5 崩壊への秒間

佐山の言葉は本当になった。連絡を受けて、ミキはその現場にいた。


「そんな、ひどい……、」


大楠は根本から腐っていた。

木の周りでは、市の職員や大学農学部の研究員が集まって分析を行っている。数日前までは何ら問題はなかったが急速に腐り始めていたという、不可解な理由の元で検証を行っている様だ。

その横でビデオカメラを回すクルーがいた。地元CATVに混じって海原テレビの腕章をつけた榊がいた。


「どのような腐り方をしているのですか?」

榊はカメラ越しに大学教授にインタビューをしていた。時折テンポをつけてマイクを向ける。

「断面を見る限りでは、根本からではありますが、腐り方の早さが異常ではありますが」

「異常というのは?」

「腐り方の速さが通常よりも異常に速いというところがあります。たとえばこれが何かの薬品であるとかとも思われるかもしれませんが、このような症状を来す薬品があるわけではないのでその方向も違うのではと思っています」

榊は学者の話にうなずきながら早足で近づいてくる人の気配を感じインタビューを切り上げた。スタッフに小声でつぶやくと、スタッフは別角度の撮影のため榊から離れた。

榊の前に神楽ミキが現れた。



 神楽ミキが榊守と話している最中、神楽寛三は、神還師の審議会から招集をかけられていた。市内にある会議室には寛三と同じまたは年上の人たちが集まっていた。緊急理事会と称した今回は土地神を破壊したということについて問題に上がり、神楽寛三がその該当者としてさらされていた。


「先の騒動については娘とともに私としても大変申し訳ありません。」

寛三は深々と頭を下げた。

「今回の件につきましては、我々の交渉術の未熟さが招いた物と判断しています、今後はこのようなことがないよう……」


「神楽さん。」

寛三の答弁が遮られた。


以前寛三と話していた幹部の一人が喋る。

「我々はそのような事を聴きに来たわけではありません」

さらに審議会の議長が遮った。

「そうだ、今回の事件の件ではそのようなことが問題ではない。」

「しかし私は……」

寛三の言葉を更に遮る。

「謝罪の理由もわかってる。知識のない素人同然の能力者を実際の交渉に出してしまったこと。その上で破壊した事、見習いレベルとしては目に余るところは多々ある。」


他の審議会の役員が更に意見を連ねる。

「しかしだ。問題なのは破壊にまで持ち込んだその素人の力だ。神楽さん、それはいったい何者なんだ?」

「それは……、」


寛三の対応に役員たちはイラつき始める。

「なぜ隠す必要がある?隠しておく理由はないはずだ。さらに隠せばあなたの娘にまで問題は及びますよ。いったい何者ですか?彼は」


寛三は一息吐く。

「……わかりました」

そして切れた息とともに審議会幹部をじっと見つめていった。

「彼の名は榊守。」

「榊?」

役員級の職員が急にその名前をつぶやいた。同席していた久我山はそのざわつきを静かに見ていた。


「皆様もご存じの通り、かつて四国に存在した伝説の神還師の一族。それが榊家です。」

寛三は淡々と答える。

「しかし、その血は戦後に跡継ぎがおらず、完全に途絶えた一族で、今もその力は存在しないと思われていました。しかし、どんな方法かは解らないがその榊守という青年はその力を受け継ぎ、これまでに四度、力を見せています。」

寛三の報告に対して、審議会の役員たちはざわついていた。しかし、議長はその表情を変えない。毅然とした態度で寛三に訊ねた。

「神楽くん。その榊だが、何か特徴はないかね?」

「わかりません。深くは訊いてはいません。ただ今回の件で彼を診ていた医師は左腕に幼少期に受けた深い傷を持っていることを話していました。」

傷のことを聞いて議長の表情は一瞬だけ動いたが、すぐに表情が戻った。


「会議は以上とする。今回の一件についてはこれ以降の審議は行わない。閉会する」

議長の一言で、役員たちはそのまま退席し始めた。

「待ってください。どういうことですか?今回の場合では資格剥奪も」

この状況に寛三は待ったをかける。

「それはない。問題なのは、榊守それだけだ。」

寛三は寄ってきた久我山と顔を見合わせた。



気山町の廃寺では、腐りきった大楠を前に、榊守と神楽ミキがお互い睨み合っていた。いや、睨んでいたのはミキの方で、榊はどちらかといえばいつものぶっきらぼうな表情だ。

「どういうことよ?これ」

ミキは榊に言った。その表情は若干怒りに震えている。

「見ての通りだ、ここの土地神は消えた」

「どうしてこんなことになるのよ?神還師による土地神の破壊は重罪なのに」

「……」

榊は黙っていた。

「何か答えなさい、あなた一体……、何を隠しているの。」

「悪いがこれ以上は答えられない。失礼する」

榊は待っていたスタッフのもとに帰ろうとしていた。


「……父さんが審議会に呼ばれた」


榊は振り返り、ミキを見た。ミキの表情は怒りから悲しみに代わっている。

「このままでは資格剥奪になる、この意味はあなたにも解るはずよね?そのことは知っている筈だもの」

「……悪いが審議会など知らん。初めて聞く言葉だ。君の説明にはなかったな。」


榊は憮然とした表情で言い返したが、次の瞬間にミキから左手で頬を叩かれた。ミキは悲しみから怒りの表情を向けた。


「ふざけないでよ!!あんたのせいでメチャクチャなのよ!!」


ミキがさらに叩こうとするが、その手を榊が止めた。榊はその勢いで叩き返そうかとも思ったが、公衆の面前ということもありそれはやめた。


「そのメチャクチャに巻き込ませたのはどこの誰だ!!君の言うことは矛盾だらけだ。俺が君たちに加わった目的は……」


「危ない、離れろ!!」


枯れた大楠が急にきしみ始めた。腐食が早すぎて自分の力だけでは支えきれなくなっていた。木は支えを失って榊たちに傾いていた。

「え?」

神楽には近づく古木が解らなかった。

「神楽!!」

恐怖で神楽が目を閉じる。

榊が神楽に近づくと左腕で倒れかけた巨木を押さえた。

神楽が目を開くと重さ500キロ以上はあるであろう木を腕の力だけで押さえていた。

「榊、そんなことをしたら……。」


『まだ雑魚が残っていたか……』

「え?」

その声は榊の声ではなかった。


怨鬼滅波解離えんきめっぱかいり


榊は右手で文字を切ると巨木にねじ込むように押し込んだ。

木はその重さを離れ、左腕を坂にして榊たちの横に倒れ込んだ。

「榊、あなたは一体……。」

榊は左腕を押さえると大きく息を吸った。巨木に当たったショックでバンドがちぎれた腕時計を拾い、呼吸を整えると神楽に言った。

「仕事だ。失礼する。」

そのまま榊は去った。

神楽は呆然としていた。

「一体何者なの……」

榊の能力は神還師だけでなく、霊媒としての能力も備わっている。この間の大工町の話といい、霊媒の能力で全く別人になることが不思議だった。

そう思っていると携帯が鳴った、電話は寛三からだった。



榊はスタッフと合流して、車に戻ると携帯電話の着信をみた。

着信は妻の理彩と実家からだった。ほぼほぼ同タイミングで着信があった。

「実家から?」

榊が車から降りて実家に電話を掛けた。

「仕事中だがどうした?」

「忙しいところごめんね、おばあさんが亡くなったの」

榊守の祖母は前から病気持ちであったが、認知症も患っていたこともあり、自覚のないその病魔は苦しめることなく、その命の灯を消したようだ。

「解った、会社に事情を説明してすぐ戻る。」

榊は電話を切ると車に乗りなおした。




「指示通り、大楠の件は『調整』をしておきました。」


佐山は暗い和室の中で正座をして喋っていた。

「ご苦労さま」

奥からしわがれた女性の声がした。


「……守様の事、東里の審議会は気付き始めています。」

佐山は老女に対して畏まり、意見を述べる。

「あの審議会が動き出すと今の守様にはかなり厄介です。そろそろ記憶を……」


「佐山」


老女は静かにその名を口にした。

「まだ、その時ではないわ。」

「しかし」

「あなたの言う通りだけど、その意思決定は私でなく、守君が決める事よ。」

佐山は黙り老女に頭を下げると部屋を出た。


英明えいめいさん、あの子の『かせ』はいつになったら外せるのかしらね。チヨももうここには居ないわ」

老女は外を見た。月の明かりだけでなく、真下では近くの家で葬式の準備が行われていた。



――神還師本編第一書 完――


神還師2~魑魅魍魎が見える記者の一族と、それを副業にする一族と、他レギュラーの皆様~に続く。

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