2 『審議会』と案件

「今期の予算発生率は少なく、『』な運用は無かったようです。」


 東里市内にある小さな雑居ビルの一室に、神楽寛三は審議会の定例会に参加するために来ていた。会議室には寛三と同じまたは年代もバラバラな人たちが集まっていた。


 審議会と称されたこの会議は、市内各地域の神還師やそれを生業なりわいとする寺社が集まり、運営の方針や迷い神による破壊などが起こった場合の修繕などの方針を決める場合が多い。審議会そのものは地域によってもその管轄は分かれるが、明確な縄張り意識はない。あくまでも管轄地域での神還師の登録や活動状況を管理・確認している機関とでも言おうか。


「……以上、今期の神戻しの発生件数は若干増加傾向にあります。現在工事を進めている東里横断道路の関係で神移しが的確に行われていないという事象も確認されているようです。」

 審議会の議長が報告を読み上げる。


「近年は東里地域でも空家の発生率が高まっています。本来迷い神は人間の放置の他、神移しと断りが上手く行われていない状況から発生することもあります。今一度礼儀の確認をお願いします。」

 定例会議そのものは神還師の自由参加ということもあり、定例会議は審議会の管理職権者が占めている。ほとんどが高齢者であったりするが、中には若い僧侶もいる場合がある。最近では他の地方から東里市に来て寺社のもとで働くフリーランスも増えてきている。

 管理職権限とは言うが、中身は管轄地域でも大手または最高位の寺社に勤める者が多い。さらに彼らの場合は能力含め、神還師の仕事を代々世襲している事が至極当然であり、資格申請そのものも彼らのような『』によって自発的且つ中心管理している場合がある。


 この状況は特に東里市に限っての話ではない、地域によっても異なる点はあるらしいが、古くからの富豪や地主・寺社系が力を持つ関係が存在していた場所によってもこの手の話は若干残っている。更に近年の傾向として、不動産に絡む部分での神移しが上手く行われていない事例が多発している。先に話が合った高規格道路建設などの用地買収後の対応が甘いといった話も案件として浮上している。


 玄条寺関係者の神楽寛三は閉幕後、審議会幹部の一人に話し掛けてられていた。

「神楽さん、最近あなたの所に新しい資格者がいらっしゃるのですか?」

 ほぼ寛三と同年代の幹部は東里市でも大きな寺社の関係者だ。神楽家の玄条寺よりも古い。

「資格者というわけではありません。手伝いのようなものです。元々無資格のものですが能力が著しく高いのです」

「能力が高い……」

 幹部の目が鋭くなる。


「神還師に最低限必要な『見る・聴く・話す』は備わっているようです」

「そこまでの力で無資格というのは珍しいな。」

 幹部の言う『珍しい』という言葉には些か語弊もある。

これらの能力は先の話にもあった先代から受け継がれ、生まれながらに持っていることが基本ともいえる。突然に力を持つというのは、よほどの事情がない限り発生しないレアケースとしている。

「その者の過去は?」

「よくは知りませんが、特に目立ったところはありません。一般家庭の出身で、特に神還師の何かというのは全く知らないようです。」


「ほう」


「まぁ、本人の仕事もほとんど関係ないようですが……」

「そうですか。なら良いのですが……」

 幹部はそう言うと、神楽に耳打ちをする。


「……今日の会議には出なかったが、最近ある神戻しの業務で気になる事がありましてな」

「といいますと?」

「場所を変えましょうか」


 会議場所から近くの喫茶店にて話をする。


「この間発生した神戻しの事案で、正規の手順ではなく変わった手段で戻されたのではという疑い話がありましてね」

「変わった手段ですか?」

運ばれたコーヒーをすすりながら幹部が話を始めた。話を摘まむと、ある神戻しの作業で、別の迷い神を用いて土地を脅かし、地主に神戻しを間接的に認めさせて、迷い神を元の土地に戻すという手段なのである。


「結果的には迷い神は本来の土地に戻っているから、問題ないように思えるが、別の迷い神が存在しているのが気になっていましてね」

「別の迷い神ですか……」

「迷い神が人と行動するのは、ありえない話です。普通人にはそれを許容する受け皿もありません。」

「迷い神を別の物に移していたわけでは?」

神楽の返しに幹部が少しあきれた反応を示す。


「神楽さん、迷い神が人に危害を加えるような脅しを加える力を持っている場合、もうそれは迷い神とはいえません。」幹部は机の隅を指でトントンとたたく。若干苛ついていているのだろう。

「あなたも知っているはずだ。そこまで凶暴化した場合は神を殺さないといけないことぐらいは」


――神を殺す。寛三は幹部の言葉の意味を知っていた。神を殺すというのは頻度の少ない話ではない。事実神楽家もそのような状況に何度か出会う。


 迷い神の力には度合いがある。普段ミキが対応しているのは力の度合いが低く人に危害を与えることは少ない。この度合いが高くなる場合、それは神還師だけでは抑えきれず、人・物に危害を及ぼす。しかも難儀なのは力の度合いは環境だけでなく、神還師の説得によっても変化しやすい点がある。そのため藤本が用意する過剰な防御装備は、迷い神が凶暴化したときのためのものとしているのも、その結論に至る。


「そこまで力を持ってしまうと、そこは我々の管轄ではない。魔封師まふうじの力が必要になる」

 魔封師――神還師と対の存在ともいえる、神と対話できる存在だが、その扱いは神還師と対極する。藤本の言葉で言えば『攻撃専門の野蛮人』ともいえる存在だ。


「しかし……」

幹部はコーヒーをすする。

「そんな凶暴な迷い神がこの東里に彷徨っているという報告はない。」

寛三もコーヒーをすする。幹部は煙草を取り出し火をつけた。

「君も知っているように普通土地神と迷い神に関しては100%と言っていいほど把握はできていて所在のわからない迷い神なんてものは基本存在しないはずだ。」


「それは完全に迷い神を我が物としているということなのですか?」


寛三の質問に対して、幹部は深く煙草を吸う。

「ほとんど報告はしていないが、ここ十数年近く東里市に所在のわからない迷い神が存在しているのも事実だ。」

ゆっくりを煙を吐くと幹部は静かに話した。寛三は幹部の顔を見た。

「なぜ十数年も?」

「全然足がつかないんだ。それだけの迷い神がいるのに足がつかないのは不思議という以外ないんだ。屈辱的な話だ」

吸殻を灰皿に押し付けてもみ消す。

「でも神還師自身が迷い神を……」

「そのような力を持つ人間はそんなにいない。しかもその力を持った者がこの東里に移り住んでいる情報もない。」

「しかし、迷い神が味方になると言うことは……」

「それがかなりの能力者ではあろうと、神還師のやり方としては全く道にそれる。」

幹部は寛三の顔を見た。その顔は疑いの顔も含まれている様な気がする。


そう寛三が思ったのは、少なからず榊のことも気になっていた。幹部は榊の存在がかなり気になっているようだ。彼がそこそこの能力を持っていることだけなら特に何を気にすることはない。幹部はこの間の事案が榊の言っていた『取材上のトラブル』という言葉によって何とかうまくいったのも気になっていた。

「また都合がついたら審議会にも連れてきてください。その新人さん」

幹部はそのまま席を立った。


神楽はレシートを持ってレジに向かった。

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