3 何かを知る『モノ』
「何を言っているんだ、榊君?」
戸田は榊の失言に割り込んだ。
「記者の質問もありきたりだったことは別にしても、エピソードの回答はほぼ完ぺきといっていいほど、ある『
榊は戸田の言葉を無視して続ける。
「だが、余計だったのは幼少時代のエピソード。君は地元の人間なのになんで地方出身の彼女の幼少時代のエピソードまでスラスラと語れるんだ?」
今度は戸田が驚く番だ。藤本は表情を変えない。
「彼女の出身地に関する報道はまだどの社もやっていない。ということはその辺りの情報源は大学の近くにいる『アイツ』と彼女の通学路周辺と家周りの『アイツ』からだとは思うけど…」
「待ってくれ榊君。」
戸田が榊の話を遮る。
「アイツというのは誰だ?つまり君は彼女のインタビューは初めから仕組まれていたということか?」
「戸田さん、ちょっと静かにしてください。ここで割り込まれるとややこしいので。」
戸田の焦りを榊は遮る。
「結論はまとめて説明します…、じゃあ単刀直入に訊きますが」
榊は改めて質問をした。
「あなたはもう犯人が誰かわかっていらっしゃるのでは?」
戸田はさらに呆れた。もう何を言っているのだと。それで榊はカメラマンの高山を外したのかもしれない。
「榊、そんな無責任な……」
「知ってるわ」
戸田は藤本を見た。笑みを浮かべた表情は変えず、質問が多い榊に対してやっと最初の回答を行った。
「……確かに彼女には
藤本がチラリと戸田を見る。榊も戸田を見る。
「確かに、普通に調べれば情報は掴みづらいな。犯人を知っているのは本当かね?」
戸田は身を乗り出した。
「…といっても性別と年齢層だけね。」藤本はあらかじめ買っていた水を飲む。
「それだけでも貴重だよ。その情報を教えてくれないか」戸田は手帳を開こうとする。
「教えてもいいけど、大丈夫なの?」藤本は不安そうに榊に訊いた。
「言って良いんじゃないか。私もそこまでは知っているけど多分価値の分別はできるはず」榊はどっちでも良い的な白け顔をしていた。
「もちろん相応のお礼はするよ」戸田はスクープが取れたという顔で手帳を構える。
「わかりました」藤本は深く座りなおすと、仕切りなおすように言った。
「私の知り合いに死者の霊が見える子がいるの」
「ちょっと待て、『死者の霊が見える子供』って…」
藤本の一言に、戸田の期待は若干薄れた。
「訊きたいんですよね。犯人のこと」
神妙な顔で語る藤本に戸田は突っ込むが、藤本はまじめだった。
「続けて」榊は戸田をなだめる。
「公開捜査が始まる1週間以上前だから、ちょうど行方不明なった少し後ぐらいかしら。その子が市内を彷徨う、女子大生の死霊を見たのよね…。」
榊はまた手帳を開く。
「私には死者の霊は見えないけど、あの子にとっては結構キツかったらしいのよ。確かバラバラ殺人になっていたって。あの子が見たのはほぼ全身傷だらけだったらしいのよ。」
藤本がノートをパラパラとめくって戸田と榊に見せる。そこには色鉛筆で描かれた女性の姿があった。どうやらその子供が描いたらしい絵だ。
「何か参考にならないな」
戸田が絵を見てつぶやく。
「そう思います?さっき言っていた全身傷だらけ、って言うのは当てはまってますけどね」
榊は絵を見ながら言った。あんまり良い気分ではない。
「彼女の失踪時の服装とは違っていると思うが」
「そりゃあ、黒と赤のボーダーは血でしょうな。黒と白なら一致するじゃ無いですか。」
戸田はハッと思い出して手帳をめくる。行方不明の時のコピー写真を取り出す。防犯カメラからのキャプチャー画像には黒と白のボーダーの服を着た彼女が映っていた。
「ッ!!」
「…まぁ、死後二日ってところですか。」
戸田はそのまま絵を見直して一気に戦慄を覚えた。そして、榊と藤本から逃げるように席を立った。プラスチックのいすが倒れて乾いた音を響かせる。
「待ってくれ?君たちの言っている『情報源』は何なんだ?何でそうも状況をすらすらと言えるんだ?お前ら何か関係があるのか?」
戸田は震えが止まらない。あまりにも極端に詳しすぎる情報、細かすぎる被害描写からもたらされた情報が戸田の脳裏に危険信号を発信していた。
榊と藤本は顔を見合わせて、とりあえずこの現状をどうするか眼で話した。
「戸田さん。ちょっと席に着いてくれませんか?」
榊は腰を抜かし掛けている戸田に静かに行った。
「話がややこしくなるので結論はまとめてしゃべります。とりあえず今はこの状況を騒がず黙って聞いててください。このまま理由をしゃべるとさらに勘違いされるので。」
「でもすいません。私、この後講義があるのでここまでです。」
藤本はさっきのノートをしまうとそのまま、席を離れた。
「何かあったら、また連絡します。」
「ありがとうございました。」
榊は礼を言う。戸田はまだ固まったままだ。
「榊さんって言いましたっけ?」
藤本が振り返る。
「記者さんの中にも解る人が居てよかったです。」
藤本がにこりとして言うとそのまま講義棟に向かった。
「記者じゃないんだがな……」榊はつぶやくと腰を抜かしたままの戸田に向かって歩いた。
榊は椅子を持ち上げると椅子を立て直し、戸田の手を掴んだ。
「とりあえず座ってください。」榊は戸田を座らせた。
「いったい君は何者なんだ?犯人と何か…」戸田は震えている。
「私も、あの彼女も犯人の事なんか一切知りませんし、関わってもいません」
「じゃあ何だ?」戸田は若干喰い気味に聞き返す。
「彼女も私も同じ情報源から同じ情報を聞いたんです。ただアプローチの仕方は異なります。私はそれぞれ大学とあの遺棄現場にいる土地神から。彼女は死者の霊が見える少女からもたらされた亡くなった女子大生の声からあの情報にたどり着いたのでしょう。私のメモと比較しても誤差がなかったので。」
土地神、死者の霊?いったい何の話なのだ?戸田は混乱よりも困惑していた。
「つまり君は
「まぁ、そんなところですね。いろいろな括りはありますが。」
榊はやっとたどり着いたかのようにホッとした。
「確かにこれは…、」
「そういうわけなんですよ。物的な証拠もないので、ちゃんと結論が出ないといけない」
「高山を外したのは正解かもしれんな。これでは何にもならん」
戸田も榊の話でだいぶん落ち着いたようだった。ただし、榊の話には半信半疑なところはもこっているようだが。
「とりあえず、話も終わりましたし。時間もないんですよね」
「その時間がないというのは?」
「付いてくれば解りますよ」
榊は戸田に静かに言った。
榊の運転する営業車で戸田は、東里市内のとある路地にいた。この路地は女子大生が行方不明になった時に最後に防犯カメラに映っていた場所だった。
榊と戸田は近くに車を停めると路地に向けて歩いていた。
「報道が加速していて、警察の動きも加速されていると、犯人ってヤツの精神はかなりの負担になります。その状況に持ち込まれたら確実にこの事件は手掛かりが見つからなくなり、迷宮入りになる。」
榊は左右をきょろきょろしながら何かを探していた。さらに続けてしゃべる。
「これが殺人鬼とか慣れた者であれば若干精神の余裕がありますけどね。だが、この犯人はそんな余裕はもう現時点でないと思います。」
「じゃあ…」
「ちょっとした
「さらに被害者が…」
「そういう犯人ほどそんなに強くないですよ。例外はあるかもしれませんが」
「まさか」
「…何らかの方法で自滅するだけです」
榊が立ち止まる。
「だから流暢なことをしていられるほどの時間はないんですよ。死なれたらこれ以上何も出来ませんよ」
「君の目的は何だ?」
榊は何も言わずに掛けていた眼鏡を外す。
「彼女の写真あります?」
戸田は榊に写真を渡す。
「すまない、ちょっとお尋ねしたい」
榊は壁に向かって声を出す。
「お主はこの者の存在を知らぬか?」
「榊君、君は壁に向かって何を言っているんだ?」
榊は思い出したように壁に向かって話すのをやめると、やれやれとした顔で戸田の目の前に立つ。
「少し目を閉じてもらってもいいですか?」
榊の言葉に戸田は目を閉じる。
「ちょっと痺れますよ」榊は左手で戸田の両目を覆う。
『
榊は右手の指二本を口に添えながらボソボソと術を唱える。術を唱えて左腕から左手までその右指でなぞった。
一瞬静電気のような痺れが戸田に走った。戸田はのけぞる。
「何をするんだ榊君?」
「すいません一時的に視覚神経と聴覚神経をいじりました。」
「いじったって一体…」
『呼んでおいて何か用なのか?』
その声は榊が喋っていた壁から聞こえてきた。戸田が見ていると着物を着た老人が壁から上半身だけ身を乗り出してきた。いや、正確には壁の中から上半身だけを乗り出した形だ。何もない壁の奥から、まるで液体のような
「すまない、この写真に写る少女をあなたは見たことないですか」
『その娘か。昨日見たぞ』
「それはありえない。この人は二週間前には…」
『見たんだ。』戸田の否定を遮るように壁の老人は答えた。
榊は少ししかめ面になると、壁の老人に手を合わせて謝るしぐさをした。
「彷徨っていたのか」榊が謝る様に尋ねる。
『ああ、まったく生気は無かったがな』
「生きていたときはどうだ?」
『見てはいた。特にその姿に変わったところはない』
「それは、何か恨みめいたみたいなものがあったのか?」
『それはない』
戸田の質問に対して老人はあっさりと否定した。
「男の陰もか?」榊が少し下種な質問をした。
『異性の陰か?』老人が少し不思議な顔をして榊を見た。
「男まわりの話とか話は無かったぞ」
戸田が若干不思議な顔で聞いてくる。
『あったかもしれんな。だが我々にその駆け引きはわからん』
「そうか、邪魔したな。また何かあったら教えてくれ」
『知りたいなら直接聞けばいい』
壁の老人の一言に二人は驚いた。
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