第19話 遍く恒常性
改めて名乗ろう。どうせ、名前しか知らないんだろ? ズミアダは無干渉だからな。
俺の名は――“ハシギル・ルカ“――と名乗っているが、育ったのは孤児院だ。
俺は当時、取り壊し予定だった旧教会の前に捨てられていたらしい。雨の日、その中で泣いていた俺をホームレスが拾い、孤児院へ持って行った。
――だが、孤児院の環境は劣悪だった。
俺達に異常な迄の“紀律“を強いた職員達は、邦からの補助金や寄付金を着服し、十数人しか居なかった俺達に残飯処理させた。
当然、餓死者も出た。その死体処理も俺達だ――だが
勿論、孤児達に名前なんかなかった。故に俺達は“33“と呼ばれた。恐らく『’33年』入所という意味だろう。
――識字も出来ず。
俺は『敵か味方か』で分けていた。
だが、この頃の俺に“味方“なんてモノは居なかった。だからだろう。此処で死ぬんだと、子供ながらに悟っていたんだ。
残飯だけではロクに動けず、硬いベッドから動けない者が多かった。骨の形が露呈した
だから俺達は、屋根上に在る貯水槽から水を飲んでいた――尤も、雨が降らない時期だと熱中症になる者も居た。水が飲めても、それは泥や虫の死骸、酸性雨の混じったモノだった。
事が動いたのは、“33“の寿命が尽きようとしていた時。餓死寸前の時だった――雷雨の夜だ。寒い部屋の隅に在るベッドに、一週間前から寝ていた一人が死んだ――いや、死んでいたんだ。
死体からは少し腐臭がして、死斑も現れ、瞳は白く濁り。硬直もしていた。
“死“に慣れていない者達は部屋から飛び出す。そして部屋に残った、“死“に慣れた者達は誰が処理するかで口論になっていた。
だが俺は疲れと飢えからか、舌戦する気力も無く。その思考にすら至らなかった。そして結局、俺が雨中で死体処理する羽目になった。
死体処理用の穴を掘り、死体を運ぶ為の麻布を持ち、部屋に戻った時だった。
“33“の一人が、その腐った死体を
俺は鈍くなった思考を起こしながら咄嗟に、何をしているんだと問い正した。すると奴は、『処理の方法は任されている』『こうすれば皆生き残れる』等と戯言を吐いたんだ。
挙げ句の果てには『――皆も、している』と言った。
――何かが欠落したのは、その時だった。
俺は麻布を使い、その場で其奴を締め殺した。その死体は部屋に隠し、欠損した腐った死体の方は何時も通り処理した。
あんな生活で人間性を失っていた俺達だ。飢餓によりああなるのも、時間の問題だった。
“俺を含めて“皆そうだった。
確かにあそこまで気力が在ったのなら、していてもおかしくない。然し、俺にとって、奴が吐いた言葉の真偽は
行動は直ぐに起こした。都合良く。院長はその日、孤児院に居たからだ。雷雨が足音を掻き消してくれた。酒を飲んだ院長も、呑気にうたた寝をしていた。
神から催促されるように――殺人を犯すのに、奇跡的に優遇されていたんだ。
後はキッチンから盗み出したナイフで首を……他の職員もそうやって殺した。
孤児達は、それぞれの部屋の扉を鍵で閉め、鍵が壊れている部屋には椅子や机で閉じ込めた。
そして職員用の
その理由は職員への復讐や、“33“が引き起こすであろう最悪な未来への恐怖などではないし、無論、“神に選ばれた“とも言わない。
『
そしてこれが――俺を成した『STEP1』だ。
『STEP2』は、俺がギャングに拾われ自立出来る様になった頃だ。ギャングと謂っても、唯の小さなゴロツキの集団だ。だが、それで良かった。
ギャングに対し、恩は感じていなかった。先述の通り、今迄ずっと“味方“が居なかった俺に突如『味方を理解しろ』と言われても不可能だったからだ。
だから、同情心さえ芽生えない様なゴロツキ集団を選んだんだ――いつでも切り捨てられる様な集団を。
その頃には既に、武闘派の副リーダーとしての地位を確立していた。その理由としてリーダーに気に入られたのも大きかったが、唯単にその様な生き方が――
“武闘派“がする事は当然、同族殺しだ――不思議な事に、馬鹿な奴ほど同族嫌悪に陥るんだ。そんな馬鹿に利用されてやるのが、俺の様な殺し屋だ。
だが、馬鹿は欲張りだった。俺を手中に収めたと勘違いして、外部から仕事を請けた俺への報酬を減額・横領し、私腹を肥やしていた。俺がその姿を見て、孤児院の職員を重ねるのは必然だった。
殺す理由としてはそれでも十分だったが、前提としてもうこの組織に居る必要も無くなっていたのが一つの要因として在った。
その頃には多少資金も在った俺は、無意味な会合が開かれる日に予め遠隔爆破が可能な爆弾を設置し、建物ごと爆破した。STEP1より簡単だったが、二回目の仲間殺しだ。
人間不審に陥った俺は、それ以降誰とも
『STEP3』――今のところ、これが最後だ。この時、俺は独立し一人の殺し屋として生きていた。
だが、STEP2でその親である“
俺は徐々に逃げ場失い、途方に暮れていた。そんな時に手を差し伸べたのが例のモーテルの友人――プラットだったんだ。
プラットが俺の初めての『味方』だった。そのモーテルは、正に最後の砦。または駆け込み寺の様な存在で、行き場を失った者達が集う場所だった。
そこで色々な人に出逢い、色々な話を聞いた。犯罪歴や肌の色、病気や民族、生まれも関係ない。そこに居る人達は皆、寛容で俺の話を聞いても誰一人として口外しなかった。
同情心の無い俺に、感情が宿ったんだ。
ネオンが煌めき、酔っ払いが謳歌するモーテル。その一角に在るバーのソファで、俺はその日、深い眠りについた。それ以降、そのモーテルが俺の実家の様な存在になった。
これが俺を成した全ての『
脅しではないが『STEP4』が無いようにしてくれよ。人殺しは“仕事“だけで充分だ。
俺は、お前と同じ。感情に恒常性が在る人間だ――人殺しとして破綻しない人間だ。
それはこの邦と同じで、遍く恒常性を帯びている……お前もそうなんだろ?
違うのは一つだけ。
“ゲライン・A・シェダー“――お前は人殺しを許されている。
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