第36話 年代物

 埃を被った年代物アンティークの振り子時計が、19時を指す頃――夕食はヨハンが持っていたインスタント食品と、署長の別宅に眠っていた肉の缶詰めだった。


食器は使われた形跡が殆ど残っていないほど放置され、埃っぽかったが、それでも男六人が温飯ぬくめしに有り付くには十分の数が有った。


然し、温飯とはいえ所詮しょせんインスタント食品と缶詰だ。ヨハンのセンスで、レストランで出てくる様な前菜オードブルは有ったが、それ以外は微妙。腹は膨れたが、気分は良くならなかった。


故に食事は怠惰なもので、作戦会議のにされていた。


 「……で、結局パートナーはどうすんだ? 因みに、俺の知り合いには『戦闘技術に覚えがある』なんていう物騒な女は居ないからな。」


ヨハンが夕飯を運ぶや否や、口を切ったのはプシエア。続いて、まだカトラリーにすら触れていないデル署長が口を開いた。


「だから言っただろう? ――だが生憎あいにくと私の知り合いは、その性格故に請けてくれそうにない……他の皆は? 当ては無いのかね?」


その質問に対し、ヨハンは苦笑。続いて視線を向けられたズミアダは、手を払うジェスチャーをし、ハシギルは首を横に振った。


そして次は、俺――


然し、俺は久しくその話題について考えないようにしていた――と謂うより、のこと自体を、平生から剥離させていたのだ。


だから俺は、無用な質問をされないようにと、署長の口が再び開く前に、自ら話を切り出した。気分は決して良いものではなかった。


「“彼女“なら消えましたよ。貴方も知っているでしょう? “ジョディ“のことを。」


「……あぁ、ルディマフィアのボスである“ジョン・パルコ・ルディ“を殺し、追われていた『Joe殺しの“Jodie“』だね?


そういえば、私の友人から依頼されたジョディ護衛の仕事を、私的プライベートで君に持ちかけたのだったね。少し前に、消息を絶ったとも聞いたが……一体、何が――」


「――それについては、話せません。彼女を捜そうにも、ジョディは仮名ですから手間がかかる。それに彼女は賞金稼ぎだ。仕事上、雲隠れはお手の物。


……とはいえ、何でも屋は当てにならないでしょう。奴等の殆どは金だけを信じているが、命と金を天秤にかけるほど馬鹿じゃない。今回の様な大仕事に、命を賭けて働くような何でも屋を見つけるのは、ほぼ不可能。


それも、明日の夜までに見つけなければならないというのなら、尚更ですよ。」


「ふん。結局、皆アテは無しか……一人で行くか? 然しそれでは……」


署長はそう呟くと、夕飯を口に運びながら暫し黙考した。それに連れて、皆も策を練りながら一先ず、夕飯を食べ切ることにした。


 そして時は過ぎ。丁度夕飯を食べ終えようとした時。ふとプシエアがカトラリーを置き、頭をもたげるようにして、突飛な計画を叫び始めたのだ。


「ズミアダ……お前、女装しろ。」


皆の手が停まる――普段は無表情なハシギルも、これにはしかめっ面をしていた。正に耳を疑うような突拍子も無い話で、言葉も出なかったのだ。唯一、反応出来たのは当人であるズミアダのみだった。


「ん? 今、何て言った???」


「女装だよ――お前はチビだし、ひげも殆ど生えていない。骨格も女に近いし、歳は確か……」


プシエアの心情を斟酌しんしゃくしたズミアダは、空かさず――然し、顰蹙ひんしゅくしながら答えた。


「今年で26だよ。」


「そうだったな、こん中じゃあ一番若いだろう? お前が適任だ!」


『「はぁ……」』


そんな、プシエアの突拍子もない机上の空論に対する、皆の辟易へきえきと計画への憂慮ゆうりょが大きな溜息の様になって感じ取られた。


然し俺は、そんな突拍子もない話に賛成していた。


 俺は少し推考してから、直ぐにその意思を言葉にした。


「アリだな。」


その言葉に驚愕きょうがくした様子のズミアダが、椅子から蹶起けっきしながら、思わずという感じで声を上げた。


「ハ、ハァア〜?!?!」


「だよなぁ? アリだよなぁ?!」


「そうくなよ、プシエア。俺はまでも、“奇手きしゅ“としてアリだと言ったんだ。敷居もそれなりにあるし、第一、見破られない程度にまで性質クオリティを高めなければならない。


然し、ズミアダをパーティーへ参加させ、サーバールームへ侵入出来たのなら、サーバーへアクセスし、そこから様々な支援を受けられるだろう。


特に――大胆な計画を実行するのなら、この支援は必須となるだろう。GCAタワービルにも、警備・傭兵ロボは居る。それも、人間の傭兵より数多く、な。


これは人間よりも厄介だ。戦闘に陥った際は、最大の脅威となる――が、サーバーからの乗っ取りが成功したのなら最強の味方となるだろう。」


俺がその奇策を言い終えると、今度はハシギルが重い口を開いた。


「無茶だな――サーバールームは恐らく監視され、入室するにも生体認証等の“鍵“が必要だろう。仮に生体認証だった場合、登録されているGCA社員を連れ、解除させる必要がある。


勿論、そこにズミアダがたった一人で侵入することは、ほぼ不可能だ。


そして、監視・制御等を担う中央監視装置Central Monitor Systemの在る、中央管理室の警備は恐らく厳重。バレずに制圧するのは至難の技だ。


加えて、俺達はGCAタワービルの見取り図を持っていない。つまりサーバールームの位置も、中央管理室の位置も把握していない。登録された


この問題をどう解決する?」


 確かに彼の言う通りだ――敷居は高く。装備が如何に潤沢だったとしても、たった6人では勝てる見込みは無いに等しい。問題を解決しようとすると、更なる問題が露呈する。


然し、「“エグカ・ジンス“の死体」と「GCA内で“エグカ・ジンス“を示すもの」を見つければ、GCAと“エグカ・ジンス“の関係性と、“エグカ・ジンス“が受けた人体実験を示すことが出来る。


それが成功したのなら「GCAと“組織“の関係性を示すもの」を見つけ出す。そうすれば、この戦いは終わる筈だ。


これはその第一歩である「GCA内で“エグカ・ジンス“を示すもの」を見つける作戦だ。だが、“エグカ・ジンス“の死体が処分される前に作戦を終わらせる必要がある。


いや、厳密には“エグカ・ジンス“を含む、“被験者“の死体とデータが消される前に済ませなければ――全てが水泡に帰す。


 『せめて……見取り図が有れば……』


俺がそう切望していた時。署長が食後の一服の薫りを、食卓上に漂わせ始め、それから煙と共に興味深い話を始めた。


「私なら手配出来る――古いものになるだろうが、私が見取り図を入手してこよう。」

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