第13話 教示

 彼はまた髪を乱してから掻き上げ、気を直し、また先程の様に話し始めた。


「今迄の話をまとめると、組織は政府に認知されているかは不明確だが、お前の調べていたを介して深い関わりがあると考えるべきだ。


彼等が義体化技術という特権を政府重役に売り、引き換えに政権を握る可能性も十分有り得る――奴等からすれば、不死は権力の次に欲しいものだからな。


そうなれば最後、奴等は計画を完成させる。お前は俺と同じ道――死と破滅の路を辿り、俺達の計画は全て無に帰す。


そうなる前に手を打たなければ……」


そうして彼はうつむき、ふと灰皿を見て気付く。眼を細めながら落胆する。


「……長話をしていたら葉巻が消えてしまった。これもか……失念していた。」


彼はベストの右ポケット――室内用眼鏡をかけていた方から、シングルブレードを取り出し、まだ長い葉巻の先を切り、先程の様に焦がし、吹かした。



 俺は最後にある事を訊いた――たとえるのなら、“悪路を往く動機探し“だろう。


「俺は――どうやって戦えばいいのです? 仕事? 復讐? 一体何の為に戦い、何のために――」


彼は食い気味に答えた。それは今迄の、どの語り草より明晰で、断固たる意志を感じた。謂わば、彼の方針ポリシーだろう。


「俺に訊くな。お前は知っている筈だ。


お前の父親が何故、任務につき続けたのか――何故、任務よりお前を優先したのか。」


父は全てをなげうってまで世界平和を求めたが、最後は自らの家族を優先した――


病的な平和主義として人格破綻を来した彼は、利己心を得て父親となった――


いや、いつからか彼の正義は朧気な世界平和から、てのひらにある小さな蛍火ほたるびへと移っていたのか――全ては未来子供の為に。



 彼は俺を諭すと、作業部屋に戻った。その日は日常的な事以外、話すことはなかった。あの頃と同じ、静かで自分の世界に浸る彼との平生に戻ったのだ。



 俺は早くも療養に飽きていた。彼は『最低でも、二週間は安静に。』と言ったが、そんなにも動かなかったなら俺は発狂するだろう。


故に俺は、度々訓練がてら軽く身体を動かし、偶に彼と会話をした。お陰で様々な事を知ることが出来た。主に、彼の空白期間ブランクについてだ。



 話は、現在居るこの平家の話から始まった。この家は元々無人のボロ家で、郊外近くの森に建っているのを噂で知り、利用したのだという。


当初の平家は辛うじて原型は留めているものの、骨組み以外はほぼ機能していない状態だったらしい。


だが彼はAIを利用したトポロジー最適化技術を前時代の建物を改築するのに適用した。


そして四足歩行型運搬ロボや運搬ドローン、パワードスーツを利用し、1年近くで作り上げたのだという。


無尽蔵の体力は未だ健在しているようだ。



 加えて、この平家は植物園の中に在るらしい――とはいっても、ドーム状の防弾アクリルガラスで平家を覆い、その空いた空間に小さな植物畑を設けただけだ。


問題は、現像する植物の過半数が失われかけているという点だ。相当、値が張るだろう。



 またドームはクレバスの中にあり、外壁には土と草木が被せられ、模倣映像により地面と同化している様に加工されているらしい。


つまり、現在見えている外景は建物外に付けられたカメラによるものだ。


その他に、赤外線カメラ兼自動タレットも建物外に点在させているとのことだ。


資金源は語らなかったが、『良くないことを沢山やった』のだろう。



 まるで要塞だ――それが、話を聞いた後の第一印象だった。


思わず、過剰防衛だと言いそうになったが、直ぐに止めた。きっと、父のことも関係しているのだろう。彼は常に組織の存在を考えて行動してきたのだ。病的なまでに。



 寝ないまま夕刻――平家の窓から見える寂れた映像は心地よく、ゆったりとした換気扇の風と共に流れている。


話を聞き終えた後、俺は鈍った感覚を身体から吐き出す為に、訓練を繰り返していた。


そして丁度、小休憩に入った頃に懐かしい説法を思い出す。


『標準体型のお前は、筋肉量を増やし発熱量を増やさなければ、寒い地域に行った時生きていけないぞ。』


ベルグマンの法則を唱える彼の声を思い出す――全く、古くさい説法だ。



 彼が作業を終えて、手拭いで手を拭いながら再び此方こちらへと来てくつろいだ。


その間、彼は眼鏡をかけながら溶接眼鏡は頭にかけるという不恰好を、何食わぬ顔で晒していた。


「――何を見ているんだ? 外に何か変なものでも映ったか?」


「……いえ、特段何も。」


こうして見れば、彼もただの爺さんだ。目も悪くなり、皺も増え、白髪も増えた。


――あれから、如何程いかほどの年月が経ったのだろう。



 俺は懐古しながらも、内心ではこれからの事を危惧きぐしていた。


この都市――世界の全てが様々な因果で、奴等の思い通りに移りゆく様な錯覚に陥っていた。


彼がそうだったように全てを奴等に縛られ、何も出来ないまま老人になる未来も想像したのだ。


旧人類と化した俺が唯一人。特異日シンギュラリティが起きた事を識った上で、手遅れになった世界を淡々と生きる。


そんな未来を想像して、息が詰まった――。



 だが彼の行動原理は、昔から変わっていないようだった。


急にソファを立つと、夕食にしようと声を張り、そそくさと夕食の支度したくを始めた。


独学のフレンチじみた料理を振る舞い、ワインをグラスに注ぎ、カトラリーを並べる。


そして、デバイスで街の情報を収集する俺に対し、喉を鳴らして警告する。


「あぁ、すみません。」


「料理は作りたてのうちに食べるものだ。」


彼はナプキンをし、外側からカトラリーを取る。俺は無論、無作為にカトラリーを取る。


以前、テーブルマナーを再三さいさん教授された気もするが今はそれすらも忘れ、ただ目の前にある、芳しいスパイスの効いた夕食に有り付いていた。


それを見兼ねた彼は溜息をいて、諦めた様に言い放った――多分、諦めていたのだと思う。


「――もうマナーについては教えないからな。後悔しても知らないぞ。」


その言葉を聞き一瞬我に帰るが、同じく既成事実に諦めのついて、そのまま食べ進めた。



 やがて夕食を食べ終えた俺は、昔の様に食器洗いを担当していた。


『後片付けは何時も俺だ――俺が、まともな料理を作れないのが原因でもあるが……』


などと、野暮な事を思いながら。



 そうして、日常生活が遂に終わった。


俺が久しぶりに浴槽にかり、風呂を上がった頃だ。


先に風呂を上がっていた彼が何かをしているような音が聞こえた。俺は寝間着を着込み、顔を覗かせて様子を見た。



 彼は何故か見た事もない、身体に密着した服を着ていた。その上、様々なホルダーの付いたチェストハーネスや首巻きマイク、無名の認識票ドッグタグ等の装備を身につけ、まるでこれから戦闘をするかの様な準備をしていた。


「一体、これは……何をしているんです?」


彼は右脇のショルダーホルスターに銃を入れ、此方を振り向きながら答えた。


「お前が持っていたICチップには、追跡装置が付いていた――」


「そんな……まさか、組織やつらに見つかったのですか?」


「まだだ。追跡装着は、お前を運ぶ前に切ってある。


お前の位置が奴等に特定された理由は、追跡装置か尾行ぐらいのものだったからな。尾行はいなかったから、さてはと思って調べたんだ。


例のワニ頭も、これがあったからお前を待ち伏せられたのだろう。」


「それじゃあ何故、戦闘準備を?」


俺は食い気味に、そして若干答えを急かす様にして問いた。


わざと位置情報を晒して注意を引きつけ、奴等を嵌める。」


「それじゃあ、罠だってバレます。それに態々わざわざ居場所をさらす必要が?」


「必要はあるさ。お前とワニ頭が接敵して以降、お前の足取りが消えて約24時間。


奴等は俺達が接触していると考えるだろう。そして、都市の捜索が一段落し、今度は郊外の捜索へと躍り出す。


今回はそれが予想以上に早かったんだ。奴等の人員は着実に増えているらしい。


――当然、この追跡装着を再起動しても罠である事は見破られる。だが、罠があるところを警戒しないで突っ走る馬鹿は居ない。これで時間を稼ぎつつ、奴等を集める。


逃走経路は確保済みだ。手薄な都市に逃げ込めば、お前は行方を眩ませろ。」


「ちょ、ちょっと待ってください……自分が何を言っているのか判ってますか?」


「煩い。だ。奴等の第一標的は、生き証人であり俺だ。お前はその為に利用された。予想通りの結果さ。」


彼は悪い笑顔を浮かべながら、戦闘準備の為に装備品の説明へと移った。



 「そこにお前の装備をまとめておいた。

スマート繊維を用いたウェアラブル電子機器――俺が着ている全身密着型のコレもそうだ。


首輪型ウェアラブル端末には、この骨伝導インカムとリンクした無線通信スロートマイクが内蔵されている。


腕輪型は心拍数や時刻を表示し、無線通信機の手動制御装置、チャット・サブ通信機能も担っている。


密着型タクティカルスーツには、損傷箇所をデータ化して、この眼鏡型のスマートグラスに共有表示する。多少の防刃機能もあるが、信用するな。あと、千切れた場合は機能しなくなるから注意しろ。


まだあるぞ。


手袋に付けられたモーションセンサーから、無線手RTOを感知し、スマートグラスに3D表示する。スマートグラスには拡張現実――つまり、AR技術も用いられ、地図案内や体温、時刻や周波数までもが表示出来る。


因みに、俺は鬱陶しいからオフにしたぞ。」


そう説明しながら、彼は奥の部屋から大きなボストンバッグを三袋、引っ張り出してきた。


「一体こんな技術……何処から?」


「俺がこの事態を想定していなかったと? ははっ! 奴等のやり方を熟知した俺が、こうなる事を予見せず。ただ漠然とした脅威の為に、常に用意周到で居たと思っているのか? 断じて違う。見くびるなよ。


俺は識っていたんだ――識っていたからこそ、お前に伝える必要があった。お前の環境を認識し、来るべき日の為に備えていた。


この技術もその一つだ。


これはロシア対外情報庁SVRが保存しようとしたソヴィエト連邦国家保安委員会KGBの遺産で、元々は試作設計局OKBで潜入任務用パワードスーツとして構想された。


それを米国中央情報局CIAが盗み出し、米国国防総省高等研究計画局DARPAが特殊任務用戦闘服として改良・完成させたらしい。


この技術もまた、例のデータの中身にあったものだ。つまり、目の前にあるこれは模造品に過ぎない。」


DARPAダーパですか……」


「そうだ。再現するのには苦労したが、時間をかけたお陰で実戦投入可能な水準で造れた。これからの戦闘でも役に立つ筈だ。」


彼の声音に迷いは無く。ただ明瞭な意志と共に、その果断を示していた。


「装備を整えたら23時40分までCQC及びCQB訓練だ――だぞ。殺す気でこい。」


「何から何まで急ですね。どうせ殺せないけれど……最後くらい貴方を殺してみせますよ。」


「口だけは達者だな。」



 彼との訓練はいつも殺す気でかかっていた。それも、彼の教えの一つだった。


『戦場では何を使っても、何をしても誰も咎めない。油断や手心を加えようものなら、そこに付け込まれる。慈悲深さを捨てろ。』


地獄の渦中に居た人間の価値観だった。


そんな彼の価値観にあてられた俺は、必然的に人を避けるようになっていた。


人間関係の構築にも消極的になり、仕事や紹介でなければ新たな人物と知り合う機会も無かった。



 今迄、彼との訓練には様々な手段を行使してきた。実銃とほぼ同じ作りのガスガンや訓練用のゴム製ナイフ、音の鳴るブービートラップを用いて、何度も彼に立ち向かった。


だが、どれも徒労に終わった。


銃は分解され、罠は見切られ、彼と俺との近接戦闘技術の差は歴然だった。勝つ兆しは一向に見えなかった。


その彼が最後の訓練を行ってくれるという。

これはまたとない機会チャンスだ。


俺は恩返しとしても、仕返しとしても、彼を打倒すべきだと考えていた。


然し、彼の真意はきっと――訣別けつべつだった。



 訓練は彼が「来い」と言ったその瞬間から開始された。


準備を終えていた俺は先ず、用意されていた訓練用のナイフを一つ手に取り、投げ付けた。


そして、彼が捌くのを確認する前に近くの電気スタンドを投げ付けてから、その隙を突こうと空かさず身体を前のめりにして距離を詰めた。


然し彼はその両方を慣れたように避け、後ろの壁を支えに、身体をひるがえし、反転しながらキックを繰り出した。


咄嗟に腕で防ぐが俺の身体は宙を舞い、本棚に打ち付けられた。更に彼は虚を突いて、腹に拳を突き立てて重音と鈍痛を齎した。


打撃は内臓にまで響き、俺は堪らずひざまずいた。


『常人ならば行わないトンデモ奇襲攻撃だ。相手のスピードと壁を利用した、最低限の力での最高の反撃。怪我人だってのに、手加減なしだな……』


「ごほっ……あぁ……」


「隙がでかい上に、殺意がありすぎる。反応速度でまかなえないのなら、フェイントの一つぐらい挟むんだな。


負傷箇所は避けた。その程度なら傷口も開かない筈だ。さぁ、立て。まだ終わってない。」


――いよいよ、彼は本気だ。だが俺はここで、恩師に孝行しなければならない。


父と慕った人を打ち倒さなければならない。


「えぇ……まだ、始まったばかりですよ。」

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