3 骨董屋と神払い
「若干煩わしいようね。」
ミキは榊を見る。榊は骨董屋の前を通ると何かの反応を頻繁に感じているのか少し細かい動きが目立ち始めた。その動作は何か落ち着かない様子だ。
ミキはその理由を知っているようだ。
「リサイクルショップのたぐいは好きだが、骨董屋というのは好きじゃない」
榊のキョロキョロとした様子を横目にして、ある骨董屋の前で立ち止まった。
「ここよ」
古い長屋風の木造建築に看板には『古物商
「――」
キョロキョロとしていた榊は黙っていた。何かを感じたようだ。
ミキは榊を無視して店内に入った。
店内は暗めの電球に照らされ、骨董屋独特の匂いが包んでいる、よくあるあり来たりの骨董屋だ。
「いらっしゃい」
奥の会計処から声がしている。そこには榊と同じ年ぐらいの男性がけだるそうに座っている。店主なのだろうか。ミキはその声に向かう。
「いつものをお願い」ミキは鞄から布包みを取り出すと店主らしき男に渡した。
「いいよ。相変わらず無理をするね」店主はそう語りながら布包みをほどく。
布をほどくと
その櫛は榊も見覚えがあった。それは以前、立川の社で軸移しという行為を行ったときに使用した和櫛である。
「若干汚れているね……」
櫛そのものは少し古めかしいものではあるが、店主の言った汚れているという感じはしない。
しかしこの店にいた榊・ミキ・店主の三人には別の見え方がある。
榊にも見えているのだが、その櫛には
「――」
店主は櫛を裏返しながら見ていると、ふと思い立ったように櫛を指で挟むと2度程度櫛をこする。
すると櫛の靄は消えた。
「はいどうぞ」
「どうも」店主はミキに櫛を渡した。
「次が最後だ」店主はミキに言った。
「わかった」ミキはそのまま店内を物色していた。
靄は榊たちには見えていたが、実際には見えないものだ。その靄は先の神移しを行った際に残った迷い神の
店主はその靄を消した。それは普通の人間にできることではない。そして榊はほかの店と無縁屋で感じた違和感の意味が分かった。
「あの、この店……」
「あんたは何の用だい?」
榊の質問を喰うように店主は榊に訊く。
榊がミキの後ろに立つと、
「この
ミキは肘鉄を榊に打つ。軽く榊は悶えるポーズをとる。
「
店主が誰かと似たような質問をする。この店主もかかわりがあるのだろうか?
「何とは言いません。色々とありましてね」榊は質問の答えを少しごまかしてみた。
「あんたはどちらの匂いもするからな」店主はその表現に戸惑うことなく言った。
「え?」ミキが反応した。
店主の言葉に榊は厳しい表情をしたがそれは一瞬だった。
「まぁ、何とは言いません」
その姿をミキは見ていなかった。
榊は言葉をはぐらかしながら店内の物を見ていた。どれも相応に価値のある歴史物で、器の一つをとっても彩色の豊かな物から、質素な物まで様々だ。
値札の細かい説明をじっくり読もうと顔を近づけたときだった。
「あんまりベタベタと触らないでもらいたいね、特にそんな手でな」
店主がいらついた声で榊に言った。
ミキはドキッとして手に持っていた
榊は何かを触っていたわけではない。しかも横にいた神楽は普通に商品にも触っていたため神楽が怒られたのかと思っていた。
「ごめんなさい……」ミキは店主に謝った。
「あ、いや……、君に言ったわけじゃないんだ」店主が戸惑う。
「すいません、こちらも気を掛けていなくて申し訳ないです。」叱られた榊が深々と謝る。
「悪く思わないでくれよ、あんたみたいな客は珍しいんだ。普通は
「いえ、構いません。『そういうこと』には慣れてますから」
榊の感じた違和感――この店『無縁屋』においてある商品全てに何も憑いていない『キレイ』な物しか置いていなかった。榊の言った『骨董屋は好きじゃない』という言葉には、
そしてこの店のみが他の骨董品店と違い置いてあるものには残渣を感じることが無い。恐らくそれが実現できているのは店主の対応であろう。和櫛の件のように、モノに憑いた靄をすべて消しているのだろう。そのようなことができる力を持つ者というのは限られている。神楽のような神還師であるか、はたまた……。
「これください。」
神楽が店主に商品を渡す。それは櫛だったが先の櫛とはまた違う柄のものだった。
「千円」店主が言うと、神楽が財布から金を出すがその動作を榊は止めると、榊が財布から金を出して店主に左手で渡した。
「……」
店主は金を受け取るが札をまじまじと見ている。その札を見ながら榊をじっと見ていた、榊の目は鋭くその眼には『これ以上波風を立てるな』とも感じる威圧感でもあった。
「まいどです。」
店主はレジに金を入れてレシートを印刷する。榊はレシートを受け取り、店主は商品を布に包むと、神楽に渡した。榊はそのまま店を出た。
神楽は取り残された感じになると、店主にお辞儀をして店を出ようとした。
「ミキちゃん」
店主に呼び止められた。
「あいつにすまないと言っておいてくれるか?」
「わかった」
神楽は榊を追いかけるように店を出た。
神楽が榊を追うと、先は店から離れた自動販売機でコーヒーを買っていた。追いつこうとした神楽だが、手前で神楽はその足を止めた。
神楽の先にいた榊は人と話をしていた。話し相手は銀髪の似合う紳士で、榊より一回り年上のような感じだった。榊は買った缶コーヒーを飲みながら談話をしていた。
神楽はそのまま榊の前に現れようと思っていた。
『……何か反応は?』
しかし神楽がその足を止めたのは、二人の会話が奇妙だった。榊は紳士と仕事のことについて話しているように見えるのだが、会話の内容が聞き取れない。
『そうか……』
それは専門用語ではなく、榊はほとんど紳士の言葉に対して相槌を打つばかりだった。それならばあの紳士は何を話しているのか?と神楽は聞き耳を立てていた。
『――』
紳士の声は何も聞こえない。しかし紳士は榊と同じくらい口を開き喋っていた。神楽には紳士の声は何も聞こえないという奇妙な状況だった。見えているのに聞こえない。榊は誰と喋っているのか……。
「見透かされた感じですね」
無縁屋を出た榊が自動販売機のコーヒーを飲んでいると佐山が声をかけてきた。
「そう……だろうかね?」
「守様の傷に気付かれて、更にあの所作だと……、確実に『ふうじ』だと思われるでしょうね」
「そういうものなのかね?で、何か反応は?」
佐山もコーヒーを買って飲んだ。一息ついてから喋り始めた。
「……私が悩むほどでもなかったです。守様が言っていた『審議会』は、私も気にしてはいましたが、殆ど手がかりを掴んでいない感じでした。」
「そうか……」
榊はコーヒーの残りを飲み干す。
「もう少し続けてくれないか?」
「解りました……」
佐山は歩いて立ち去る。そこに神楽ミキがやってきた。
「話はおわった?」
若干神妙な顔をして神楽は訊いてきた。
「ああ、仕事の関係者でね」榊は神楽に返した。榊は表情を変えなかった。
「さっき、店主が申し訳ないってさ」
神楽はさっきの話をした。
「そうか、特に気にしてないけどね……」
榊は軽く話を
「でもあんな言われ方はじめてだった」神楽がぽつりと言った。
「君の事じゃないだろう、気にするな」
「そうだけどね……」神楽も不満だったようだ。
しかし、神楽の不満は無縁屋の店主よりも、榊と話していた紳士の方だった。言葉がわからなかったあの紳士が何者なのか?神楽には不安でしかなかった。
一方の榊は神楽の表情に反して、佐山を神楽に見られたことに関して何も心配ではなかった。それには相応の理由があるが、それはこの間の『でっち上げ』の件と含めて別の機会に話そうと思う。
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