余章 事件記者Aの後悔
序 2016年の話
……これは2016年の事。私の友人で海原テレビ局記者の榊守が行方不明になってから、およそ3年が経過した。相変わらずあの男の足取りはつかめていない。
あの男は何をしているのか――そんなことをふと思った最中に、山陰地方で大きな地震があった。地震と言えば榊は地震を嫌っていたような記憶がある。そのような話を現在執筆中の神還師の本編でも書いていたが、地震が来ると榊を思い出すという事が最近条件反射になっているように思える。
そんなある日のこと、私は近所に住む戸田という老人に会った。彼は数年前から悠々自適の生活を送っている。たまに町内会の関係で挨拶をする程度でこれといったつきあいはない。その日、戸田老人は小さな花束を持っていた。ふと挨拶がてら訊いてみると、ちょっとした知り合いの命日で花を手向けてくるとのことだった。私はそれ以上訊かず、出かける戸田老人の姿を見送った。ここまでなら別に近所の老人との話なのだが、私は少し記憶の片隅に引っ掛かっていた。
――どこかで見たことが……。
それはここ数年ではなくもっと昔のことである。戸田という名前よりも顔に覚えがあった。
ただ、ついさっき会って話をしていた時、一瞬だけ表情が険しくなった瞬間があった。その瞬間の顔に私は少し記憶が引っ掛かったのだ。
そんなもやもやした気分でふとテレビを見ていた。ニュースは昔発生したとある未解決事件が動いたことを一斉に報じていた。もう少し明るい話題はないのか……、とテレビのチャンネルを替えていると、私はある映像に止まった。
これは――。
それは未解決事件のニュース映像で、事件発生当時の現場付近で記者がリポートしている映像だった。そしてそこに映っていたのは若干若いあの戸田老人だった。
後日私は思い切って、戸田老人に訊いてみた。この間のあの花束はあの事件に巻き込まれた人の為に用意した物ですか?と。
戸田老人は少し躊躇したが「まぁ、そんなところです」と表情を変えずに言った。
聞けばその未解決事件が丁度戸田老人の定年前の最後の事件取材だったのだという。結局解決されないまま、戸田老人は定年を迎えてその後は後輩に引き継いだとも言っていた。
事件については私も少しは知っていた。それよりも私が気になったのが戸田老人が記者だったのは榊守がいた海原テレビだったということだった。ふと私は榊守のことを聞いてみた。
老人は一瞬驚いた表情を見せていたが、榊のことを知っていた。
しかしさらに驚かせたのは戸田老人の一言だった。
――この間会った。
私は言葉を疑った。聞くと花を持っていったあの日、榊もその現場にいたのである。
なぜ榊はその場所に現れたのか?戸田老人はそのことについては答えなかった。しかし今度は私の一言で戸田老人の表情が変わった。
「榊は死者も見ることが出来たのですか?」
榊のことを知っていた私はついこぼしたその言葉を隠そうとしたが、戸田老人は神妙な顔で尋ねた。
「お前さんは榊の能力を知っているのか?」
戸田老人は榊が神還師の能力について少なからず知っていた。ただし神還師という言葉はさらに後になってからの話なので、戸田老人は榊が何か不思議な物を見ることが出来る力のことを知っていたのだ。
そして戸田老人は、私が榊の知り合いと言うことでぽつりぽつりと不思議な話を始めた。
それは榊守が記者になる前の話で『海原テレビのミステリーハンター』と呼ばれる前の頃の事だった……。
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