第五章

玉座

第29話 荒涼な謁見

 車窓のスモークは依然、90%。黄金都市の裏側、色褪いろあせた街並みをより一層、寂寞せきばくに見せる。


左の掌に在る、紛失防止用の透明度が低いプラスチックの証拠品入れからは、手付かずのICチップが透視出来る。


ズミアダは未だ、死んだ様に眠り込み。ハシギルは相変わらず無口。俺も熱情が冷め、朝霧が濃くなるに連れ、ドローンの映像には殆ど目を通さなくなっていた。


 暫くして朝5時――薄暗い車窓を介して伝わる外冷気が、弱弱と窓から滲み、扉にもたれ掛かかっていた俺の肘を冷たくした頃。車が停まった。


ハシギルと俺は車を降り、俺はそのまま例の隠れ家の在る裏路地の方へ。ハシギルは、見張りがてら外気に触れ、息を白くしながら煙草に火を灯していた。


薄暗く、鼠も出ない様な路地裏で、ビルに挟まれる様にして“リヴール・K・メリアス“の家は在った。


然し、家と著すにはあまりにも小さく。この中で腐乱死体が見つかったと言われても、信じてしまいそうなぐらい古びた、小汚い木造の建物だった。普段ならこの類の建物に近付かない俺は、然し何を思うこともなく、木の扉を叩いた――やはり、返事が来ることは無かった。弾みで、俺はドアノブに手をかける。


『……鍵は開いている。』


反射的に銃を抜く――追跡者が迫っていると考えられるこの状況で、情報を知っているであろう“リヴール“の隠れ家の扉が開いているのだ。


――“最悪“を予想すべきだった。


『ハシギルは通りで見張っている。応援を呼ぶのなら端末で連絡すれば良い……だが、尾行は続いているだろう。


仮に、この家に敵が居たとして応援を呼び、やりあったとしたら、ズミアダと車に在る一部の情報が危険に晒されてしまう。


然し、本当に家内に敵が居るのなら、ドアノブを捻った瞬間にバレた筈だ――ならば選択肢は一つ。』


俺は家内からの射線を切りながら、扉を一蹴し、一気に中へ入りこもうとした。


――その時。


背中に何か冷たいモノが当たる感覚……直感的に銃だと悟り、動きが止まる。


「動くな。」


言葉と同時に『カチャ』という金属音が鳴り、俺は徐に手を上げた。目の前の『鍵が開いた扉』はだったのだ。


然し、それ以上に興味を惹く要素が一つ――“背後にいる人物が『誰』なのか“。


『組織側の人間か、“サクラ“側の人間……第三勢力の人間という可能性も有る。』


それ次第で、この旅にも似た怪事は俺の死をもって、呆気なく終わる可能性もあったのだ。


だが奇妙な事に、その瞬間に撃たれていなかったということと、『カチャリ』という“金属音“が確信にも近い感情になって、一つの予測に繋がったのだ。


「鳴っているのは“左脚“か? アンタが“リヴール“――今は、“K・エヴェリッヂ“と名乗っている男か。」


背後の銃が更に強く押し付けられる。


「小僧。口が過ぎるんじゃないのか?」


「驚いたな……否定しないのか?」


「“忘却された王“の墓をあばく者にロクな奴は居ない――これから殺す相手に嘘をついてどうする?」


恐らく、彼の指は既に引鉄ひきがねにかけられていただろう。その殺気は、俺でなくとも感じられる程に強く。同時に、相応の警戒心も感じ取れるものだった。


然し幸い。何故彼が殺気立っているのかを、俺はこれまでの情報から予想出来ていたのだ――たった一言で殺気は弱められたのだ。


「“エグカ・ジンス ――“サクラ“第二期メンバー。同期のアンタなら、彼のことも知っている筈だ。“サクラ“は比較的少数で活動していたグループだからな。交流も有ったんじゃないか? “彼は殺された“――」


銃に込められていた力が弱まり、同時に強気だった口調も、和らげられた。それから彼は一言、「中に入れ」と指示をした。


然しそれは、油断や信頼等では決してなく。より単純な感情から構成されたものだと、容易に汲み取れた。


何故なら、つい最近その感情を俺も味わっていたからだ――“親しい人の死“という悲哀を以て。


 依然として背中には銃口の冷たさが残っていたが、彼の家に入ることは許可された。心地良くはないが、進展はしている。彼が生きているのだから、情報を得るチャンスもまだあるのだろう。


家内の様子は外見から予想された通り、電気すら通されていないのではないかと疑う程に、荒涼なものだった。


湿気とカビ臭さが際立ち、大部分は朽木。家具は傷付き、穴が空いている。然し生活感は無く。家具の殆どが装飾品オブジェクトの様に、使用された形跡を感じない。まるで廃墟だ。


彼は銃を向けながら、俺を壁の方に立たせ、からコートやハーネス、靴、それに隠した武装やベルト迄もを外す様に指示した。それから、他に武器が無いかを調べ上げた後、俺が外したそれらを拾い上げ、何処かへ隠した。


その間、俺はその物音を耳にしながら、季節の肌寒さを身を以て体験するという、とても有意義な時間を小一時間ほど過ごした――勿論、皮肉だ。


 少しして、冷気溜まりで若干の眠気を覚え始めた頃――足音が此方の方へ近付き「こっちを向け」という彼の呼びかけで、俺の意識は復帰した。手は依然、上げさせられたままだった。


振り向くと、彼の左手には埃を被り水位がボトルの半分以下ぐらいしかない、背の低い酒瓶が握られ、右手には数世代前の傑作銃が構えられていた。


そんな彼の身形みなりは、如何にも体裁を気にしないという感じの荒れた風貌で、顔の体毛は埃を巻き込み、服には綻びが幾つも在った。


室内にはソファと長めのコーヒーテーブルしかなく、壁を向く前に見た光景と同じ筈なのに何故か一層、荒涼としたものに感じられた。


彼は右手に持った酒瓶を傾け、くすんだガラスのコップを満たした。無論、銃口は絶えず此方に向いている。


「――で、何の用だ? その歳でメッセンジャーをしている訳じゃあるまい。」


「此処へは手自てみずから来た。アンタに訊きたい事がある。経緯は話せば長い。端的に謂うと“怪事“に遭い、そして俺は――“エグカ・ジンスを殺した“」


その言葉を放った瞬間、彼の指に力が込められるのが判る――殺気が室中に充満したのを感じる。


今直ぐにでも殺されるという確かな危機感。然し、それに屈しては終わりだ。彼は、俺が臆し、命乞いした瞬間に殺すつもりだ……いや、その猶予すら与えないつもりだろう。


だが、これは“布石と確認“。必知事項need to knowとして、伝えなければならないモノだったのだ。


 彼の殺気は俺に向けられている。


それから『“組織“がエグカ・ジンスを試作機にした』という事象を知らないと予想出来る。だが、確信には至らない。


早まってはならない。


「……続けろ。」


――来た。ここで仕掛ける。


「掻い摘んで話す。俺は仕事で、ある事件を追っていた――とある技術者が汚職政治家達と接触していたので、その謀策ぼうさくを探り、必要に応じて“執行“してほしいというものだった。


そこで、事件の頭角……特捜が一人殺されたモーテルを調べることにしたんだ。


そこで、されたエグカ・ジンスと戦闘になった。」


「継ぎ接ぎ? 何を言っている?」


「――“改造“されていたんだ。尤もその時、彼が生きていたのかすら怪しい。肉は爛れ、大部分が機械で埋められていたんだ。」


「……そんな法螺ほら話をする為に来たのか?」


やはり信じないか……


「――なら、“大天使アルカンジェリ“と謂う組織を知っているか? 恐らく“Urb“の後盾パトロンもしていた組織だ。


組織が裏社会のVIPと、それを相手に商売をする“Urb“を放っておく筈がない――それを邪魔した“サクラ“も……」


「……何が言いたい。」


彼が示した『未知への興味』の表情を見て、俺は確信が持てた。


――やはり組織側は“Urb“だ。


だが、“サクラ“は今も分断されている。“サクラ“の片割れが裏切った可能性も鑑みるべきか……だが少なからず、彼は味方だ。


『“サクラ“への関与は間接的だったのか』も探っておくべきか。


 「その“組織“がエグカ・ジンスを“フランケンの怪物“にしたんだ――比喩は此処までにしよう。話す前に証拠を見せた方が良いな。」


俺は許可を得て、外套の内ポケットに在る端末を渡して貰い。ダウンロードされている限りの情報を提示し、彼に説明した。


「――その考えは早計だ。」


全てを提示した時、彼は一言そう放った。


「アンタがそう言うのも無理はない。体験した俺以外からすれば、未だ憶測の域を出ない与太話。それに、殆どが情況証拠だ――ただ一人を除いては……」


「――“エグカ・ジンス“か。」


「そうだ。俺の親であり、組織の脱隊者でもあった“E“も様々な手掛かりを遺したが、決定打になり得るものはまだ見つかっていない。


俺もそうだ。俺は体験したが、仲間は怪事の正体を肉眼で見てすらいない。


現状。“体験と証拠“――その二つを兼ね備えているのが、皮肉にも試作機になった彼だけなんだ。


改めて言おう。知っている事を話してくれ。今はどんな情報でも欲しい。」


「お前みたいな小僧相手に――と言いたいところだが、俺はこれから何をする訳でもない男だ。親友の為だと思って協力しよう。


だが、その話が嘘だったり、奴等側だった場合――俺はもう義賊ですらないんだ。眉間に穴を空ける事すら造作もないぞ。」


「勿論、それでいい。恩に着る、。」


「――“ケイ“だ。」


 彼は銃をコーヒーテーブルの上に置き、俺に荷物の場所を教えてからもう一つのコップを取りに、キッチンだと思われる室へ向かった。俺が装備を着け直し、それを終えた時。彼はまたコップに酒を注ぎ、今度は穏やかな音色で語り始めた。

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