4 代償
榊と神楽親子は東里市の藤本医院に運ばれた。
同行していた藤本にけがはなく、命に別状はなかった。車ごと吹き飛ばされた神楽寛三は若干の切り傷を負ったが、特に影響はなく、神楽ミキについても怪我は皆無だった。藤本は気絶したあと、意識を取り戻し、榊達の惨状に気づき病院に運んだ。
しかし榊に関しては意識が元に戻らなかった。
植物状態というわけではなく何か夢にうなされている状態だった。緊急処置室から一般病棟の一室に移ったものの、意識は依然として回復しない。その状態が半日以上続いた。
病室の外では、意識が戻り、先に治療を終わらせた神楽親子、そして藤本由美が榊の目覚めを待っていた。
沈黙が続いている。それぞれ言いたいことはあるのだが、次の言葉を言うタイミングが持てないのだ。
そこに廊下を歩く足音が響いた。
「あの、すいません。」
「あなたは?」
「私は榊の妻の理彩と言います。」
榊理彩は、寛三が榊守の携帯から呼び出していた。事態が深刻になったことから、急いで呼び出したのだ。
「初めまして、私は神楽寛三と言います。」
理彩の前に寛三が立つ。
「主人の様子は?」
「命に別状はありません。」
「そうですか。」
理彩はホッとする。
「ただ……、意識が戻らないんです。」
「え……」
理彩は白衣を着た藤本を見た。
「おそらく何か強力なショックによるもので、何というのか夢を見ているような状況です。」
「うなされているということですね。」
「はい。」
「なぜこのようなことになったのですか?」
理彩は寛三たちを見回した。
「それが……」
寛三の戸惑いに対してミキが言葉を加えた。
「榊さんは私たちを守ろうとしたんです。」
「守る?もしかして悪霊からですか?」
「え?」
理彩から悪霊という思いがけない言葉が出てきた。さらに理彩は問いかける。
「あなた方は何か霊媒みたいなことをされているのですか?」
寛三は腹を括ると、理彩に真実を喋った。
「我々は神還師、迷い神をもとの場所にもどす仕事をしています。」
「そうですか……。」
理彩は携帯電話をハンドバックから出すと電話を掛けようとしていた。
「あの……、どちらに?」
「関係ありません。」
ミキはとっさに理彩から携帯を奪おうと手を掛けようとした。
ミキの暴走を寛三が止める。
「ミキやめなさい。」
「だめ!!警察だけは……。」
「え?」
「娘も気が動転していまして、こんなことをいえる義理ではありませんが、私からも警察への連絡は待っていただけますか。」
ミキと寛三の言葉に理彩は戸惑った。
「警察に掛けて何を説明すると?」
今度は寛三たちが戸惑う番だった。寛三たちは藤本と顔を見合わせる。
「すいません。」
理彩は電話を掛けて始めた。少し神楽たちから離れたところで電話を掛けているが、何を話しているか解らなかった。
「……はい、まだです」「やはり縛りが……」「はい、申し訳ありませんがお願いします。」
といった会話は聞こえた。何か重要なところに掛けているらしい。
電話を切ると、理彩は神楽に聞いた。
「主人と面会させてください。今すぐ。」
病室にはいると榊は横たわっていた。
人工呼吸器は外されていたが眠っている。しかし時折何かに反応して小刻みに痙攣している。携帯が鳴り理彩が出る。
「確認しました。やはりまだもがいています。はい、解りました。では医者と私で良いですね?」
理彩は携帯を押さえながらいった。
「すいませんが、ここからは病室から出てください。それと先生は?」
「私よ。」藤本が手を挙げる。
「では先生は残ってください。」
「では私たちは病室を去ろう。」
神楽親子は病室を出た。
「で、どうすればいいの?」
「たぶん必要ありませんが、鎮静剤のスタンバイを。」
「え?」
「本当は必要ありませんがお願いします。」
横で理彩はカバンから携帯電話の
「準備ができました。お願いします。」
理彩は携帯電話のモードをハンズフリーに切り替えた。
ハンズフリーからは何かの唸り声が聞こえていた。おそらく何かの呪文なのだろうか。
突然!榊の目が開かれてうなり声を上げた。
「なにこれ?」
目は赤く血走り、歯を食いしばっている。
「左側を押さえて!」
携帯を押さえながら理彩は起き上がろうとした榊の右側を押さえ、藤本は左側を押さえた。
「押さえきれない!!」
「もう少し!!」
いくら力があるとはいえ、この力の出し方は異常だった。
「まだなの?」
「あと少し!!」
すると、うなり声が引き始め、目の力がなくなりはじめた。榊はそのまま力尽きるとベッドに眠った。
「もう良いわ。先生、このあたりの点滴と機械をもう外して良いです。後は勝手に起きます。」
「あなた今のは一体……?」
藤本の質問に答えず、理彩はそのまま部屋を出た。
廊下では神楽親子が待っていた。
「主人は朝になれば気がつきます。後一晩はあのままです。またそのとき伺います。」
「あの、ご主人について幾つかお聞きしたいのですが。」
神楽寛三が理彩に尋ねた。
「お答えする様なことはありません。」
理彩は寛三の質問に答える気はなかった。
しかし寛三はそのまましゃべった。
「実は我々は迷い神については素人のご主人に助けられた。あれだけの力を持っていて何故ですか?」
「わかりません、主人に聞いてください。」
理彩はそのまま病室を去った。病室の前で、また沈黙が発生した。
――ここは病院か。
どこの病院かまではわからない。意識を失ってそのまま運ばれたのだろう。
……またか。
榊はあの声を何度も聞いていた。ここ数年は夢の中でもハッキリ聞こえてくる。声の言うとおり、生き続けているのだろうか。
榊は左腕を天井に向けて伸ばした。
ケロイド状で黒ずんだ火傷の痕をじっと見つめているとその火傷の痕は微妙に変わる。
――また暴れ出したか……。
傷を見ながら思った。嫌な思い出がよみがえる。この間の夢と同じだ、炎の中の冷たい目を思い出す。できれば目覚めてほしくはなかった。
左腕を布団に埋めて一息ついた。
喉が渇いた……。榊はナースコールボタンを探した。
「榊君!!」
ナースコールが呼ばれたということで、神楽親子と藤本も病室に入った。
「悪い、俺の携帯ある?」
いつもと変わらない口調で榊は話した。
数分後理彩が病院を訪れた。
「ごめんね、迷惑掛けて」と榊は理彩に謝った。
「私は大丈夫です。後でちゃんと連絡してください。」
理彩は気丈に答えた。
「解った。そろそろでられるかな?」
「いえ、まだ検査があるわ。」
病室に入った白衣姿の藤本が答えた。
「そこまでは必要ない。」
「でも。」
「いいんです。特に問題はありませんので。」
藤本の言葉を理彩が遮る。
「わかりました。このまま退院してもらっても構いません。でも、一週間後にきてください。一応病院なので、特に。」
藤本は榊の左腕を見る。
「その左腕はいろいろと興味がありますので。」
「……良いだろう。」
そのまま藤本医院を離れると、榊守は妻理彩の運転する車に乗ってある場所へと向かった。
そこは榊が暴走した気山町の廃寺だった。
先の空き地のある大きな木はあった。しかしその周りにあった、榊たちが争った形跡はなくなっていた。榊が理彩とともに立ち止まっていると、人が入ってきた。茶色のコートを着た佐山だった。
「土地神が片付けたのか?」榊は振り返ることなく佐山に聞いた。
「いえ、私が片付けました。」
「ここにいた土地神は?」
「あなたが滅ぼしました。」
「そうか……。」
榊は頭を掻く。覚えていないときや判らないときによくするしぐさだ。
「覚えていますか?」
「いや、途中で意識を失った。」
「そうですか。」
「話してくれないか、その時のこと。」
「嫌といったら?」
「見ていたのなら話せ、何度も迷惑掛けたくない。」
佐山の対応に榊は若干苛ついていた。特に暴走したような状況に対してなのだから尚更だ。
「……解りました。」
「理彩、車内にいてくれないか?」
「うん。」
理彩は車に戻っていった。
榊は佐山から起こった現象を聞いた。
――迷い神が放った圧によってそばにあった石が動き出すと藤本に向かって飛び出した。
ぶつかる寸前のところで、その攻撃は弾かれた。
しかしそのことを理解する前に藤本は意識を失った。藤本の目の前に現れたのは榊だったが、それは最初とは全く違う表情だった。片手にどこから持ってきたかわからないLEDから拝借した長めの電気ケーブルを持っていた。
迷い神は咆哮をあげると自ら手を振り下ろし、榊を弾こうとする。榊は持っていたケーブルを迷い神に向かって鞭のように振り落とす。迷い神に強い衝撃が走ると急に手の違和感が襲う。榊が振りかざしたケーブルによって、迷い神の両腕は切り落とされた。
迷い神が攻撃とは違う叫び声をあげるが、榊には聞こえていなかった。その叫びと同時ににまたケーブルを振りかざすとともに迷い神の胴体を切り刻んでいったという……。
「そこから先は私があなたを止めました。」
「……悪かったな。」
榊は佐山に言った。
「構いません。あなたを守るのが私の役目ですから。」
「そうか……。」
佐山はそのまま振り向き去ろうとしていた。
「なぁ、佐山。この土地の土地神が死ぬことでここはどうなるんだ?」
榊は佐山に問うた。
「特に何もありません。」
佐山は振り向かずに答えた。
「ただし、土地神がいない間にここに居を構えて生活しようとしても守り神である土地神がいない以上、長くは住めないでしょうね。早い内に土地神が住めばいいのですが。あなたの倒された土地神はかなり長い間住んでいましたからね。」
「……。」
佐山はそのまま大楠のところまで歩いた。
「特に、この木はもう2日も保たない。」
榊は振り向かずにただ項垂れた。
「土地神と共にあった木です。このあたりの御神木だったはずでしょうね。でもこれ以上生きる理由はありませんから。すぐに滅びますよ。」
「それが……俺の起こした影響の大きさなのか?」
榊はさらに佐山に訊いた。
「影響の大きさなんてものは解りません。どれだけこの木に寄り集まっていたかは解りませんから。」
「……わかった。」
榊は車に戻ろうとした。
「機会があれば、実家にお戻りください。おばあさまが会いたがっています。」
「考えておくよ。」
「長くは生きられないそうです……。」
榊はまた佐山を見たが、佐山はまたその場から姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます