2 疑念の連鎖

古物屋『無縁屋』の扉が開くと知っている顔が立っていた。

「いらっしゃい」

伊野宮は特に表情を変えずに営業スタイルであいさつをする。

「相変わらずね」

藤本由美がドア前で立っていた。


藤本由美は伊野宮恭介のそぶりに特に気にすることはない。藤本は普段のゴシックロリータとは異なる、ストライプの入ったダークグレーのOLスーツに身を包んでいた。短めのタイトスカートから薄めの黒ストッキングというかなり違和感を感じる格好だ。


「普段特に何の用も無いじゃないか」

一通り上から下まで伊野宮は藤本にとりあえず程度の視線を送る。普段のゴシックロリータの厚着感と違い、OLスーツから醸し出される女らしさからくるいやらしさみたいな物があろうが伊野宮は特に関心がない。


一方の藤本は普段と違う違和感のある格好に少しむすっとしていた。伊野宮の無関心さも相まっているせいであろうか。そのあたりの事も含めて伊野宮には気にしてほしかったところであろう。思う以上に女心は……などという些細なことでもなさそうだ。


「私はあの娘と違って軸移しは本業じゃないから」古い皿を触りながら藤本は言う。


昔から場に合わない格好で世間からも引かれているような感じとなっている藤本には歳も近く、何をやってんだ?的な要素もきっちりとしみだしている。むしろ普通の格好もするのかという点は少し評価しておこうとも伊野宮は内心感じた。


「で、そんないつもと違う格好で現れてきて何か御相談かな?」

「そうね、ちょっと聞きたいことがあって」


藤本はドアの『営業中』の札を『休業中』に変えると入口ドアのカーテンを閉める。その動作にぎこちなさはなく手慣れたものだ。


――藤本と伊野宮。お互い神還師と魔封師という対極の存在ではあるが、神楽ミキの様に、はなから魔封師を毛嫌いしているわけではない。別にそれは大人だからという考え方が少なからずあるがどちらかと言えば、藤本にとっては魔封師も神還師も土地神にことわりを入れる仕事であることに変わりない以上、互いをうまく利用することは別に悪い事でもないのだ。


藤本は伊野宮の見えるところにあった藤で作られた椅子の若干くたびれたクッションの上にどしっと座る。売り物の椅子ではあるが、伊野宮は何も指摘しない。普段なら触らせたりもしない筈ではあるが、伊野宮は飽き飽きしたような視線でしか藤本を見ない。藤本は更に苛っとする。

若干のイタズラもしてやろうとも微かに思ったが、自分から醸し出しているであろう女としてのアピールを強くしていても、伊野宮の無頓着というか朴念仁っぷりに、なんだか虚しさと恥ずかしさが強くなる。みっともない気持ちで覆われる前に藤本が本題に切り出した。


「この間の天玄山の件、かなり弄ばれた感じがあったみたいだけど」

藤本の質問に伊野宮の眼光が鋭くなる。


――天玄山の件、榊に魔封師の仕事を教えると称して、榊を封じ込められなかったこの間の件だ。同行していた魔封師達の記憶は消され、完全に架空の案件として、当事者の伊野宮は一人除け者とされた。


「審議会は我々が怨念を対処したとされているはずだが?」


「榊守がいて?」


伊野宮は榊の名前が出たことに驚かないが、沈黙を続けたことで藤本には見抜かれていた。

「ばれたか」

伊野宮がふざけて言う。藤本には響かない。

「解らないわけないじゃないの、私たちの方が榊については付き合い長いんだから」

藤本は椅子に肘をつきながら足を組み直す。タイトスカートから見えるストッキングのランガードが強調される。だが伊野宮は全く見ていない。


「付き合いと言えるほどか?殆どはぐらかされている方が正しいんじゃないか?」

伊野宮の返しに藤本はむすっとした表情で捲れたスカートを直す。


「結局、榊守は天玄山に連れて行ったけど、予想通りの結果じゃなかったんでしょ?」

「ああ。」

伊野宮は藤本の質問に答える。

アイツは自分の事について関わるなと警告した。」

伊野宮は席を立つと店の奥に入る。

そして、店の奥から布に包まれたものを持ち出してくる。


「その結果がこれだ」


布に包まれたものを店内の床に放り投げると、軽い音が店内に鳴り響く。


「これ何?」

「少しイタズラした結果だ。」


伊野宮はため息をつきながら言う。放ったショックで布がはだけると中には、かろうじてわかる程度まで炭化した錫杖が転がっていた。

「こんなに強い燃え方したの?」

「火ではない、の力が強すぎたんだ。錫杖はその力に耐えきれずに焼けた。」

藤本が錫杖の前にしゃがむと錫杖を手で触ろうとした、錫杖は触れば風化するほどにボロボロになっている。触った手に錫杖の煤が付くと、藤本は少し嫌がった。


は、私の錫杖をここまで扱き使って、『怨霊』を倒し、更に今回のことを戯言にした」

「『用意した』怨霊でしょ?手配するの面倒くさかったんだから」

あの時の『腕』は藤本が医学部の検体から色々な方法を駆使して手配したものだった。実際の目的はよくわかっていなかったが、あまり知りたい目的でも無い。

「あれはちゃんと『処分』したの?」

「それは問題ない。足はつかないように手配した」

「どうだったの?榊の動きは?」

少々ドギツイ話をしながら藤本は伊野宮に本題を振った。


「君が言っていた『何も知らない』感じというのは合っている。」


伊野宮の回答に藤本は特に驚かない。ここまでは想定内だ。


「榊守は君が言ったように『あの一族』で間違いない。そして榊守の体を借りた『何か』が手を出しているのは間違いない。」

「『手を貸している』んじゃなくて?」

「違うな。『手を出している』んだ。」

「榊は知らないってこと?」


「全く知らない。あの時の『昇天殺しの術』は完全に別人だった」

「『昇天殺し』?」

「神殺しの技の一つだ。魔封師の間ではそんなに大層な法術ではない」


「『快楽けらくの呪文』……」

藤本がぽつりとつぶやいた。伊野宮はその口元を少し見つめる。

「そうだな、そうともいう。だが、魔封師が使う呪文を神還師が使うのは禁忌の術だ。」


――榊に言い放った異端者どっちつかずの言葉はそこにあった。神還師のようにふるまいながら、魔封師のようにこともできる状況は、この有史ではありえないことなのだ。何故という疑問については単純な訳もあるのだが、その話は別の機会としよう。


伊野宮は腕を組んで思い出していた。闇の迷いをほとんど受けず、錫杖を変化させて軽やかに攻撃を行った榊は最初に見たような『判ったフリ』とかではなかった。


「滅んでいたと聞いていたが生き残りがいたとはな。」

「『あれは』生き残りじゃない……」

立ち上がり壁に寄り掛かった藤本がポツリとつぶやく。

「あの一族か……」

「あの一族は子孫を作れずに滅んだ」

「そうだったな。復活させようとした過去はあったがな。もう20年か?」

「――」

伊野宮が呟いた藤本の表情を見たとき、藤本は悲しげな表情だった。

伊野宮はその顔を見てそれ以上喋るのをやめた。


「気山町の廃寺だけど、あそこの土地神が悪さをしていること知ってる?」

藤本が話題を変えた。

「近くの現場での原因不明の事故だろ?榊は原因だと?」

「まだ関連性は不明だけど」


「報告がないわけではないが……」

伊野宮は席を立つとそばにあった紙筒を取り出すと、焦げた錫杖をどかして少し広めの床に敷いた。それは東里の周辺市町村を含めた少々古い地図だった。

どかせた錫杖の炭化部分から欠片を数枚、手で拾うとそれをレジのそばにある乳鉢に入れて、乳棒で砕くと細かい粒子の黒い粉となった。その粉を地図の前に置くとその中に一枚の紙を入れ、火をつけた。


伊野宮は両手で指を立てて印を作ると何種類かの印のパターンを唱え始めた。印を組みつつ詠唱を行うと同時に乳鉢の火が消えかかる。

そして印を切った左手を乳鉢にかざすと火の勢いが強くなった。そのまま乳鉢を持つと中の炭を地図に向かってぶちまけた。


炭は燃えたことでさらに細かい粉になっていた。その粉がゆらゆらと地図の上を舞うとまだらな模様を描いた。

「ここ数日のあの地域の影響空間量は他と比べても高いのは知っていた」

特に濃く積もった地図の場所を刷毛で払うと気山町の廃寺の場所だった。


「気を付けろよ、ここまでデカいと奴の力は当たり前のように必要となる。」


藤本は黙って入口から外に出た。

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