第41話 開戦

 夜8時半を過ぎた頃――作戦行動開始まで残り20分を切ろうとしていた。


ズミアダとデル署長は既に父娘ゲストとして正面からGCAタワーへ侵入。ハシギルは来客名簿の書き換えを済ませ、次の仕事へと取り掛かろうとしていた。


「こちらゲライン。潜入班、調子はどうだ?」


「こちらズミアダ。正面ゲートを通過して、もうすぐ会場入りする。至って順調だよ――コルセットで窒素寸前という点を除けばね。」


「ハハ、似合ってるからいいじゃないか。」


「嬉しくないね。」


「……デル署長は?」


「こちらデルビン。GCAタワーは全面禁煙らしくてね。会場に入る前に少し葉巻を――ところで、例の物は役に立ったかね? 急ぎで用意するために大枚はたいたのだから、活用してもらわなければ困るよ。」


「ええ、貴方が用意してくれたGCAタワーの見取り図……これのお陰で今回の計画を立てることができました。あとは実行するのみです。」


「それは良かった。他の物も役立ててくれ。」


「――ええ。」


「こちらハシギル・ルカ。もうすぐ次の目標地点に到着する――ところで、本当に信用していいのか? お前から聞いたの計画――上手くいくとは思えない。」


「ああ、確率は良くて二割――しかし、この人数でそれ程の確率なら妥当だろう?」


「……そうだが、失敗した時のことは考えているのか? 潜入班である俺ら三人はともかく、強襲班であるヨハンとお前ゲライン――特に、直接内部へ向かうお前は――殺されるぞ。」


「……問題ない。計画は完璧だ。」


「――そうか。」


また噓を吐いた――

元より、エドウィン・ヴァレンシアがしつらえた計画――彼は腹に一物ある男だ――俺たちは彼にここまで誘導されていたに過ぎないのだろう。


『義体化技術のデータは360TBのガラスナノ構造5次元データストレージに保存されていた。それを父達――エドウィン・ヴァレンシアとアルトレイ・アルトリアス・ジルレイドが分けて保管した。


エドウィンは義体化技術の発展型とロシア対外情報局のデータを――実父アルトレイは義体化技術の大半を隠した。


そして”無名の多機能ドッグタグ”に隠されていた丸い透明のチップ――恐らく例の5次元データストレージだろう。


更にGCAタワーの“アドベ・スン“というCEOを名乗る者からの尾行に、デル署長のデスクに置かれていたGCA創立10周年記念パーティーの招待状。』


全てが繋がっている――いや、

鬼胎きたいと云うにはあまりにも度を越していて、エド組織アルカンジェリ――最早、どちらの罠に飛び込もうとしているのかも解らない――正に暗中模索。しかし、何もしなければ身内が死ぬ。


だからこそ、俺は単騎での強襲作戦へと切り替えた。

それが仲間を裏切る――人心を殺すに等しい行為だとしても。



 夜9時――作戦行動開始時刻。風雪は勢いづき、気温は更に下がっていた。小型飛行車に乗ったまま、かじかむ手を白い吐息で温める。そして青白い建物群を見据え、冷えた無線機のスイッチを押した。


「こちらゲライン・A・シェダー。強襲班、これより作戦行動開始する――ヨハン、準備は?」


「いつでも行けます。」


「よし、では作戦行動開始――」


『ビィィィ――』


小型飛行車のエンジン音と共に、飛行車専用仮想道路のネオンブルーがARグラスに反映される。途端に小型飛行車が浮き上がり、特有の浮遊感を全身で感じる。寒さによる身震いを抑え込むように、ハンドルを力強く握り捻る。


『ギビィィィ――』


エンジン音が一段と大きくなり、加速して一気に浮き上がる――気圧差による違和感を耳に覚えつつ、GCAタワーの屋上付近に到着した。


「ヨハン。タイミングを合わせて屋上に乗り込むぞ。監視カメラを優先的に破壊しろ。3、2、1――」


RSF.357を構えながら静かに屋上に降りる。警備兵は見当たらない――サプレッサー付きの銃声が聞こえ、何かが壊れる音がした――ヨハンが監視カメラを壊したのだろう。


「こちらゲライン、こっちはクリアだ。ヨハン、そっちはどうだ。」


「クリアです。」


「よし、俺の飛行車の位置はARグラスで共有されているな? そこから必要なものを取って準備しろ。俺はグラップリングフックでの降下を準備する。」


「了解。」


少しして、ヨハンと合流する。ヨハンは運んできた荷物から爆弾と起爆装置を取り、屋上の出入口へと向かった。俺はグラップリングフックをかけ、強度を確認し、無線機のスイッチを入れた。


「ヨハン、準備は?」


「完了しました。」


「潜入班、用意は?」


「こちらズミアダ。デル署長と一緒に会場内に居るよ。合図を待つ。」


「ハシギルだ。目標地点へ到着。いつでもいける。」


「よし、では――発破!」


『ドドン――』


で爆発音が聞こえ、振動を感じる……とともに、屋上の誘導灯が一瞬点滅する――振動の一方は屋上の出入口。そして、もう一方は下から――。


「こちらハシギル。ゲラインに言われた通り、。」


GCAタワーには複数の配電線があると同時に、非常用発電機が存在する。例え配電盤を爆破したところで非常用発電機や無停電電源装置UPSがある限り、奴らの警備網に穴が空くことは無い――だが、これで下準備は整った。


「皆、合図だ――狼煙は上げられた。」

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