3 暴走の果て

強大な咆哮と共に放たれた圧は強い光の塊となって榊達に襲い掛かった。


「逃げろ!!」


榊はとっさに着ていた防御用束縛コートを片足で裾を踏みながら両手で広げると、攻撃を受け止めて弾いた。しかし、この方法も長くは続かない。コートの繊維である樫の繊維が、傷み始めて力が押されていく。


気山町けやまちょうの廃寺にいた迷い神は元々寺にあったオオクスノキの地脈を受けて住みついた土地神であった。寺ということもあり墓守のような役割でもあったが、ある時から、墓は荒らされ骸がいなくなり、さらに寺には誰も住まなくなった。そして地脈も無くなることになり、迷い神化してしまったそうだ。


『しかしそれは違うわ』


迷い神としては十分な理由だった。しかし、墓が荒らされたのではなく、工事の為にかつての墓が移築された事、寺自体も新設された事が理由として理解されていなかった。

本来墓を移築する場合などは動かす前に魂抜きたまぬきの儀式を行うことが通例だ。改葬許可書といった役所への必要な書類もそろっていたが、魂抜きの儀式を行っていたかどうかの情報は微妙だった。もしくは寺社連中がケチった可能性も否定できないが、そういう考えはバチが当たるでやめておく。


結局交渉は更に拗れてしまい、聞く耳を持たなかった迷い神はさらなる不安から凶暴化してしまい。周りを巻き込もうとしていた。


「早く逃げろ。攻撃をよけてもう一度展開させるんだ。」

ミキは榊の後ろから離れない。これでは再展開もできない。


「藤本!ありったけの『光』をアイツにあてろ!」

榊が叫ぶと、藤本はあらかじめ仕掛けていた発電機を回すと、内蔵ブレーカーを起こした。

周辺に埋め込まれた、高ルーメンのLED光が一気に発光する。高温にも耐えられる特殊なフィルターを通された光を浴びたことで迷い神の動きが緩くなった。


「ミキ、結界の再展開だ」

榊が静かに言う。ミキは榊にしがみついて震えていた。

「早くしろ!」

榊のげきにミキはビクつくとしがみついた腕をほどこうとした時だった。

迷い神が強い光に、今までにない叫び声をあげた。


「なに!」


迷い神はその叫び声の後、両腕で地面を一気にたたきつけた。


地面が強く揺れて、砂塵が大きく舞う。振動の影響で地面が柔らくなり、簡易結界を留めていた杭が緩くなった。更に砂塵のせいで、光を発していた発電機と照明器具が、埃で回路がショートし始めた。結局回路が耐えられなくなって、照明が切れてしまった。

力を取り戻した迷い神が再び咆哮をあげると藤本の周りにあった機材と寛三が乗っていた指揮車となっていたワゴン車を吹き飛ばした。


「……これはやばいかも」


状況を理解するのに時間がかかっている藤本をよそに、迷い神の勢いは強くなっている。

迷い神は榊にまた目を向けると大きな咆哮をあげる。


「くそっ!」


榊は左手にコートを巻き付けると迷い神の圧を左手で受けた。勢いが強くコートの繊維も最初の攻撃でぼろぼろになっていた。長時間と多連打にはかなわないと榊は思った。


「逃げて、これじゃああなたが死んでしまう。」

藤本が叫ぶ。ミキは離れることができなくなっている。

「俺はいい、早く逃げろ!」

「いや!」


――最悪だ。


榊はそう思った瞬間、突然体内に衝撃が走った。

左腕が痙攣を始めていた。まさかここで?前の工事現場の時と同様、左腕から指先までの感覚がなくなってくる。

勝手に動き出すこの違和感に恐怖を覚えた榊は右手で抑える。


―オモイダセ。


またあの声だ。


―オモイダセ。


繰り返し榊に聞こえてくる。その声はどんどん大きくなってくる。

榊は一息つくとミキに言った。


『これ以上出しゃばるな。』


「え?…」

ミキが聴いた榊の声は別人の声だった。それは榊が言ったものかも判らないほど、重く、苦しみ、闇を持っているかのような別の声だった。


榊が右手を使って受け止めていた左手に添えると受けていた攻撃が弾かれた。弾かれた攻撃は地面を抉り大穴を開けていた。


ミキはその光景に一瞬だけひるんだがすぐに説得を再開しようとする。


「榊、再展開を…」

ミキが言おうとしたその時だった。


――!!


神楽の腹部に強い衝撃が走った。急速に意識が遠のいていく。


「……うそ?」


神楽の目には榊が神楽の方を向いていた。その眼には普段の色はなく、鋭くもその眼光は光りつつも深い闇を持っていた。


榊はミキに向かって拳を振っていた。残っていた右手の防御プロテクターの電位差を最大にして、ミキを跳ねとばしたのだ。

電位差も相まってミキは5メートル近く跳ねとばされて近くの木までぶつかってそのまま意識を失った。


「馬鹿!!榊、何をやって…」

藤本が榊に楯突こうとした。しかし榊の眼をみて言葉を失った。


藤本は榊の異変に気付いた。何も反応せず、ただただ沈黙していた。しかしその眼の持つ威圧感ともいえる深い闇は不気味な眼光を持っていた。

「何…いったい」

藤本は榊から離れた。本能的にヤバいと感じていたのだろう、一瞬だけ無縁屋でみた焦げた錫杖を思い出した。


『仲間をはじき飛ばすとはそろそろヤキが回ったか』


迷い神が榊の行動を見て言った。榊は沈黙していた。その左手は痙攣し続け、更に激しさをましている。何かを抑えようとしている、そんな態度だった。


激しい痛みが左腕を襲う。いくらふりほどいても痛みは続く。


――このまま死ぬのか……。


榊は頭の中に響く声に問うた。


――おまえが死ぬのはまだ先だ。


頭の中をあの声が過ぎる。

あのときから何十年も離れないあの声だ。


――お前はまだ俺の中で生き続ける。肉が朽ちてもな。


「お前は誰だ?」


榊の記憶はここで途絶えた。



『これ以上お前たちと付き合っている暇はない。ここは俺の守り場だ。この場所を人間どもには譲る気はない』


迷い神の叫びに、藤本は茫然としていた。


すべての防御武器をつぶされた以上、残されたのは壊滅だけだ。

横転した車では寛三がのびている。若干当たった程度で重症ではないようだ。

そして、榊のお陰でミキも気を失っているから、彼らには一番酷い姿は見せなくて済んでいる。

藤本は憮然とした目で立ち上がり迷い神を見つめると、両手を合わせ拝むしぐさをするとそのまま念仏を唱え始めた。

この仕事をして、神にすがるなんて対応は皆無だったが、今回ばかりは完膚なきまで打ちのめされたようなものだった。


『何にすがるんだ?』

藤本の念仏姿に迷い神はあざ笑うが、藤本は眼を見開いたまま動じない。


迷い神が再び叫ぶ。その圧を受けながら藤本は立ち続け、念仏を唱え続ける。その眼に最初の憮然さはなく、すでに絶望と恐怖が滲んだ怯えた眼となっていた。


迷い神が放った圧によってそばにあった石が動き出すと藤本に向かって飛び出した。

藤本の動作は変わらない。しかし目の前に迫る石に気付くと、その意識は絶望になった。


藤本の記憶もここで途絶えた。

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