第24話 対極 後編

 心中で彼に尊敬の念を抱きつつ、雑談を交えながら、されど警戒して歩くこと暫く。左手首に着けた腕時計の指針が、一時半を指して間もない頃、ヨハンが突如として俺を止めた。


「プシエア、止まって下さい。」


そして彼は目の前に手を差し出した後、俺の斜め前まで進んでから、向かい合わせた。


その行動を疑問視している俺を余所に、彼は銃を握っていない右手をポケットから出し、指を広げて『5、5』と示した。


これは俺と彼がまだ警察に成り立ての頃、距離を示す為に使っていた無線手RTO擬きだ。数え方は一の位から。この場合は『55yd』という意味になる。


俺と向かい合わせになったのは、この無線手擬きを隠すのと――その意図を俺が解釈する前に、ヨハンは俺の右肩に、消音器付きの銃を握った左手を置き、躊躇ためらう事なく引鉄を引いた。


『ヂッ……』というサプレッサー音が耳元で聴こえる。


遠くで男の苦しむ声が上がる。


「肩を撃ちました。流血もしている様です――どうやら人間だったみたいですね。」


「今度からは、もう少し分かり易くほのめかしてくれ……にしても、向かい合わせになって銃を隠し、肩を使って精密射撃か――人使いが荒いな。」


「君に言われたくないですよ。誰の真似だと思っているのです?」


「さぁね? 映画かな?」


「映画の真似ならもっと上手くやりますよ。」


彼は冗談を言う俺を軽くあしらいながら、先程の射撃で排莢された空薬莢一つを拾い上げ、仕舞う。そして腰に装着された弾倉ホルダーの反対側にげられた、弾薬箱代わりの小さい缶から弾を一つ取り出し、弾倉マガジンに装填する。


「マメだねぇ……神経質に見える。」


「用意周到と言って下さい。それに追跡者は死んでいません。世間話をするにはまだ早いですよ。」


彼はそう言いながら再度銃を構え、辺りを警戒しながら、車道を挟んで反対側に位置する追跡者の下へ向かった。


彼のやる気と勤勉さに呆れつつ、俺もまたポケットに忍ばせていた銃を構えた。そして、闇が這うだだっ広い道路を跨ぎ、彼に続いた。


 辺りの暗闇に人影は見えず。視線も気配もまた、感じなかった。先を見ると、既に追跡者まで辿り着いていたヨハンが、街灯の下で銃を突きつけながら拘束用の頑丈な結束機で相手を拘束している最中だった。


ペンライトを点け追跡者の顔を照らす――そこには灰色の髭を蓄え、その隙間からガタガタの歯をちらつかせる小汚い老人が居た。


「――ホームレス?」


「えぇ、ですが変装かもしれないので一応、拘束を……」


その最中、ホームレスは細ばった体を揺らし非力ながらも暴れ、抵抗をしながら叫び散らす。


「助けて……助けてくれぇ! オレは頼まれただけだ! 殺さないでくれぇ……」


「こら、暴れないで下さいっ……」


ヨハンが梃子摺てこずる中、ホームレスの顔の辺りから何か煌く物が溢れ落ちるのが見えた。


「おい爺さん。何か落としたぞ――」


光を反射し煌くそれを、ペンライトで照らしながら拾い上げる。それはコンタクトレンズの様なもので、然し瞳に位置するところに見た事もない四角の……機械が一体化されていた。


「――爺さん。これどうしたんだ? いや、無理に言わなくても俺は平気だが、相棒は黙っちゃくれないんでね。教えてくれるとが省ける。」


「わかった、話す! 話すから殺さないでくれ!」


「……プシエア?」


「悪いな、ヨハン……だが、嘘は言ってないだろ?」


「はぁ……ったく。君って人は……」


 老人はヨハンの事を勘違いしたまま、この奇怪な道具について話し出した。老人が言うには、ボロ布を纏った知らない大男がいきなりコレと前金の500$を渡し、灰色の建物――旧水力発電所を指差しながら『そこから出てきた男達を夜明け5時まで監視・尾行しろ。報酬はその後、支払う』と言ってきたらしい。


無論、ホームレス仲間も一緒だったが、そいつらは堪え症が無く。俺達を尾行していたのは自分だけだと言っていた。


そしてはコンタクトレンズ――それも一種の“スマートコンタクトレンズ“らしい。勿論、ホームレスである彼が知る由もない訳で、俺達の予想に過ぎないが、そうでなければ無償でホームレスにこんな機器を渡す意味も無いだろう。尤も、その役目も機能も全くの別物になっているのだろうが……


 にしてもマズい事になった。恐らくこの“スマートコンタクトレンズ“の役割は監視――つまり『罠』だ。奴等は老人の“視点“を介して監視し、俺達がコレを拾い上げた時。若しくは老人と俺達が何らかの接触を果たした時――必然的に俺達の顔を確認し、ゲラインの協力者として。犯罪者として扱うつもりだろう。


更に、この老人の言葉が正しければ追跡者は恐らく、俺達だけでなく彼方あちら側にも尾いている筈だ。


この場合、彼奴らはディタッチメントで警戒心の強いギャングと、追跡者に板挟みになるという訳だ……まんまとやられたぜ。


 「マズい事になりましたね。」


腰の後ろで手を拘束された老人を立たせながら、ヨハンが口を切る。


「お前もそう思うか。」


「えぇ――追跡者の数は未だ不明。監視は今も、続いている可能性も在る。顔がバレた今。更なる追手が来るのも時間の問題。警察署に入り込むのは難しいでしょう……」


「なら秘密裏に忍び込むだけだ。」


「正気ですか?」


「当たり前だ。それしか道は無い……老人はどうするんだ?」


俺がそう問うと、ヨハンはスーツの袖に潜ませていたナイフケースからナイフを取り出し、徐に結束機を切り始めた。


「解放します。武器は持っていませんでしたので御安心を。」


「安心? まだ奴等の仲間だという可能性もあるんだぞ?」


「彼を見て下さい。右肩は撃たれ出血は止まらず、このままでは意識を失う。」


「なら救急車を――」


「――いえ、解放します。」


「正気か? 敵かもしれないとはいえ、人間だ! このままじゃ死ぬぞ?!」


「――“貴方は甘すぎる“――彼は情報を話しました。そのうち奴等に消されるでしょう……かといって連れて行くのにはいささか危険な人物。


“顔がバレた今、追手が来るのも時間の問題“でしょう? 


ですから、。問題ありませんよね?」


そう言いながらヨハンは結束機を断ち、老人を押す様にして逃した。俺は反論出来ないまま、重くなった口を開いた。


「……だが、目的地を聞かれたろう?」


その問いにヨハンが微笑しながら答える。


「ははっ、問題ありません。どうせ尾行によってバレますし、ホラ……この折り畳み式タブレット端末は、先程潜ませた発信器兼盗聴器にアクセス出来ます。仮に追跡者の下へ戻っても、これで筒抜けですよ。」


「……時々、お前が恐ろしく思えるよ。」


「これが“人間らしさ“――“理性“ですよ。」


 俺はヨハンの器用さ、勤勉さ、正確さ――つまり“気持ち悪い程の理性“に鳥肌を立たせ。同時に彼が一緒に来てくれた事に安堵しつつ、目的地である座標へと向かった――日が昇る手前、午前2時頃のことだった。

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