第39話 解呪

 作戦行動開始時間まで残り約二時間――冷え込む夜7時。雪降る冬空の下、俺とプシエアはGCAタワー東に位置する、立体駐車場の中に居た。


確認作業を終えた俺は、普段は仕事終わりに吸っている――エドと同じ銘柄の葉巻を蒸し、GCAタワーを眺めていた。


『警備ドローンも警備ロボットも多種多様。外骨格パワーアーマーに身を包んだ警備兵も居る……ビルの外壁は一面マジックミラー。加えて、恐らく防弾。


この街の全てを写し出し、全てを魅了し、そして犬のように殺す。


気味が悪いな――まるで呪いの姿見だ。』


「あまり張り詰めるなよ、相棒。」


思索する俺を、プシエアは横見しつつ警告し、小型水筒スキットルに入ったスイート・ベルモットを一口呑み。徐に腰を下ろしてから、夜景に視線を移した。


「――あぁ、大丈夫だ……お前も、飛行ホバーバイクや武器の点検チェックを済ませておけ。合図が出たら、俺達はあの姿に飛ぶんだ。」


その言葉に対し、プシエアは葉巻を煙がりながら食い気味に答えた。


「それはもう済ませたよ。」


「……そうか。」


俺は葉巻を咥え、銃に弾を込めながら空返事をし、プシエアに質問を投げかけた。


「勝算はあると思うか――?」


「さぁね。上手くいってもテロリスト、悪くても死ぬ時は皆一緒さ。まぁ、墓はないだろうが……予想外ってワケじゃないだろう?」


「ああ――辞めようとは思わないのか? 家族が待っているだろ。」


「そりゃあ辞めたいさ――だが、ここで辞めたらお前はどうなる? 何もしなければ何も変わらない。過去の亡霊から受けた呪いは、お前を殺すまで解けない――それが分かってて見過ごせるほど、利口じゃないんだよ、俺は。」


「――そうだな。お前はそういうやつだ。」


彼の背に銃口を向ける。


「であれば俺は――お前の呪いなのだろうな。」


「ん? なんか言ったか?」


彼が振り向く――その前。俺は咄嗟に、彼に向けて引鉄ひきがねを引き、解放された銃弾はその背中へと真っ直ぐに飛び――鈍音を鳴らして着弾した。


 彼は反動で、身体を前に垂らし、腕を地面につく。そして、制御の効かなくなった口からよだれを垂らしつつ、何かをほざく。声は小さく、息をするのすらままならないであろうに、彼は此方を睨み、眼を点にしながら必死に口を動かしている。


俺は黙ってそれを見続け、読唇術で察する。


「何故……何故……」


そう繰り返すうちに、彼の身体から力が失われていき、次第にぐったりと垂れ落ち、やがまぶたは閉ざされ、息を漏らすだけの肉になった。


俺は、うつぶせになった彼を見下ろしながら、唾を吐きつけるように――あたかも応酬するように、礼節を欠いた侮蔑・乖戻かいれいもって、言葉を放った。


「お前の背中は――正に父の背中だった。家族の居る男――これから死ぬ男の背中ではなかった……帰るんだプシエア。これしか道はない。」


 それから俺は銃を仕舞い。ある人物に携帯電話で連絡を取りながら、プシエアの装備を漁った。


銃やナイフ等の武装から、携帯端末・財布の中身、煙草・ライターまでもを取り出し、そこらに投げ放り、最後にシガリロの空箱を彼の背広の胸ポケットに仕舞う。


そしてこれは、胸糞が悪いからとか、むかついたからとか、そう云う感情に基づく行動ではなく。そもそも、この行動に他意はなく。ただの計画のうちに過ぎなかった。


 俺は連絡を終え、少し経つと白いワゴン車が昇ってくるのが遠目に見えた。


『奴等だ。遂にやってきやがった……呼んだのは俺だが、やはりいけ好かない。』


懐古する程昔の記憶、少しばかりの苛立ちが、俺にほんの少し作用して、最後の葉巻を踏ませた。


「なぁ、プシエア。迎えだぞ。」


動かない肉に話しかけた後、俺は卑しい面持ちのデブ&ガリに金を渡し、「ハナシの通りに」とだけ伝え、腹心では奴等の眉間に風穴を開けていた。


奴等は謂わば、奴隷商人――今では探求者Seekerだなんて呼ばれているが、俺に言わせればただクズだ。


人身売買を生業とし、老若男女問わず売り捌く下衆ゲス。だが、人を隠して運ぶのなら、奴等の右に出る者はいない。


然し、そうやって奴等を蔑むのも今日で終いになる。


何故なら俺は、今日から新しいになるのだから。


 プシエアが、荷室の隠しスペースに収納され、荷室の扉が大音を立てて閉められる。


それから直ぐに奴等は車へ乗り込み、逃げるようにそそくさと立ち去った。


軈て、テールランプの残滓も消える頃。俺は皆に「プシエアは尻込みして降りた」と、虚偽の通信を入れていた。


無論、疑問符は浮かんだが、俺にも多少のことなら言い抑えられる口はある。彼等には余儀も、時間も無い。決行は間も無く。


俺は数少ない戦力を更に少なくし、勝ち目は無いに等しい。いや、元より無かったようなものだが、それはの計画での話だ。


これで……後には退けなくなった。


 俺は署長へ回線を繋いだ。


「署長、俺だ……あぁ。手筈は整っている。俺はこれから、貴方達を裏切る――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る