第28話 遺志 後編

 色を失ったカジノ前――灰色の平坦フラットな歩道を、薄白い息を吐きながら歩く。少ししてから、角を曲がり。乗ってきたセダンが停められた通りに入る。


車列は依然として残っていたが、街と同様、通りも寂寥せきりょうとしていて、車は直ぐに見つけられた。


二人は車に居るのかと疑問に思った俺は、車に寄って、徐に窓を覗き込んだ。


ハシギルは運転席で、ズミアダの代わりにドローン用モニターで偵察を続け、助手席に居た筈のズミアダは、俺が座っていた後部座席でヘッドセットをとアイマスクを着け、寝込んでいた。


俺は止む無く助手席側のドアを開け、暖房の効いた車内に入った。その拍子に、ハシギルは口を切った。


「少し長かったな……“サクラ“の隠れ家は判ったか?」


「判った……然し、現在の“サクラ“は、親リーダー派と過激派に分断されているらしい。詳しい事は道中で話すが、先ずは端的に……“サクラ“親リーダー派の実質的リーダーである“リヴール“の隠れ家に行く。」


「“リヴール“……聞いた事がある。あの“革命家“か?」


「あぁ、その“リヴール“らしい。タッチパネルモニターを貸してくれ。偵察は俺がしよう……追跡者は見つかったか?」


彼はその手に持っていたドローンのタブレット端末を俺に渡しながら、会話を続けた。


「いいや、見つけられなかった……本当に尾行されているのか?」


「判らない。だが、警戒するに越したことはない。少なからず、奇襲アンブッシュされていないのには理由がある筈だ――若しかしたら、“奴等“では無いのかもしれない。」


「笑えないな……因みに、ズミアダは仕事を終えたぞ。自ら席を移動して、ぐっすりと寝ているのが証拠だ。言伝も在る。“例のデータは暗号キーが不可欠“だとさ。」


どうやら、ホテルを出る前に思い当たる節が無いか訊かれた例のファイル――そのデータを指しているらしい。


「――なぁ、本当に知らないのか? お前が話していた“エドウィン“という男が、このデータを託したのなら、データを解読出来る様な何かを遺している筈だろう?」


ハシギルの言う通りだ。ホテルを出る前、ズミアダに訊かれた時。俺はうわの空で相槌をうっていた。若干の混乱状態で居たんだ。だからこそだろうか。状況が整理された今、その盲点に気付いた。


「――探していない箇所が一つ。あの時渡された、この首に今も尚掛かっている“無名の多機能ドッグタグ“だ。


形見として遺されたと思っていたが、彼はそんな人種じゃない。


昔から無駄を省き、時間を有意義に過ごしていた彼が、あの非常時に――それも悠長に形見を渡す筈がないんだ。


最初から、彼の行動の全てに意味があると考えるべきだった――きっとUSB機能……若しくは何かしらの手掛かりを遺している筈だ。ハシギル。ズミアダのPCは何処だ?」


ハシギルは煙草を咥え、銀色のオイルライターで火を着けながら答えた。


「よく見ろ……暗くて見え難いが、PCはズミアダの膝に置かれている。勝手に取ってくれ。一服したら車を出すぞ。窓のスモークは依然、80%で問題ない筈だ。」


その言葉を聞いた俺は、口から煙を零す彼の横から身体を伸ばし、ズミアダの膝上に在ったPCを取り、体勢を戻してから起動した。


起動中――俺は先ず、作業の為に車内灯を点けた。同時にハシギルは気を利かせ、無言でスモークの%を90まで上げた。


俺はジェスチャーで軽く礼をした後、首にげたドッグタグの結合部であるマグネットを外し、厚さ数mmのドッグタグの部分を手にして眼を凝らした。


 『車内灯を点け、近くで眼を凝らさなければ見えない程の薄い境目さかいめが在る――スライドは出来ない。中身が何か判らない以上、無理に開けることも出来ない。他に何か……開ける手段が在る筈だ。』


そう詮索していると、境目の在る側面の、ある部分が傷付いているのに気が付いた。


『傷――何かの拍子に付いたものか? だとすれば、開ける際に傷が付いたのだろう。』


その部分を爪でなぞる様にして調べる……途中で乾いた音が鳴り、ドッグタグが開く――中には丸型の透明なICチップの様なものが埋められ、光を反射させていた。


 それを横目に見ていたハシギルが、車を出しながら徐に問う。


「――それは何だ?」


「まだ判らない……だが、必ず役に立つ。」


――彼が最期に遺したモノ。


それには今迄の何よりも意義の在る伝言データが遺されている筈だ――“決定打“になり得る“遺志“が。

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