第14話 殊死 前編

 彼の威圧と、それによる畏怖を打ち消すようにして、俺はただひたすらに打ち込んだ。


彼の動きは一切の無駄をはぶいたもので、俺の動きを止めるようと身体の節々にダメージを与えてくる。


それにより防戦一方となった俺は、されど彼を打倒する手段をこうじつつ、それとなく質問を投げかけた。


油断を誘い込むという理由もあるが、それがずっと胸中に引っかかっていたのだ。


「――何故、今になって訓練を?」


俺はその隙に何発が打ち込んだが、彼は表情を変えずに対応し、質問に対しても口角を少し上げながら答えた。


「無駄口を叩くな――これがだ。」


「……」


「――それでいい。」


俺はその後、彼を引き留める様にして様々な攻撃を仕掛け、ことごとく無駄骨を折った。


彼の用意した新しい装備――そのチェストハーネスに付けられたカランビット型の訓練用ナイフを用いて、俺の技術の全てを投じた。


然し、刃は一度たりとも彼に届かなかった。



 彼は俺に組みつき、訓練用ナイフを奪い取ってから距離を置いた。そして教示するが如く、刃を首元に突き付けながら口火を切った。


「まだだ――まだ無駄が多い。反撃を恐れてか、踏み込みも甘い。お前は昔から果断に乏しい。加えて、正面からやり合いすぎだ。


これは決闘じゃない――だ。捻り手も立派な戦術となる。


力量の差を意識し、死角や油断を誘い、決定的な一撃を与える事を意識しろ――だが、防御は見事だ。流石だな。


問題があるのは攻撃だ。流動的な動きを止め処なく繰り出し、相手に思考する隙を与えるな。お前は慎重になりすぎている。もっと速く動け。」


助言の最中も彼に隙はなく。フェイントも見破られ、ナイフの所為で優位性アドバンテージも奪われてしまい、俺は攻めあぐねていた。


「――来ないのか? なら手本を見せてやろう。」


『ッ……来る!』


彼の素早く途切れない、流れる様な攻撃に、攻め入る隙は無く。やがて防ぐことも出来なくなり、気付けば首元にはナイフが当たっていた。


――ナイフの扱いは学べたか?」


息は乱れ、冷や汗が垂れる。対して彼は、息切れすら起こしておらず、汗一つかいていなかった。



 そしておもむろに、手に握ったナイフを反転させ、俺の目の前に差し出した。


「――続けよう。」


その後、俺はしかし、この最中に彼が事は一切無かった。


それどころか以前、俺と彼が訓練をした時の様に解説と実践を繰り返し、技術を教示する余裕さえ見せた。


――だが俺は、その教示の意義を次第に勘繰ってしまっていた。



 組み合いの最中。突然、彼の腕輪型情報端末からアラームが鳴った――時間だ。


彼は直ぐ手を止め、最後の準備を始めた。


俺は少し名残惜みながらも、彼に続いて準備を始めた。その最中、突如として彼が此方に背中を向けながら、確認する様にして語りかけてきた。


「――“自分で何も選んじゃいない“――“偶然辿り着いた“。」


「え?」


「お前の事だ。俺は以前から全てを知り、全てを決めていた。こうなる事も予想し、その時の対策も講じ――選択した。


だが、お前は偶然その場に居合わせ、漠然とした意志で戦い、生きている。


決断する訳でも、逃げる訳でもなく。今はまだ、流れに身を任せているに過ぎない。」


「……何が言いたいのです。」


「このままでは、お前は生きていけないってことさ。


だが、有難ありがたいことに奴等の第一標的は俺だ。俺が姿を現せば、餌とされたお前の役割は無くなる。


干渉しなければ感知されないだろう。これからお前を、Zの下へ運ぶ――元いた場所に帰るんだ。それとも、戦う意欲刺激を見つけたか?」


「……いえ、まだ見つけていません――しかし、黙って逃げ帰るつもりもありません。


復讐も大義も忠義も無い俺に、そもそも理由や目的なんて要らない。ただ、俺はたおすだけの殺し屋――それで十分でしょう?」


「“誘因インセンティブ無き殺し“か――青いな。それでは何も果たせない。」


聞く耳を持たない彼はそれ以降、無駄な事は一切話さなかった。記憶しているのは、彼の瞳に映った、青く捻れた映像だった。



 夜中の0時丁度。準備を済ませた俺達は、遂にこのバラックもどきから離れようとしていた。当然、彼には策略があった。


「――先ず、俺達は森に隠したハッチの中に保管されているバイクのもとへ向かう。その道中には、遠隔起動型地雷が在る。起動時の誤作動を避ける為に俺の足跡を踏んで歩け。


追跡装置は拠点に置き、ハッチに到着してから遠隔で再起動する。そこからは追って説明する。」


それから俺は、彼が用意した装備と武器弾薬を整えた。


緊急時の必需品や予備の小銃が入ったガンケース、予備弾薬・爆薬は、ボストンバッグに詰めて背負った。


最後にカスタマイズされた小銃を持ち、徒歩でハッチへ向かった。



 「――足跡から追跡トラッキングされませんか?」


「それについては問題ない。先程、重さ100kg程度の二足歩行ロボに、俺等と同じ靴を履かせ、偽の足跡を作らせつつ、ダミーハッチに向かわせた。


地雷の誤作動が予想されるが、俺達の居るハッチが見つからなければ良い。寧ろ良い撹乱になるだろう。


ダミーハッチには爆破装置があり、追跡装置の再起動と同時に、爆破態勢に入らせる。何も知らずにハッチを開けたら爆発する仕組みだ。そうなれば、地中に在る地雷も誘爆する。


奴等には相当な足止めとなる筈だ。」



 そう話しながら、歩を進めているとハッチに辿り着いたようで、彼は草木を掻き分け、ハッチの取手に手をかけた。どうやらハッチは、土草に偽装されているようだった。


「入れ。」


俺は言われるがまま中に入り、そのまま最終準備を行った。全地形対応型バイクの状態を確認し、車両用の隠しシャッターを点検した。


次に、地雷源や監視カメラ・自動オートタレットの状態を確認し、戦闘に備えた。


そして彼は、俺に合図をしてから多機能ドッグタグに付いたスイッチを押した。



 暫くして、車両の走行音とジェットの轟音、回転翼機の羽音が遠くから聞こえてきた。


俺はハッチ下の階段に座り、それを聴きつつ、小銃を抱えながら、独り言を呟いた。


「――奴等だ。」


彼はスマートグラスで監視カメラの映像を観ながら、続けざまに話した。


「ああ、間違いない。奴等だ。予想以上の数だな。機械兵が数十、外骨格に身を包んだ人間も数体――過剰だな。


どうやら俺達は高く買われているようだぞ。」


「……高く買われているのは貴方だけですよ。」


「ははっ……嬉しいね。奴等は血眼ちまなこになって、俺の持つデータのコピーを探していたからな。」


彼はおもむろに立ち上がり、全地形対応型バイク近くにあった武器用木箱から、擲弾発射器グレネードランチャーを取り出した。


「これは古い回転弾倉式のグレネードランチャーだ。6発装填で射程は約400m。俺のボストンバッグと、バイクのサイドバッグにも幾つか弾は入っているが、足りなくなるかもしれない。無駄撃ちは控えろ。」


「――まるで戦争ですね。」


、戦争だ。この先に正義は無い。」

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