第3話 釈然とかけ離れた日 後編
暗闇が入った緑茶を飲み干し、ホルスターにしまってあったもう一丁の銃を取り出しながら、メカニックの「ズミアダ」に
「ズミアダ」という名は
彼は
最初の退職の『前期』に知り合ったメカニックだ。少々変わり者だが、腕は一流。加えて、友達の
見た目を端的に謂うなら、「ブロンドチビガキ」ってところだろう。
今の時代、そのような価値観も特段珍しくない。それに、彼は性別を明言せず。不明のままにしている。
だが、それでも俺がズミアダを「彼」と呼ぶ理由は、彼の一人称が「オレ」ということに加え、中性的な立ち振る舞い。そして、膨れていない胸にある――おっと、差別的だったか? 語弊だったな。
正しくはほんの少しも膨らんでいない。俗に言う、ぺったんこだったのだ……いや、もうやめておこう。
ズミアダが聞いたら、きっと仕事を請け負ってくれなくなる。
リビング――備え付けの簡易PCを展開し、ズミアダに連絡を入れる……と、直ぐに通話モードへ切り替わり、甲高い声が、ブロンド髪を降ろした淡白い顔と共に現れる。
前髪の隙間から垣間見える蒼眼には、スマートコンタクトレンズが付けられているものの、優し
だが、その話し方は男勝り。仕草は中性的といったように、両性の特徴を兼ね備えている。
正直、また判らなくなってきた。
それを知ってどうしようという事もないが。
「おー、ゲン。どうだ? HoΔ.55の調子は? やはり、アレは傑作だろう?
とにかく! また新作のアイデアを思い付いたんだ! 今度、助言をしに来てくれよ!
相変わらず“作品“の事ばかりだ。
だが、ズミアダがここまで熱中しているということは、かなりの良作なのだろう。
然し、今するべき話はそのことじゃない。
「その件だが、ズミアダ――弾の予備と反動吸収用外骨格の修理を頼む。」
「……また派手にやったのか??」
「お前なら一日もかからずに直せるだろ。」
「……ったく。」
ズミアダは俺を『ゲン』と呼ぶ――俺が呼び名を指定しないからだ。
初めはゲライン、次にゲランとなり、今ではゲンだ。理由は知らないが、意図的なものではないらしい。一種の癖の様なものか、自分の中の流行りなのだろう。
とはいえ、先程あの怪物を
普段は腰の後ろに隠している、俺の切り札。
大口径の大型自動拳銃――「
ズミアダの
「Ho」は「Harsh punishment Oath」という意味で、「
そのネーミングは、巨人ゴリアテの様な無骨さを持ち合わせる「Hoシリーズ」に相応しいと謂えるが、自由人のズミアダには似合わない言葉だ。
同害復讐法に基づき、人を処刑する俺にこそ相応しい――彼はそう解釈し、
連れて、「Ho」の後に付いている一文字は、ナンバリングの代わりになっており、ギリシャ文字が用いられている。何故、ギリシャなのかは俺も知らない。
旧来銃には
「
中でも「HoΓ」は、かなり挑戦的なコンセプトで――故に、ズミアダは「やり過ぎた。駄作だ。」等と言っていた。
尤も俺は、その微妙な扱い難さが自分に合っていたようで、好みであったが、確かに挑戦的過ぎるともとれる代物でもあった。
そして、後継機の「Ho.Δ55」が誕生した。
55口径。装弾数6発+1発。軍用ライフル等に使われるフルメタルジャケット弾と、2015年に政府が開発したとされる、未だに知名度の低い自動追尾弾を独自に改良・併用した様な特殊弾を使用する自動拳銃だ。
“自動追尾弾“と謂っても、銃弾の速さじゃあ少し補正がかかる程度で、スパイ映画やSF映画の様な百発百中の万能弾ではない。
然し、それでも充分に使える代物だ。
相手が多かったり、強者だった場合。戦闘は激化する事が多い。一瞬の判断が生死を分ける世界だ。
然し、勝敗を分けるのは判断だけではない。
その場にある全ては有効打になり得る。様々な事において、純粋な速さと強さが必要になり、より純粋であった方――
その面、自動追尾弾は使い勝手と速さがあり、それらをHoΔ専用に改良。様々な弾丸の特徴と一体化させ、作り上げられたのが『ズミアダ弾』だ。こちらのネーミングは、
そんなHoΔ.55は以前にも謂った通り、対物としての使用を目的としてある。
近頃は、テロや暴動が日常的に勃発しており、物騒だ。タイヤはともかく、車の窓ガラスは殆ど防弾仕様になっている。命を護る点では、至極当然の対策だが、他人の命を狙う
そこでこの銃を造ってもらった。自動追尾弾と約170mmにも及ぶ銃身長で、飛距離も申し分ない。憶測に過ぎないが、NIJ規格でもIII-Aレベル以上はあると思う。
とはいえ、反動もまた凄まじいものだった。
その短所を補うべく、ズミアダがHoΔ.55の“セット“として造ったのが、左肩から左手の
AIといっても、可動具合で外骨格を調整し、反動吸収性の効果を保つだけのものだ。
然し、流石に片手で撃つのは良くなかった。
あの化け物との戦闘によって、受けた衝撃とHoΔ.55の高反動。それによって生まれた歪みに、湿気が入る事によって動きもぎこちなくなっている。
ある程度の物なら、自分で修理し調整する事も可能なのだが、ズミアダが造る物は専門的な知識の中でも非常に特殊な知識の使い方をしているらしく、そこら辺にある高価な製品よりも複雑化しており、決して使い易い物でも、メンテナンス性に優れている訳でもいなかった。
だが、ズミアダの感性と知識量は明らかに逸脱したモノだ。それは付き合いを経る毎に実感出来る程で、これまでも度々驚かされた。
そして今回は、そのズミアダが造った外骨格の修理に加え、通常弾とズミアダ弾の予備を買い。更には、件について、技術者としてどのような見解を示すのかを確認する為に――要は、助言を貰う為に連絡を取ったのだ。
ズミアダは何時も通り、二つ返事で快く引き受けてくれた。どのような理由でかは分からないが、彼は俺を気に入っているからな。当然と言えば当然だ。
然し、どうだろう。この銃を使う程激しい仕事をする人間は少ないだろうから、作品を使って貰えるのは嬉しいのかもしれない。
それに、ズミアダは(比較対象がどうであれ)この都市の人間としては、比較的善良な生き方をしているとも謂える。感性に、少しばかり変な傾向があっても不思議じゃない。
そもそも、理由なんてないかもしれない。
俺もズミアダと協力関係で居られるなら、それで良い。
「外骨格がまたか……今回は一体、何処の輩に手を出したんだ?」
銃が特殊という事もあり、外骨格の故障もそう珍しい事ではなかった。無論、何度もあった訳でもないが、点検の為として不定期にズミアダの元へ出向く事もしばしばあるぐらいだ。
「守秘義務……は、
ズミアダがうんざりした様に返事をする。
「もういいよ。ダメ元で聞いてみただけさ……それで? HoΔ.55を使ったんだろう? マフィアが乗った軽装甲車の次に、一体何を撃ったんだ? それぐらいは教えてくれても良いんじゃないか?」
俺は渋る事も無くスラスラと――使い勝手のみを話した。
「あぁ、素晴らしい威力だった。貫通性は最高。しかし今回は……ダメージが足りなかった。」
彼はその言葉を聴くと、聞いた事もないような甲高い声を荒らげ出し、続けざまに質問を繰り返してきた。
「はぁ?!? 『ダメージが足りなかった』って?! HoΔ.55は、オレの最高傑作の一つ――対物超大口径特殊自動拳銃なんだぞ!? 威力が足りないなんて事あるものか! 一体何を撃ったんだ? 戦車でも撃ったってのか!」
こうなると思った。だから言いたくなかったんだ。然し、言わなければ話が進められないからな。だが、彼のヒステリーにはまだ慣れそうにない。
「其れについては俺も目を疑ったが、事実だ――「有り得ない」だろ?
だから、お前には其れについても訊きたかったんだ。体験したのは俺だが、科学技術はお前の分野だ。
お前さんは、“天才メカニック“だからな。」
「上辺だけの褒め言葉をまたペラペラと……」
「女は嘘を見破るのが得意らしいな。」
「何を……は?」
「さて、詳細を話そう。」
「……ころころと話題を替えやがって。」
それから俺は一部の事情を話した。一部というのは、『この仕事によって、どの様な事が起き、何故連絡をすることにしたのか』程度の内容だ。
つまり、今回の仕事を請けた経緯や身元不明の技術屋の事は伏せ、あの怪物についてを彼に話した。
彼を信用していないから……という訳ではない。寧ろ、この街で俺が信じている数少ない人間の一人だと謂える。
故に彼には、自身の仕事がどの様なものなのか、ぐらいは既に話していた。
詳細は無論伏せたが、何を
少なからず、そこら辺のチンピラや悪徳警官よりは口が固いだろう。それ程に、俺はズミアダに信用を預けていた。
「――機械を埋め込まれた『怪物』ねぇ……人工生命体? もしや『アンドロイド』? いや、技術的に有り得ないな。となると……
――ヒューマノイド。或いは、サイボーグ。
継ぎ接ぎの身体だったというのなら、
受肉した“
――流石といったところか。内容は話せない事柄の所為で複雑化している上、非日常的な話を聞いただけで、既にこの解釈だ。
だが、やはり百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。
俺は軟らかな口振りで、ズミアダの勘の鋭さを胸中で敬意を表しつつ、解釈の一致するものに言及した。
「アレはまだ、不完全だった。」
アンドロイド――高知能の人型ロボット。
サイボーグ――機械の結合体。
“機械の中の亡霊“ ――AIを利用した死者の人格再現。
ヒューマノイド――人間ではない、機械で出来た高知能者。
どれも違う。
怪物は
ヤツは『有機物と無機物を、無理矢理混ぜた合わせた様なモノ』だ。謂うなれば――
『人間に機械を詰めたモノ』
――“元人間“を継ぎ接ぎ、機械を詰めたモノ
それはあの時、やつの頸髄辺りから皮膚を切り開いた際に気付いたのだ。
熱のない。人工物でもない。確かな人肌。色は
「アレは恐らく、作りかけ……いや、駄作の類だった。」
「駄作?」
「あぁ。どっかのイカレた技術屋が、足りない部分と機械を死体に詰めたんだろう。
まるで、“フランケンシュタインの怪物“だ。」
風呂上がりにジャケットから取り出しておいたICチップを用意し、話題に切り替えた。
「これは、奴の頸髄にあたる箇所に埋められていたものだ。何か解るかもしれない……解析も頼んでいいか?」
「……あぁ、分かったよ。明日の午後でいいよな?」
「問題ない。」
「じゃあまた。」
あまりにも非日常的な話を、唐突に聞かされ、気疲れしたズミアダは、いつになく
――その日は、全てが霧のようにはっきりとしない。
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