第17話 束の間

 この件にたずさわってから、三度目の陽を浴びた昼――通りがすぐに見えるホテルの駐車場。


鮮やかな青緑色に照らされたその中には、程々に車が駐車されていた。俺達が乗り込む車も、多少のカモフラージュは出来ているようだった。


6人乗りの古車――とはいえ、カスタマイズされていたバンだ――そこには既に、荷物を運び込み。昼食の買い出しに行ったヨハンを、車内で待っている最中だった。


あれから多少の時が経ち。調子もすっかり取り戻していた俺は、朝飯を食う間もなく荷物の隣――前から三列目の後部座席に座らせられ、窮屈さと空腹から叱言こごとを洩らしていた。


「……にしても、遅くないか? あいつは一体何処まで行ったんだ? 腹が減ってかなわない……」


それに対し、助手席に座っているズミアダが補足した。


「彼には、オレの店にある荷物を取りに行ってもらっているんだ。お前から預かった装備を解析・再現するのには、今ある道具じゃ足りなくてね。」


「なるほど……でも、一人で大丈夫なのか? 捜査網は予想以上の範囲と言ってたよな? お前の店に、その手が迫っている可能性もあるんじゃないのか?」


ズミアダは、少しにやけながらも返答する。


「いやいや、オレの店にも捜査の手は及ぶだろうが、客はお前だけじゃない。お前はオレの店に来店する、ありふれた客の中の一人に過ぎないんだよ。


――捜されているのは、お前だ。


無論、協力者として最も近しい存在のプシエアも候補だろうが、コイツも無能な訳じゃない。そこら辺は徹底しているさ。」


「つまり、俺が三列目で荷物の隣席であるのも、ヨハンとハシギルが助手席・運転席に座るのも……客であるハシギルでも、俺との繋がりを睨まれているプシエアでもない――“ヨハン“が荷物を取りに行っているのも、それが理由だという事か。」


ズミアダの隣に座るプシエアが、あたかも補足する様にジョークを言う。


「ハシギルが寝ているのも、それが理由さ。」


「おい、寝ていないぞ。目を少し休めていただけだ。」


ハシギルが低い声で返す。プシエアはそれに驚きつつも、然しおちゃらけながら返す。


「あらら……悪かったね! 殺し屋さん。」


「……放っておいてくれ。」


ハシギルは酷く呆れた様子だったが、冗談は通じる人物のようだった。だからといって、これ以上続けると彼の“標的“にならずとも、口を利いてもらえなくなる。


 そうして、プシエアを除く3人がくだらないジョークに飽々していた頃。遂にヨハンが帰ってきた。


「お待たせしました! 外は混雑してますよ。その中に紛れた警察官は、確認出来るだけでも5人以上……恐らく、もっと居るでしょうね。」


そう言いながらも皆に焦燥や緊張の色は無く、淡々としていた。車窓のスモークパーセントを上げるからだ。


それに交通量の多い中、ズミアダの知り合いから手に入れた古車を狙って止める者は、検問所でもない限り居ないだろう。


ヨハンは皆にバーガーを配る――昔から在る有名店のチーズバーガーセットだ。無難な、彼らしい選択だろう。


配り終え、また外の話を続けながら各々おのおののタイミングで昼食にありつく。ヨハンは頼まれていた荷物をズミアダに渡し、プシエアは多機能タブレットを弄る。ハシギルは車を出す準備をして、俺もまた、安心感から昼食を済ませた後に外を覗き、少しの間、思索に耽っていた。


 駐車場を出る少し前、地上への緩やかな坂を昇る際。バンのスモークは80%に切り替えられ、外からの光が遮られた。俺は“情景モード“なるものが車窓に併設されているのを確認し、好奇心から徐にそのスイッチをオンに切り替えた。


最近の流行に疎い俺は、このモードが一体何なのか分からなかった。だが、直ぐにそれが、サブモニターの様なものだと理解した。展開すると外の景色や、テレビ、映画等を映す事が出来るタッチスクリーンだった。


それは追われ身でもある今の状況と、景色を見たいという漠然とした心情も相まって、摂欲を嫌う俺の気分をある程度満たしてくれた。


 目的地は話し合いの結果、エドの遺したセーフハウスの一つである、今は無人の古い水力発電所に決まった。


尤も、発電に使われていた川は、うの昔に埋め立てられ、役目を終えた骨董品だ。そこまでは若干距離があり、監視カメラと料金所の在る高速道路は使わずに、下路で行く事になっている。


無論、下路にも警察の検問所チェックポイントが在る可能性も高い。だが今時、その手の情報はネットからも手に入る。その上、此方にはプロが対応してくれている。


最新のハイブリッドバッテリーを兼ね備えた流動型クイック展開ステルス調査ドローンだ。企業警察が犯人追跡時等に使う流動型クイック展開調査ドローンを、ズミアダが買い上げ、改良・再設計した物だ。


認識追尾システムが付いていて、それを用いてバンを追尾。尚且つ、付属している魚眼カメラの映像を編集して、広視野角でリアルタイムに、タッチパッドに投影し続ける。


これにより生まれた安心は大きい。移動時警戒の支柱と謂っても良いぐらいに、便利で信頼もできる代物だった。


 ヨハンが言った通り、地上には人がごった返していた。まだ正午過ぎて間もないのに、まるで皆が此方側に移り住んできた様に盛っていた。


その上にはビルを繋ぐ様に張り巡らせた広告用の電子掲示板と画面。オフィスビルを切り裂く線路。空に浮かび隊列を成して黒い点々に見える、初期の広告夜光ドローン――その中の飛行車が視界に入っていた。


飛行車は一般販売されて久しいが、古い飛行車に比べ安定性と自律性に富み、正式に“飛行車“として扱われている新型の車は、今や富裕層のあらわれとして認識されている程だ。そんな飛行車は度々ビルの隙間を飛び、陽を遮っていた――全くもって鬱陶しい。


俺は音を立てる荷物に凭れ、姿勢を崩しながら――それこそ、つたない今を変えたいという便宜べんぎで、倒錯とうさく的な自分の人生をかえりみるようにして、外を延々と眺めていた。


だが、この街は依然――“不変“だ。


確かに技術的な進歩と、それによる高度成長期・人口爆発は在ったものの、犯罪が蔓延り、命を軽視した非感情的ノン・エモーショナルな政府による利己主義エゴイズムに基づく所作と、それによる軋轢・狂気。


その現実の中で市民おれたちは、然し叶わない『シティ・ドリーム』を見るという円環は不変であり、普遍として存在しているのだ。


その夢は、限られた人種のみが手にする事が出来ると昔から相場が決まっている――だが夢というのは、知っていても見てしまうものだ。


 何時もの悲観的思索に耽るうちに日が暮れ、空には緋と紺がコントラストを織りなしていた。


道中、運転に疲れたハシギルが助手席に座っていたヨハンと運転を代わり。それとは別に、緊急事態の対策として皆、銃を直ぐに取り出せる位置に隠していたが、それも杞憂に終わった。


警察の手もまだ届いていないような、活気も人気もない街に着くと、ヨハンはズミアダの案内通りに路肩に車を止める。


「……ようやくか、長かったな。やっと脚を伸ばせる。」


灯りの点いた車内で俺は体勢を直し、ズミアダは窓を開け、ドローンを回収・充電する。そして途中、酒を呑み、寝て体力を回復していたプシエアが、声を少し張って指示をする。


「さっ、荷物を運ぶぞ! ほら、殺し屋。着いたぞ、起きろ。」


「ん? 寝てないぞ。目を閉じていただけだ……」


ハシギルの声に力は無く。明らかに長時間の運転を終え、寝ていた者の声だった。バンについては、別の者が取りに来るらしい。


俺達は気の抜ける様なやり取りを交えながら、大量の荷物を持ち、街の影に消える様にして目的地へ向かった。


街灯も少なく。暗い街に響くのは、静音性に富んだ車の小さな走行音と、自分達の足音程度だった。

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