4 同業者の括り

「で、何かわかったのですか?」

榊の妻理沙は、昼間の『無縁屋』で起こった出来事を榊から聴いていた。

「この間の立川の社の時、神楽はあの和櫛を使って何をしていたのかといえば、迷い神になったあのウサギもどきの軸を動かしていたと……。」

 榊は仕事柄、家にいることは少ない。カレンダーの数だけの休日は会社から用意されているものの、榊は出かけることが多い。一時期は妻の理沙を連れて出かけることも多かったが、最近は榊が神楽とつるむ機会が多い影響で理沙自身も家にいることが多くなった。

 そのような状況から、理沙からは疑われるような状況を自分から作っているという、なんとも形容しがたい流れに必然的になっている。その割に、当の榊本人はその状況に気づいているのかいないのかわかっていない。

 そんな榊を見ながら理沙は榊からの話を聞いている。長い付き合いからも榊の行動はわかっている。それだけ信頼しているのだという。

 榊は軽く説明してからまた外出した。榊は一度玄条寺に向かい、神楽寛三の運転する車で、目的地へと向かう予定だった。


 榊が玄条寺に向かうと、見慣れない顔があった。寛三氏の兄弟とも見えないその人物は身なりは普通の格好で、足元は登山用のトレッキングシューズという出で立ちだった。


「どうも、神還師の久我山くがやまです」

玄条寺げんじょうじの一画で、榊と神楽親子、そして藤本は同業者の久我山くがやま修一しゅういちと対面した。

「榊です。」

「あなたが最近神楽さんに加わった方ですね。噂は聞いてました」

「噂ですか……」

榊がちらりと寛三を見る。寛三はにやりとする。


そして神楽親子たちの格好も完全なる登山着仕様だった。藤本も若干登山着ではあるが、最近の流行である山ガールとでもいうのだろうが、若干装備にフリルや同じく流行のスワロフスキーのような光物を混ぜ込む辺りは若干普段を意識しているといった感じだ。


一方の榊はといえば比較的ラフな格好であった。汚れない程度のジーンズとヒッコリーシャツ、さらにジャンパーで夜ということもあるので懐中電灯程度は用意していた。懐中電灯は最近買った細身のLEDタイプで明るさが選べるものだ。


「で、久我山さんを加えて今回は何を?」榊が寛三に尋ねる。

「横断道路工事の関係で発生した迷い神の対応をするの」

ミキが質問の返答をした。

「横断道路って今建設中の東里とうり横断道路?」

「そうよ」


 東里横断道路は山陰地方の東西をつなぐ山陰自動車道の一部区間にあたる道路で東里市内南部を東西に横断する約10キロ程度の区間を指す。県庁所在地でありながら高速道路の整備の遅れが目立つ東里市が進めている計画だ。


「整備が急ピッチになっていても的確に土地に対して『対応』していれば何ら問題はないのですが、山の中の道路計画だから国有地での迷い神の対応も杜撰ずさんなんですよね」

 久我山が話を加える。

 対応が杜撰と聞いて、『これだからお役所は……』等とも思われがちだが、形式的な作業は的確に行われている物の、神還師たちが関連するような話は特殊すぎる話――言い換えればそんなマヤカシ話――の類に真面目に反応することはない。

 このような状況が続く場合、神還師を管理する『審議会しんぎかい』は、神還師に対して迷い神の対応を依頼する形をとる場合がある。昨今の不況の影響もあり高度成長期と比べてその依頼は少なくなっているが、自治体からの要請でもあり、審議会からの若干の補償も発生するという。しかしその補償は自治体からの支払いというわけではなく、『マヤカシ物に銭は無し』を貫く役所に替わって審議会が支払う。やはりそれは組合金からの支出ではあるらしいが。

「今回は神楽家の他にも2件ほど頼まれているんだが、範囲も広いから、こうして他の神還師も頼んだりしているんだ。」

「私は単独行動も問題ありませんが、軸移しの法に関してはお嬢さんのほうが慣れていらっしゃるのでそちらは依頼しようと思います。」

「私も無免許だしな」榊は悪意なく言う。ミキがむすっとした顔をする

「榊は久我山さんと一緒に動いて。彼の流れも見ておいてほしいから」藤本が榊に言う。

「私たちはあくまでも連帯行動だからね、軸移しに関しては迷い神を集めてから行うので」

「何かあったら、通信機で連絡してくれ」寛三が通信機を渡す。携帯電話は用意しているが、電波の不感地帯に入る関係でトランシーバーでの通信になっている。


 神楽たちは普段は立ち入り禁止の工事現場の中に入った。榊も工事現場取材の経験はあるが、東里横断道路は初めてだった。自治体要請でもあり、今回は神還師のみ特別に許可されているが、カメラでも持ってくればよかったと軽く後悔している。とはいえ、非科学的な内容でカメラを回す必要があるかと言われれば、夜間なので撮影するネタも無いわけで……。


「気配ありますか?」管理会社から渡されたヘルメットを被りながら、ミキが久我山に尋ねる。

「静か……ですね。」久我山はキョロキョロと辺りを見回す。

「何となくもやっとしてるけど、近づいてみないと……」見える能力を持つ藤本も辺りを見回す。


「1時半の方向に2体……」

ミキと久我山が声のした榊の方を振り返った。

「10時半の方角にもいるな、特に動いていないようだ……」

榊は伊達眼鏡だてめがねを外して、周辺を見渡していた。

「この距離であの靄がハッキリ見えるの?」藤本が聞いてきた。

「まぁ、若干の輪郭程度は」

「ほう……、これはすごいですね」久我山は榊の探知能力に驚いていた。


 他の者にとっては暗く、靄程度のものにしか見えないのは神還師の持つ個々の能力の差にもよる。見えるという点では、4人とも共通だが、どこまではっきり見えるかの視力的な要素は異なる。神楽や藤本の場合は近づかないとはっきりと見えないという近距離の探知能力に対して、久我山も2人から更に離れたものを見ることができる。


しかしその久我山の能力をも超えて見えている榊は若干の距離でも普通の視力と同様の見え方ができるという点はかなりの能力の持ち主といえる。


その点がある癖して神還師の資格を何も持っていないという榊という人間がいることが今の神楽や藤本には不思議でならないのだ。

「まあ、嫌でも見えるので」榊はその能力を自慢する気もなかった。


榊は久我山とともに現場に入っていた。夜のため榊の持つLEDライトの明かりを頼りに歩く。若干距離も長いので歩くことになる。

「それにしても榊さん」

最初に口を開いたのは久我山の方だった。

「なんでしょう?」榊が返す。

「あなたみたいな人がなぜ神還師のことを知らないというのも不思議でしてね、あれだけの感知能力があれば『審議会』も気づくはずですが……」

「そう言われてもですねどね、実際にそういった団体にも呼ばれたわけでもないですし……。」

「家族に神還師の家系はいないのですか?」


「そうですね。私の『知っている限り』ではいないと……」

「神還師としてならうらやましいですが、普段の生活では辛いですよね」

久我山の一言に榊はため息をつく。

「確かに。普通に生きていく分にはつらい力です」

「でも生まれつきなのでは?」

「ではないんですよね……小さい頃ある事故をきっかけに」

「その事故とは……?」


『……榊、聞こえる?』

久我山の質問を神楽からの通信が遮った。

「こちら榊、どうした?」

『榊の言っていた方角で迷い神を見つけた。若干衰弱しているけど軸を移せば何とかなるかもしれない』

「了解。こちらももう少しで別方向に着く」

「順調ですね」

「そうみたいですな」

「あれだけの感知能力だと、我々よりも敏感に感じやすいように見えますが、」

「でしょうかね。私も他人を意識したことはないので……」


突如、榊は喋るのをやめた。

「……いますね。」久我山が榊の反応に呼応する。

「とりあえず捕獲しましょうか」

榊が着ていたコートを脱ぐ。コートには神還師おなじみの樫の繊維を縫い付けたもので、迷い神を物理的に捕獲できる。

「まずは説得からです」久我山が言った。


「すまない、私は神還師の久我山だ!!」

久我山の声が周囲に響く。

「我々は彷徨うお前たちの為に来た。その姿を見せろ!!」

久我山の言葉に周りの空気が変わった。それは榊と久我山の二人しかいない空間がもたらす静寂さではなく、一気に人が増えたような圧みたいなものだ。さらにもやのように湿り気はがまとわりつく感じも出てきたようだった。


榊もその感覚を十二分に理解していた。そして榊たちの目の前に人とは違う妖怪のような風体の者達が現れた。それらは迷い神だった。しかしその数は約十体程度と若干多い。

 榊はコートをしまった。この数では対応できないと悟ったからだ。

「こんなに多いのですか?」

「まぁ、道路のようなたくさんの土地が絡む工事というのはこうやってたくさんの迷い神を生み出します。我々はその彼らが人間の行なった行為について土地神に理解をしてもらい、迷い神になることを防ぎ、人間に危害を与えないようにしなければならないのです。」

「でも土地は戻らないのですよね?」

「そのための軸移しの法なのです。」

久我山は榊に言うと、迷い神たちに付いてこいと促した。


土地神は土地に住む神であるが、土地神であり続ける大事な要素として『軸』の存在がある。以前藤本が『安息の場所』として表現しているが、別の言葉にすると『地脈』にも近いものらしい。陰陽道や風水に繋がる部分も有るらしいが、土地神にとってもこの気の流れが重要で、ほとんどの場合はこの軸とも地脈ともいえるこの部分を脅かされることで自分自身を守ろうとして迷い神になるという意味も一つの理由として存在するらしい。


迷い神は久我山の歩く方に向かって歩き出した。

「こちら榊、迷い神を見つけたこれから集合場所まで連れていく」

榊が通信機で話す。

『了解。私たちも向かうわ。何体いるの?』

「約十数体」

『多いわね……。先に戻って準備するから』


榊は通信を終わると。一気に体の力が抜けるのを感じた。

「なんか疲れた感じがする……」

「これだけの強い気を持った数は経験ありませんか?」

「ええ、普段も彼らはおとなしいですし。」

「ですね。」

久我山は持っていたカバンから栄養補給ゼリーを渡した。最近はやりのゼリーで食べる栄養補助食品だ。

「多少疲れが取れますよ」

「すいません」


 ゼリーを渡しながら久我山は榊の能力について考察していた。榊は他人よりも能力の消費が激しい。それは神還師としての力のコントロールがうまくいっていないのではと、久我山は感じていた。しかし、久我山自身も先程の迷い神探しの時は力の制御をおこなわず、目一杯の力で探していた。その力をあっさりと超えていた榊の能力は神還師以上だと感じていた。


 久我山は今日の迷い神探しの依頼を受けた際に神楽寛三から頼まれていた事がある。

――榊守を神還師なりに調べてほしい。

 それは神還師ではない寛三からの要望で、榊の力に疑問を感じていたことからの判断だという。


 そのことに関しては久我山も疑問を思っていた。普通の神還師よりも遥かに能力を持つ榊守という存在を審議会もわからなかったというのはいささか疑問だ。何らかの情報を耳にしているはずだが、それすらもなく普通の人間として生活しているのだから奇妙である。

『小さい時の事故』だとしても、榊には何か強い迷い神が宿っているのではとも思った。しかし迷い神を取り込むのは不可能に近い。例外はあるらしいが、それも都市伝説のようなものだ。


 榊達が最初の集合場所に戻ると神楽達が軸移しを行っていた。

「連れてきた」

既に何体かは軸移しを行っていたらしい。

「用意するから」

神楽は鞄を開けた。その中には昼間に買った和櫛もあった。神楽は慣れた手つきで準備を行っていった。

「では始めますか?」久我山が言ったその時だった。


突然地面が揺れだした。


「……地震?」


最初上下の強い揺れを感じた後は緩い横揺れが始まった。時間も長い。最近の地震ではあまり感じたことはない揺れだった。地震は約1分間程度だった。


「おさまった?」ミキは周りに訊いた。

「多分、ちょっと強かったわね……」藤本が反応した

「みんな大丈夫か?」寛三が問いかける。

「大丈夫です」久我山も答えた。

「じゃあ、続けるわ……」ミキが榊の方を見た。

「……」榊の反応がない。

「榊?」ミキは尋ねた。


榊は耳と目をつむりその場でしゃがみこみ、項垂うなだれてでいた。

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