心配は無用だ――。」


――悪寒。直ぐに振り向きつつ銃に手を――銃声。

相手を目視した途端、奴の手に握られた拳銃から銃弾が放たれ、俺の足元――数センチ前に着弾する。


『早すぎる――』


これまでの出来損ないとは格が違う――ARグラスは奴を。表面温度は完全に外気と等しく、その身体は微塵も揺らいでいない。


自分と同等以上の背丈。鱗の様な体表に、羽織られた暗色のジャケット。左手には消音器サイレンサーと、可視光レーザーを備えた拳銃。頭部こそ凹凸の無いフルフェイスの様だが――完全人型の義体化兵が其処そこに居た。


「……お前は?」


「名乗る義理はない――お前は人を殺す時、一々いちいち自己紹介をしているのか?」


声は透き通っていて、人のそれと一聞変わらないが、洗練されすぎていて人のものとは思えない――息遣いですら一切感じられないのだ。


「……ケギノ・ハイドロに会いたい。」


「学ばないやつだ――その心配は無用だ。私がお前を殺す。」


「情報はこれだけじゃない――」


「――関係ない。これは私的なものだ。つまり、お前にどれほど利用価値があったとしても、私は必ずお前を殺す。」


「何故だ? 理由が知りたい。」


「教える義理もない――お前は人を殺す時、一々いちいち理由を添えるのか?――だが、そうだな。私はお前とは違う。理由ぐらい教えてやろう。」


そう言うと、奴は拳銃をショルダーホルスターに仕舞った――銃が無くても俺を殺せる自信があるということか。


「――お前は今まで殺した人間を覚えているか。」


「――いいや。」


話の展開を読んで、嘘を吐いた――本当は覚えていた。否――忘れられないだけだ。


「そう言うだろうな――私には妻子が居た。


ありきたりな、世界一幸せな家族だった。家族で過ごす時間は、不条理で不愉快で不可解なこの街でも、唯一まともでいられた瞬間だった。窓の外の喧騒が、その垣根を超えるとは微塵も思っていなかった。


それが私の罪――傲慢だ。


ある日、警察の仕事から帰ると妻子が居なかった――報復さ。攫われていたんだ。

警察は手が空いていないことは分かっていたが……分かっていただった――上司、部下、同僚すら、誰も手を差し伸べようとはしなかった。組織アルカンジェリが来るまでは――。


私的に捜査し、行き詰っていた時に組織にスカウトされた。

そして、その特権を利用して捜査し、遂に見つけたその時には――番号失効者ロストナンバー達と共に、身元不明者として集団墓地へ埋葬されていた。


納得できる結末ではなかった――彼女達が何故死ななくてはならなかったのかを血眼ちまなこになって調べ上げた。


それで辿り着いたんだ――ゲライン・A・シェダー。女子供も容赦なく殺す冷酷無情な特捜の犬。


ラストネームは『グレイ』――本当は覚えているんだろう? 。」


家族しか知らない筈のミドルネームを何故――。


「――何とか言ったらどうだ。」


「……ああ、覚えている。娘が母親をかばっていた。母親は暴行されていて、精神をやられていた。とてもじゃないがこの先、生きていけるような状態じゃなかった。娘はを見せられていたんだろう。彼女も酷く憔悴しょうすいしていた――同時に絶望していた――遅すぎたんだ。


俺の手に握られた銃を見るなり、すがりついてきて死をうた。


『それだけが救いなのだと。』」


「――だから殺したのか?」


声音が変わる。酷く怒り、絶望に打ちひしがれた声だ。


「ああ――俺が殺した。後悔はしていない。もっと早くにすべきだったことをしたまでだ。」


「貴様……!」


「だが、おかしいとは思わないか?

お前の家族の誘拐、組織からの接触、行き詰っていた捜査の解決――」


「――何が言いたい。」


「判っている筈だ――出来過ぎている。


きっとお前は以前も優秀だったのだろう。あまりにも優秀で、あまりにも正しかった――そんなお前は、この街の腐った人間からすれば目の上のたん瘤だったろうよ。


警官の住所なんて、尾行されない限り身内ぐらいしか知り得ない――仲間に売られたんだよ――お前は。


更に言えば、その誘拐ですら組織が仕掛けさせた可能性があると思わないか?――組織への借りを作らせ、忠実で優秀な駒が手に入ると考えれば惜しくない労力だろう?」


「――戯言を!」


「戯言かどうか確かめたいのなら俺を生かせ――ケギノ・ハイドロに会わせろ。ついでに聞いといてやろう。」



 瞬間――奴が銃を抜く――と同時にこちらもHoΔ.55を抜き――引鉄が引かれる。同時に聞こえる銃声――腹に鈍痛が走る――向こうは、腕に食らったようだ。


その拍子で近くの柱へ走り込み――また二回銃撃を受ける――幸い当たっていない。


「交渉決裂か――なァ! これって命令違反なんじゃないか?!」


うるさい羽虫が……! その虚飾が貴様の罪だ!」

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