第18話 錆ついた旧夢

 寒空と、蒼白くも消えかけた街灯の下――薄白い息を吐きながら、俺は旧水力発電所の錆び付いた扉を開けた。


「やはり暗いな……それに生臭い。」


当然、建物に電気は通ってなく、老朽化が激しかった。何かが腐った様な悪臭に、水がしたたる様な音もした。窓は割れ、室温は外気温と変わらず、至る所に品のない落書きも在った。


「まぁ、お陰で隠れられるんだ。仕方ないさ。彼の残したデータによると、地下室が在る。多少は寒さも凌げるだろうし、灯りを点けても外からは見えないだろう。早く行ってくれ。」


最後尾のズミアダが催促し、俺達は押される様にして建物に入った。それぞれがペンライトで辺りを照らし、コンクリートが欠け、鉄筋が露出したへやを抜ける。そして見つけ出した錆鉄の階段を降り、五人の男が過ごすには狭すぎる灰色の室に入った。


 先行していた俺は腕に抱えていた、室を照らす為の柱状の灯りのスイッチを切り替え、室の真ん中に置いた。


「こりゃあ、私事プライバシーもあったもんじゃないな……トイレや風呂はどうするんだ?」


そんな文句を言える程、元気が在ったのはプシエアだけだった。


「来る時に公衆便所の在る公園が見えただろ。それに明日は、俺の知り合いのモーテルへ行く。それまで風呂は我慢しろ……女じゃあるまいし。」


「女だと?! お前等は、こんな臭くて汚い室で大丈夫なのか? ホームレスでもまだマシだぞ!」


疲れが未だ取れていない様のハシギルが釘を刺し、プシエアがそれに感情を昂らせる。そこにヨハンが、なだめる様にして割り込む。


「落ち着いて下さい、1日だけですよ。ほら、日用品も揃えていますし、建物外に出る時は基本、二人一組ツーマンセル。夕飯は私が――プシエア、君が好きなカルボナーラですよ。徹底しているでしょう?」


「ハッ! どうせ、ホスール社のインスタント食品だろ? それに、このにおいじゃ風味もあったもんじゃねぇ……まぁ、出来上がったら教えてくれ。頭冷やしがてら、ちょいと煙草吸ってくる。独りにしてくれ。」


「おい、プシエア。外で吸えよ?」


「あぁ、言われなくても分かっているよ。相棒。」


俺達を小馬鹿にしながらも、プシエアは旧ホテルに居た時よりも穏やかな様子で、階段を上がっていった。


 それから少しだけ時間が経ち、夜9時頃。ヨハンが湯を沸かし、付け合わせを用意する。同時にズミアダは、明日以降も使う例の小型ドローンのメンテナンスや、銃のメンテナンスを代行していた。


そんな中、先に一人で夕飯を食べていたハシギルは、睡眠前に明日の目的地であるモーテルの友人オーナーへ、簡易通信装置で暗号通信を送っていた。そんな彼を見た俺は、ふと疑問を抱いた。


「ハシギル……普段からそんなもの持ち歩いているのか?」


「あぁ。俺は仕事柄、家を持たない。それにあのモーテルには、俺と同じ様な人間が幾人も居るんだ。


彼処あそこの奴等もゴロツキとはいえ、多少の礼節はある。家族とまではいかないが、仲間のような存在で信頼性も高い。


だから頻繁に、この様な通信装置で連絡を取り合うんだ。彼処からは情報も仕入れ易いしな。」


「……なるほど。」


俺が相槌を打つと、彼はそのまま俺に質問を投げかけてきた。


「――なぁ、お前の話をしてくれないか?」


俺少し驚きつつも、何時もの様にその意図を少し考えてから反問した。


「何故だ? 人に興味が湧く様なタチの人種には見えないが。」


彼は淡々と答えた。


「ハズレだな――以前、ズミアダからお前の話を聞いたんだ。ロクな奴じゃないと、その時は思ったが昨日初めて会い、その偏向は正され、興味が生まれたんだ。


ここまでの人員を募った事象が何なのか……そして、その核心に最も近いであろう人物のお前――その体験の一部でもいい。お前の口から、お前の言葉で語って欲しい。」


そう言い放った彼の横顔は、決して好奇心や憧憬を示していた訳ではなく――何方かと謂うと“警戒“を匂わせていた。


そして言葉の意としては、その“警戒“を解く為の通過儀礼だと、予想出来た。


「……分かった。そこまで言うのなら、話そう――何処から話せばいい?」


彼は作業を終え、暗い瞳で此方をギラリと睨みながら答えた。


「全てだ。お前を構成し、今に至るまでの全ての要因を話すんだ。」


「全て……全ての始まりは、俺の根源Rootsにまで遡る――」


こうして奇妙にも、殺し屋同士による“話“が始まった――唯、ここで語られた俺の人生については後々話すことにしよう。語られていない部分もあるが、少なからず


話には多少この件の事象も内容として入っていた。然し、エドの事もあり。未だに全てを話すべきか悩んでるいた俺は、更に慎重になり、その話題を避けて話をした。


話は、隠れる様にして部屋の隅で――それも本を読んだり、テレビを見たりしながら話したのだが、俺達はすっかり話に身が入っていた。


 俺が語り終えると、彼は催促するまでもなく諦める様にして、今度は彼自身の人生ことを語った。


「質問したい事は幾つかあるが……先ずは、話してくれて礼を言う。お前の事情は分かった。俺を呼ぶに相応しい理由として捉えた――次は、俺の番だな。」


「――お前の話をするのか?」


俺は彼がそこまで義理堅いとは思わず、その言葉は一瞬で口から洩れ出した。だが直ぐに、彼は自身に課したルールを守っているのだと察した。


それは彼の手に在る聖書Biblioや、小綺麗な身なり。整理された彼の手荷物と、その周囲の状態から感じ取れた。


だが然し――尚も驚きは続いていた。


特捜おれたちの様な、法によって正当化された人殺しではなく。本物の“人殺し“が、ここまで『紀律ルール』を重んじるとは意外だったからだ。


 彼は俺の疑問に返答する様に、小さく頷いてから話を始めた。話し慣れた様子で――だが、その話の内容はと表すには、あまりにも刺激的で、俺の人生はなしとは方向性ベクトルの違った。冷たく、暗いものだった……


それでも彼は、淡々と話し続けた。その口頭は、まるで世間話をするかの様な語り草だった。


「――なに。聞くに値しない、つまらんハナシだ。」

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