第6話 Out of Service 後編

 調査に必要な機材である、パソコン――に併設して、検査機やハンディー3Dスキャナーの読み取り機、証拠品の代用やデータ化された証拠を造る3Dプリンター等々が揃っている。


『先ずは証拠品を整理しよう。』



 先ず、ハンディー3Dスキャナーで読み取った、ポスター裏の銃痕。そのスキャンデータ。


次に、証拠品入れに仕舞われた怪物の頸髄から取り出したICチップ。


最後に、プシエアが取ってきた証拠品である怪物の部位ごとに採取された血液と、彼が密かに取り付けたドライブレコーダーの荒れた映像が有った。



 幸い、此処にある機器を利用すれば、銃痕のスキャンデータから弾薬の種類を特定・限定する事が可能だ。また、その“具合“から様々な状況を考慮した上での威力を算出することもでき、当時の様子を予測する手掛かりにも成り得る。


更には、使用された銃と弾薬、及びどの方向から撃ち出されたのかをシミュレートし、データと3D画像の両方で形式化してくれる。


『これなら多少は捜査も進むだろう。強いて言えば、時間が少しばかりかかるのが隘路ネックだな。』


それは、過去の犯罪履歴等での手段も計算に組み込んでいる為だ。尤も、今回は変則的イレギュラーな事件であるだけに、当てにならないだろう。


とはいえ、機器が古くその機能をカットする事は出来ない。それでも、小一時間程で解析は終わる。


『……急いでも仕方ない。その間に、他の証拠品を調べておくか。』



 ハンディ3Dスキャナーの読み取り機にデータを移し、解析を開始する。


そして待ち時間に入ると、先ずは血液からDNAを調べ、人物を特定する事にした。


然し、奴は半機械体の化け物だ。オマケに継ぎ接ぎの肉体。「全て同一人物の身体」だとは、到底考えられなかった。


かの有名なフランケン・シュタインの怪物が現界したかのような有り様に、死体を繋ぎ合わせた者だという可能性考えられた。



 プシエアも、その可能性を見越してこのように血液を採取したのだろう。あの身体を見て、そのに気付かない奴は居ない。


血液の入った試験管の数は6本。肉体の露出した、6箇所から採ったものだろう。


これら全てを参照し、そのになった人物を特定・調査すれば、更なる進展が望めるだろう。


俺の見立てが正しければ、は数少ない墓からか……或いは浮浪者、番号失効者ロストナンバー、無法者のいずれから採ったものになる筈だ。


無論、可能性でしかない。然し、その可能性を無視し、証拠品を無碍むげにする事は俺には出来ない……する意味も無い。


警察曰く、時には決め付けて捜査することも大切とのことだしな。



 6本の血液入り試験管を検査機器にセットし、解析を開始。再び待ち時間が出来る。


俺は徐に、奴の頸髄から取り出した『ICチップ』をハンディー3Dスキャナーで読み取り、型を検索してみた。


『物は試しだ。これでヒットすれば流通から犯人へと繋がる可能性があるが、然し……』


不一致。


「――がわが違うだけかもしれないな。となると、中身から探るしかない。』


チップを中身が程度に分解し、内部構造をまたハンディー3Dスキャナーで読み取り、内部と外部を併せて再検索した。


然し、何方も合致する物は無い――。


『一体何が起きているんだ?』


画面に表示される「不一致Discrepancy」の文字が瞳に映る度、形容し難い何かが――未知から来る「不安」が、ありとあらゆる最悪を連想させた。


『全てが、彼の――或いは彼等の思い通りに進んでいる。』


そうして何かに気付く前に、俺は「全く、被害妄想甚だしい」と、無理に結論付けて、違和感に対する思考を放棄した。


でなければ、次へと進めなかった。



 無論、情報機関『ルセッド』の管理している情報量は多大だ。


口頭や数字等でも、それは物語られていたが、長年通っていた経緯や、事件解決に貢献したという信頼と実績も相俟り、認識はより深く刻み込まれていた。



 それにも関わらず、どのICチップとも不一致――となればオリジナルモデルなのだろう。


署長が昨夜、口にした『機械科学系の技術者』の存在。それと関連付けるのは至極当然だった。


然し、その技術者が何らかの組織に属しており、且つ下っ端だという可能性も考えられた。そうであれば、この事変もスケープゴートに過ぎず、自分が成そうとしていることは、何の意味も持たないのかもしれない。


『……とはいえ、政治家共に出資を依頼する際、単身では危険だろう。下っ端なら尚更――いや、そこを逆手に取り、要人である技術者が単身で向かい、政治家に取り入る事ができたとも考えられる――』


何方にせよ、コレはズミアダに見せる必要がある。あの天才メカニック様なら、何かヒントをくれるだろう。



 プシエアのドライブレコーダーが記録した映像はまるっきり駄目だった。


ノイズが酷く。視界も悪い。やはり、高温に長く晒され過ぎた所為か、若しくは爆発が予想以上に影響しているのか……


最後に残った手付かずのノイズ混じり。爆炎の向こうに佇む一つの大きな人影が、俺には凶兆に見えて仕方がなかった。



 思索にふけっていた時、ふとDNA検査の終了を示すデータ表が画面ディスプレイの片隅に、小さく現れた。


俺は直ぐに、そのタブ開き結果を確認した。

データは6本中、5本を同一人物だと物示していた。全く以て予想外だった。


数人の死体から造り上げたのだと思っていたが――いや、拒絶反応などを考慮するならば当然の結果とも言える。だが、それならば一人の人間を素材にすればいい筈だ。


何らかの「特性」があるのか?


何方にせよ、怪物アレから……若しくはから、造り上げられたとみて間違いないだろう。



 そして5本の試験管の中身は、行方不明の届出がされていた『エグカ・ジンス』と謂うギャングの一員を示していた。


彼が所属していたギャングの名は『サクラ』――語源はその名の通り、極東の有名な花木だろう。


ギャングが起こした歴代の悪事についても、後程調べよう。名前も珍しい。検索すれば直ぐにヒットするのは目に見えていた。


然し、根城だけは先に調べる事にした。


データ上では、黄金都市“ディタッチメント“ ――そのすみに位置する従業員の居住区Q/BQuiet/Brainに在る廃工場が根城らしい。



 黄金都市ディタッチメントは、その名を知らない者は居ないと言っていい程に栄えている、第二の首都と表される場所だ。


だが、栄華の裏には常に血が流れている。


ギャングだけじゃなく、他にも様々な犯罪者が溢れ、盛る魔窟――それが、黄金都市Detachmentの実態だ。


――とはいえデータが古過ぎる。常識のある者ならば、既に離脱していることだろう。


拠点については再度、調べ直すのが賢明だ。



 『然し、行方不明の届出がされているということは、他のメンバーかエグカ・ジンスの家族が、まだ生存していると思って良さそうだ。つまり、奴等の仲間じゃない可能性がある。


それもまた後日、調べることにしよう。一先ず、ここまで判れば十分だ。』



 俺はこの進展に少しばかり得意になりながらも、残された1本の試験管が示した『不一致』が思考を占めていた。



 『不一致』――初めから出生記録が無い者。しくは『存在証拠エビデンスを消した・消された透明人間』だろう。


存在証拠といえば管理番号ナンバーしかない――然しながら、後天的に存在を消すのは、現在の社会構造にいて非常に困難である筈だ。


たとえ、何らかの事情で出生記録が無くとも、法を犯せば警察や俺達――特捜などの組織により容易に特定される時代。


仮に、罪を犯さず生きようとしても、この徹底された管理社会で、管理番号無しに生きるのは非常に困難な話だ。様々なサービスを受けられず、大抵の者は法を犯して生き残る。


そうしなければ、社会と犯罪者に搾取されるだけの贄となり、死ぬしかなくなる。



 つまり、この謎の血液は出生記録も前科も無い人間を示していることになる。


若しくは、特異な手を使い、邦のデータを上書き。または、削除したと考えるのが妥当だろう。然し、手間がかかる上に難易度も高い。先ず、不可能だ。


可能性の話として、量子コンピュータ等に通ずる物を利用して、隠蔽したというのもある。だが、量子コンピュータは実用化には程遠い段階。これも、有り得ない。


――となると、やはり出生記録も前歴も無い「透明人間」となる。


問題は、この人物がということだった。エグカ・ジンスのようなか、或いは――


『お前は――望んで亡霊になったのか?』



 最後に、例の銃痕の解析が終わった。


弾の種類は50口径。しかし、威力はライフル程も無かった。せいぜい肉体を貫通出来るかどうか、といったところ。壁が脆かった所為で、あそこまで食い込んだのだと判る。


かといって、威力を落とす為に一階の天井――二階の床を貫通させて獲物を、ライフルで撃ち抜く馬鹿は居ない。だが射線は下から上へ、斜めに通っていた。


下方からの射線――


これはあくまで予想だが。

下から撃ったのでは無く、何らかのミニタレットの様な物を、あの脆い床に潜ませ、まるで即席爆発装置IEDの様に作動させ、撃ち抜いたのだと思う。その際に撃ち放たれた他の弾丸は、自分が見逃していたか、被害者の身体に遺されているのだろう。


そうでなければ、非常に特異な撃ち方・手段だ。何方にせよ、あの怪物の仕業では無いだろう。怪物の技量では、こんな芸当出来るはずがない。



 しかしこの仮説を立証するには、またもやあのモーテルを訪れる必要があった。あの、怪物との思い出の在る。あのモーテルに――だがそれも、また今度だ。何なら、処刑後の簡易始末書と一緒でもいいぐらいだ。


何せ、犯人を殺してしまえばそれで終わりなのだから。



 俺は証拠品を集め、バッグに仕舞うと、入口の司書に会釈し、色を失った階段を昇る。


そしてまた、1階の司書に会釈をし、少し埃っぽい図書館を抜け出し、肌寒い外に出た。



 空はすっかり赤くなり、霧は晴れ、西日が射していた。


俺は旧車に乗り込み、ロックバラードをかけ、窓を開けた。


そしてこの先に待ち受けるであろう苦難めんどうを予感しながら、更にその先に待つに酷く興味が惹かれ、いつになく高揚していた。


それはきっと、久しく聴いていなかった好みの曲を聴いた所為もあるだろう。然し、いつになく予想通りにいかない、この『未知』に期待を裏切って欲しかったのだろう。


「それが、如何なる罪悪でも構わない」――などと、世迷言を言うつもりはない。


ただ、つまらない平素を彩る、ちょっとした刺激になればそれで良かったのだ。

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