第三章 同業者の括り
1 補給係 藤本由美
「あなた暇なの?」
「単に一般人と生活リズムが違うだけだ」
「あっそ」
旧寺社町の一角にある
そこにちょうど平日休みだった榊守がひょっこりと神楽不動産に来ていたのだ。
「奥様には家族サービスできてるの?」
「それは心配ない」
「ふーん……」
藤本は榊の話を横に聴きながら、パソコンと計測テスターを利用して、ガジェット本体の測定を行う。電子機器を利用する環境の為、神楽のように走って追いかけるスタイルでは衝撃によって壊れかねないのだという。
「特に、装備品の防御プロテクターは電気的にも大きいし、溜込に使うキャパシタも半分消耗品なのよね……」
電子工学の専門用語を語る藤本に対して、榊はふと訊いてみたいことがあった。
「なぁ、君は医者なのに何で神還師になろうとしたんだ?」
「……」藤本は黙っていた。
「言いたくないならいいわ。興味持って訊いた訳じゃない。」
「前も言ったんだけど、別に私、医者じゃないわよ」藤本はさらっと言った。
神楽家の神還師
「じゃあ特殊な『治療』というのは?」前に藤本が言った話を思い出していた。
「ああ、あれは神還師向けの話よ」藤本は検査道具を置くと榊の方に向き直り脚を組み直す。ゴスロリ衣装にマッチした柄タイツが更に際立つ。
「知ってるかもしれないだろうけど、神還師は迷い神と対峙する分、体力面・精神面においてもかなりハードであり、何かと
藤本はそのまま話し続ける。
「精神病的な話は精神科や心のケアに任せればいい話だけど、迷い神に取り込まれる、乗っ取られるパターンも少なからずあるのよ。こればっかりは医者では治せない。むしろ神還師同士でそのあたりは
榊は左腕に手を掛けたまま黙って聞いていた。
「その手の治療に関して、私は専門であるだけよ。何かあったら私がなんとかするわ」
「期待はしないよ」榊は笑いながら言った。
藤本が組んだ足を直すと次の瞬間、そのまま立ち上がり顔を榊に近づけた。
「さ・か・きサン?」
藤本は声を荒げて名前を呼んだ。
「あんたの場合はただでさえ『ひどい』状態なのによくまぁ呑気でいられるわね」
藤本の癪に触った榊は表情を変えない。
「前にも言ったはずだ。サポートでしかないヤブ医者の君には無理だ。何度も言わせないでくれないか……」
藤本は何も言わず体を引き戻した。
「いつもその回答ね」
この問答に関しては以前、榊が藤本に言われた一言が尾を引いている。
『あなた、今のままならその命、数年も持たないわよ』
……神楽ミキに初めて再会した日に藤本に言われた一言に起因する。
「……事実を言ったまでだ。好奇心だけではな、こいつは無理だ」
榊は右手で左腕を指さす。
「ねぇ、もう一回見せてくれる……」
穏やかになった藤本の言葉に、何かを感じた榊は、何も言わずに袖をまくった。
「……」
藤本は傷をじっと見直す。前はすぐ目を反らしていたが、多少目が慣れたのであろう。しかし藤本もそう何度も見直す気もないらしい。物忌みのような視線は榊にとっても慣れてはいるが、藤本は自分の行動に改めて気付く。
「もういいわ……」
藤本に促され榊は左袖を戻す。
藤本は静かに言った。
「……約束ってところかしら?」
「約束?」
脈略ない話に榊は聞き返す。
「さっきの質問、神還師になろうとした理由。約束したの、ある人と」
藤本はそうつぶやきながら、テスター片手に作業を続ける。
「ふーん。」
榊は置いてある、銃型ライトを手に取り構える仕草をする。
よくドラマや映画などで使われているモデルガンだが、弾が発射されるわけではない。内部は高輝度LEDが内蔵され、所定の波長フィルターを仕込むことで迷い神の動きを緩慢化させる働きを持っている。技術的な話は割愛するが、現代の科学での範疇では迷い神は昼ではなく夜に活動するのは太陽光の特定の波長に関わるとしている。その節の正しさは眉唾だが、一部の神還師からの報告もあり太陽光の波長の範囲内で特に特定のレベルで動きが緩慢になりやすいという噂もある。
「ねぇ。これ出来ればつや消しにしてくれない?」
一昔前は神還師もたいまつの他、光量の強い電球に波長フィルタを掛けていたが、システムが大きすぎて運用に支障を来していたが、近年は波長範囲が限定できるLEDなどのデバイスが台頭し、デバイスの小型化が安易に出来るようになった。
榊の持っているこの銃型もそんな小型化を受けた物で、銃身の一部を金属部品に換装して
「つや消し?結構好きなカラーなんだけどね」
「光沢あると結構ウケ悪いのよ。出来れば反射しない程度にしてくれる?」
藤本にライトを渡す。
「あんまりつや消しにすると本物と間違えられるのよね。」
「いや、町中で使おうなんて思ってないんだが」
藤本は少し考えていたが、納得したようだ。
「わかった。蛍光色のつや消しでも良い?」
「任せるけど、それなら別のライト持ってくるわ。」
やはり何かが違う、榊はそう思った。
「さっき言っていた、『迷い神に取り込まれる、乗っ取られる』という話だが……」
榊は話題を切り替えた。
「君は見た事があるのか?……迷い神に乗っ取られた人間を」
榊の質問に藤本の手が止まった。
「無いわ。人間が迷い神を取り込んだ話も聞いたことがないわ。」
藤本が振り向かず榊の質問を否定した。
「半分は迷信だと思っているし、そんな事象自体かなりレアな存在だとしか聞いたことがないわ。」
「そうか……」
榊は黙ったがそのことで、藤本が何かを察することはなかった。
「ただいま」不動産の扉が開いて、神楽ミキが学校から帰ってきた。
「おかえりー」
「どもです」
藤本・榊が反応する。
「榊来ていたの?」神楽は軽く侮蔑した目で見る。
「仕事休みの暇つぶし」
「奥様には家族サービスできてるの?」
「それは問題ない」2回目の質問に榊は腐る。
藤本は軽く笑う。
「由美姉、お父さんは?」
「おじさんなら審議会の定例会に行ってる」
「あ、今日か」
神楽は少し静止し考えると榊に振り返った。
「榊、着替えたらちょっと私に手伝ってくれる?」
「何をするんだ?」
神楽は何も言わずそのまま奥の階段を上がっていく。
「相変わらずだな……」そっけない態度の神楽を見ながら榊は言う。
「うーん、多分アイテムの補充かな?」神楽の代わりに藤本が答える。
「その装備以外に何か?」
榊が藤本のガジェットを眉を寄せながら言う。
「神移しの受け皿よ」
藤本が若干ムスッとした感じで言う。
「受け皿?」
藤本はにやりとして榊に口を開いた。
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