第26話 情報屋の掟

 老人は笑顔を崩すことなく、入口に掛かったとばりくぐり、元いた世界へ戻っていく。


俺もそれに連れて帳を潜り、風変わりなキャンピングカーの、更に風変わりな部屋を覗きつつ、踏み台を踏みしめ上がる。すると再度彼が此方を覗き、注意をしてきた。


「“靴“ ――土足厳禁だ。前にも言っただろう?」


「そういえば、そうだったな……これでいいか? 靴箱はどこだったか……」


「靴箱それだ。それから、そこのルームシューズを履いてくれ。」


コレ靴箱だったのか。装飾が施されたゴミ箱かと思ったぞ……それに……


「“ルームシューズ“か。」


履くのは勿論、響きすらも懐かしい……というより。前回履いたのは、丁度今日の様に彼の下へ訪れた時だった。そして相変わらず、この奇妙な物体には慣れない――俺はルームシューズを履く様な人間じゃない。


 前回と同様に、仕方なしにルームシューズに履き替え、俺は車内の一角に在る小さな電波遮断室に案内された。その後、彼は一度運転席の方に行き、自動運転に切り替え、車を発車させた。


彼の顧客であれば、電波遮断室が在る理由も開示されている。追尾装置や盗聴器が在っても、商品である情報の内容や、ダッチの位置情報が洩れない様にするための対策だというのだ。


そして自動運転に切り替える理由も同様に、襲撃者対策や依頼人を孤立させる為のものだ――何故依頼人を孤立させるのか、についてもそうだ。それが此処の“掟“だからだ。


 朱色の壁紙で覆われた電波遮断室――狭隘きょうあいな室内の壁には、古いポスターや独特ユニーク織物タペストリーが放置され、床には我楽多ガラクタが散乱している。


少しして運転席の方から本とバーボン、そしてグラス二個を持った彼が入ってきた。


200cm近くも在る巨漢の彼は、毎度ながら少し窮屈そうにしながら反対側の席に着く。俺はそれを見て、場所を移せば良いのにと彼が変人である再認識をする。


されど彼は和かに鷹揚おうようとして、聖書の様に分厚い本を開き、口を開くのだ。


「……そうだ。始めは“掟“についてだったかね? 掟は覚えているかな“AΩ“。」


「あのな……ミドルネームは“アル“までは合っていると言ったが、決して“アルファ オメガ“ではない。


前にも言った筈だ。そんな子供っぽいミドルネームは付けない……まぁ、いい。掟なら覚えている。


――“依頼人はダッチの情報を口外してはならない。但し、ダッチが許した相手は例外“――だろ?」


「――続きを。」


彼が鋭い眼光で急かす。


「――“依頼人はダッチを狙ってはならない。この2つを破った場合、依頼人はダッチによって消される“――初めてじゃないんだ。覚えている。」


「然し、何年も音沙汰無しだったんだ。確認は大事だろう? 一体何をしていたんだ?」


彼は口を横に広げ、白い歯を見せながら訊く。その言葉の意はすぎた。


「どうせもう知っているんだろう? “先生“ ――」


「あまり私を揶揄からかうんじゃない……だが、確かに知っているよ。だが、偶には仕事以外の話でもしようじゃないか。」


その語りに対し、俺は直様すぐさま嫌悪感を示した。


「――嫌だね。アンタは“元心理学者“という記録だけを残して、他は何もかも嘘だらけだ。


それに話していると深層心理を読み解かれる様な気がして――というか勝手に探られて、気持ちが悪い。初対面でやられた所為でもある……礼儀も何もあったもんじゃない。」


「ハハハ……構わないだろう? これでも私は、私なりに余生を楽しんでいるつもりさ……さて、そろそろ本題に入ろうか。君の今している仕事についても、例の騒ぎとも関係している事は聞いているよ。それに――“組織“に追われている事も。」


俺は少し警戒しながら彼に質問した――いや、恐怖にすら近い。ここまで知っているとなると、いくら彼でも警戒せざるを得ないだろう。それ程、俺の中で組織への懸念は高まっていたのだ。


「アンタ――“どこまで“知っている?」


彼は依然、不敵な笑みを浮かべたまま――今度は、ラジオから聴こえてくる様な機械音声で問いに答える。


「“顧客キミタチが知りたい事を全て“ ――」


「お前……まさか――」


額から冷や汗が滲み、背筋が強張り悪寒を覚える。目の前の“可能性“に恐れながらも、俺は腰の銃に手を伸ばす――瞬間。彼は首元に手を当て『カチッ』という音を鳴らし、声を戻した――変声機ボイスチェンジャーだ。そして、彼はそのまま何事もなかったかの様に話を続けた。


「――冗談ジョークだ。組織については、組織名と君を襲った二体の試作機プロトタイプの事ぐらいしか知らない……だが、よくやった方だろう? 一個人が調べ上げたんだ。尤も、組織名については君も知っていた様だが。」


俺は姿勢を戻し、息を整えながら話に戻る。


「……アンタと話すと無駄に気疲れする。本当に本題に戻ろう。聞きたいことは幾つか在る……だが、一番はコレだ。」


俺は私用の多機能携帯電話にダウンロードされた、電子新聞の少し前の記事を見せた。


「……この記事なら記憶しているよ。『白昼堂々行われたギャング同士の抗争』だね?」


そう書かれた標題ヘッドラインの直ぐ下に位置する記事に、詳細が綴られていた――抗争は白昼堂々と行われた。勢力を一気に伸ばしていたギャング『サクラ』と、此処ら一帯を占めているギャング『Urb (アーブ)』の抗争。


理由は明白だ。


富裕層相手に巧く仕事をしていたギャング“Urb“は絶対王政に近い状態で、ディタッチメントの一部を仕切っていた。


そこに、義賊の真似事をして若者と世間――主に貧困層から支持を得ていたギャング“サクラ“が現れたのだ。


“Urb“にとっては正に、だったのだろう。


何方が仕掛けたのかは定かではない。だが、抗争後には、通りに警察車両が立ち並び、結果的に約50人以上にも及ぶ死傷者が出る、大事件となった。逮捕者もそれなりに居たと思う。


「――だが記事は。古い記事だが、……恐らく“例の組織“に――アル。何処でコレを手に入れた? まさか、この記事を偶々たまたまずっと保持していただけだなんて、言わないだろうね?」


「……仕方ない。どのみち話さなければならなかったんだ――その記事は、ある人から貰った。丁度昨日の夜に、それを確認した。」


昨日の夜――証明・説明と銘打めいうって、仲間である四人に解析済みのデータを公開した時に見つけた物だ。


 その情報を保有していたエドは恐らく、俺が件の依頼請けた時から……いや、それ以前から俺を尾け、奴等が接触コンタクトして来ないか監視していたのだろう。


然し、俺を助け出した際に至っては、大通りの人混みの所為で到着が遅れた。


彼はそうやって俺のを予想し、奴等を探っていたのだろう。


だが、この記事の年月日を加味すると、彼は以前から“サクラ“と組織が、何らかの形で接触しているのだと考えていたのだと思える。


理由は定かではないが、この記事が残されていたという事は、これこそが“痕跡“なのだろう。


 ダッチは彼についての話を聞くと、興味を示しながら俺に問いかけてきた。


「――で、その人は今何処に居るんだ?」


「彼は――」


俺が言いかけた時、彼は食い気味に話し出した。


「あぁ、待ってくれ。そこまで知っている人物が――私よりも“組織“に詳しい人物が居るのにも関わらず、それを訊きに来たという事は――」


俺は若干早口になっていた彼の言葉を、遮るようにして話した。


「死んだ。彼は死んだよ。奴等に殺されたんだ。」


彼はその言葉を聞くなり、途端に落ち着いた声で話を続ける。


「――。仕事人間だった君がとしているのは……」


その言い草には聞き覚えがあった。初対面の時に味わった――相手の心を読んだ時の、あの気持ちの悪い言い草だ。


 確かに、俺はこの怪事に関わってから様々な体験をして、ロボットから人間に成れた。


然し皮肉にも――その全ては“負の遺産“に過ぎない。この感情も、怪事を終わらせるという意味も、仲間も、託された遺志も――全て、俺の“ルーツ“から引き継いだ“負の遺産“だ。


――全て用意されたものなんだ。

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