1 再会・天玄山の悪夢
「よぉ、高山・井川元気してるか?」
2016年の年末、山陰の地方都市、東里市にある海原テレビに元記者で8年前に定年退職した戸田がやってきた。
「今日はどうされたんですか?」
戸田は8年前に退職したものの、何かと暇があればふらっと海原テレビに立ち寄ることがある。OBとしての対応はないが、余生を謳歌している感も少しあるようだ。
カメラマンの高山は過去に一緒に仕事をしていた一方で、社歴的に被らない井川トオルについては先輩である榊守とのつながりがあった。
「ちょいと部長さんにな、ニュース映像の件で相談をな。」
「部長は今会議中ですよ、若干忙しいですから」
井川も少しやれやれといった感じで仕事に戻ろうとする。
確かに忙しいことには間違いなかった。色々と取材案件に動きがあり平日にもかかわらず記者の姿がまばらなのである。
「そうか、それよりも……」戸田が辺りを見ながら聞く。
「榊はこっちに来ていないよな」
原稿を打ち込んでいた井川の手が止まった。
「榊さんなら……配置が換わってさらに、2年前から音信不通です」
井川が静かに言った。その言葉には若干の怒りも感じる。
「そうか……嘘じゃなかったんだ。」
井川の静かな怒りに戸田はぽつりと返した。
「会ったんだ、この間」
戸田は静かに言った。
「それはいつですか!?」
井川が立ち上がった。
「4日前、
戸田は落ち着いていった。
「天玄山だって?」
高山が反応した。
「天玄山って10年前の女子大生の死体遺棄事件があった?」
井川が言う。
「ああ、既に被疑者死亡で捜査終了になった事件だ」
高山は思い出していた「確か戸田さん、あの事件は戸田さんの……」
「そうだ俺が最後に取材した事件だ、結局解決せずに定年を迎えたがな」
「ちょっと待ってください……」井川が戸田と高山の話に割り込む。
「榊先輩って、確か10年前って報道にはいないと聞いていましたけど」
「そうだ。何で榊は天玄山に?」高山が戸田に聞いた。
「高山は知ってるよな?榊が『海原のミステリーハンター』って呼ばれた理由を」
「いえ、僕が来たときにはもうその名前定着していたんで」
――『海原テレビのミステリーハンター』榊がローカル番組制作を行っていた頃、寺社関係・歴史物を取り扱う事例が多かったことからとある歴史番組をもじって由来していたが、取材しただけではなく、考古学・歴史的背景にも『かなり』長けていたことが理由だった。取材したことに対して、更に確証を肉付けされた内容はウケが良かったものの、一部の学者からは煙たがられていた。絵空事とも言えるような内容が、その後の調査で事実になるなど『榊の歴史ネタは当たる』ということでいつの間にかミステリーハンターというあだ名もつけられた。出土品の年代をほぼピタリと当てたばかりで、担当していた考古学者は榊の質問に後日丁寧に返答してくれていた。
「名付け親は俺なんだが、アイツは報道記者でもないのにこの事件に結構執着していた。好奇心という言い方は失礼だが、榊自身はその事件に関係しているわけでもないのにな。」
「じゃあなぜ?」
「まぁ、言ってもわからない話だ。私もよくわかっていない。ただ……」
戸田は一息ついていった。
「私と榊は犯人を知っていたんだ……あの犯人が生きてた時にな」
高山と井川は驚きで戸田を見た。その目にはかつての記者時代の時の目の光がよみがえっていた。
――2005年の年末も近いある日、報道デスクからの連絡でたたき起こされた戸田は自分の車で東里市内の家から真夜中の天玄山へ向かっていた。
――ついに動いたか。
カメラマンの高山にも連絡を入れ、現地で合流する事を約束すると、ナビ画面の軌跡を追った。戸田は以前からある行方不明事件を追っていた。
それは約2週間前、東里市郊外の大学に通う女子大生Aがバイト後行方不明になったのだ。捜索願が出され、周辺の聞き込みなどを警察が行ったが情報はつかめなかった。誰かと会ったという聞き込み情報もあったが、結果は最悪な方向に動いていた。
戸田が天玄山のふもとの駐車場に着くとすでに警察は規制線を張り、現場検証を行っていた。カメラマンの高山も合流したが、既に始まっていたという。
戸田は携帯で本社の報道に連絡を入れる。現場は押さえられないと伝えると、現場の状況を知りたいと本社の衛星中継車も向かわせていると伝えられた。
規制線から出てくる県警の刑事達の姿を見ると、戸田はカメラマンを置いて聴きに入る。
「どうなったんですか?」
「すまないが、まだ話せない。追って県警本部で会見がある。」
戸田はそのことを聞くと高山と周辺の撮影に入った。
何箇所かで気になるところを撮影すると、今度は広場に出て、駐車スペースの確認を行う。
衛星中継車は中型トラックサイズの大きさと周辺にはさえぎるものが無ければならない。中継のテレビカメラは無線ではなく有線であるため、なるべく道路には干渉しないなどと言った制約が発生する。戸田は中継の場所と中継車の場所をほぼ確定させると、場所取りに車を用いることにした。本社に連絡して、中継車があと30分程度で現場に到着するという連絡をもらうと、車を動かそうと仮停めしていた車を取りに行こうと歩いていた。
事件の情報をどこからか聞いて野次馬がやってきている。野次馬の格好はどれも登山に適した格好に近いというとは、朝のハイキングに来て物々しい雰囲気に勘付いたところであろう。それぞれ目の前で起こった状況を話してはいるが、それが何かを理解する物は少ない。中には珍しい風景とばかりに携帯を開いて内蔵のカメラで写真を撮ろうとしている。
何か時代だな……、などと少し自分が老けたように感じた戸田である。だが、その中に感じている違和感を戸田は見逃さなかった。
ハイキング客の中に一人、登山にはにつかないラフな軽装でカメラも用意せずに静かに厳しい表情をした若者だった。戸田の疑問をよそに、掛けていた眼鏡を外して周囲を見る様などその動きには少し不思議なところがあった。
「戸田さん」高山に呼ばれた。
「なんだ?」高山の声に顔は向けず声だけで反応する
「本社からですけど、中継は別の記者に任せて県警本部へ向かってくれとの指示が来ました。録ったテープは一旦本社に持って帰ってくれとも」
誰だったか……、戸田には引っ掛かるところがあった。
「そうか。入替わりと場所は?」
「もう少しで記者が着くのでそのとき交代してくれと。本部会見が後30分ぐらいで始まるそうです。」
「わかった……」
返事が上の空になる。
「……どうしたんですか?」高山が気になる。
もう少しでわかる気がする……。戸田は思考回路をフル回転させる。どこかで見たんだあいつを……。
「おい、高山」回路が結果を弾き、戸田が高山を向く。
「あそこにいるあの青年……、あれはうちの営業じゃないか?」
戸田は、そこにいた場違いな青年を以前スポンサー物件の取材で担当した海原テレビの営業の顔と似ていた事を思い出した。確か名前は……。
「ああ、この間いましたね。確か
高山が即座に返す。
「そうだ、名前が思い出せんかった。何でここにいるんだろうかね?」
「知り合いですかね?」
高山のボケともいえない返しに、戸田は眉をひそめる。
「いや、だとしたら歳も違いすぎるだろ」
「でも、歳差変わんないでしょう。確か出身は四国ですけど大学はこっちでしょ?もしかしたら同じ……」
戸田は少し考えた。後で聞いてみても良いなと……。しかし疑問に思ったのはその榊という青年の行動だった。
「アイツは何を見ているんだ?」
榊は規制線の外にはいたが、辺りをきょろきょろと見回したり歩いたりしていた。何かを探すような仕草だが、それは事件の手がかりを追い求めているようにも見える。しかし、その行動には違和感がある。その違和感を詳しく説明すると複雑ではあるが、戸田にとってそれは『熱』の有無として考えている。あの榊にはその『熱』がなかった。
この『熱』というのは至って単純ではあるが、事件の被害者の関係者だった場合、その手がかり的な物を探すという行動には、理由が知りたいという『執念』と犯人を恨む『怨念』が交わった得もしれない感情がどことなくにじんでる。それは
榊がなぜあの場所にいたかについては、後日聞くとして、戸田達はやってきた記者と交代して県警本部へと向かった。
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