2 手がかりと関係者A

 天玄山の事件は死体損壊遺棄事件という残忍な内容だった。

 最終的に遺伝子DNA捜査の結果、行方不明になっていた東里市郊外の大学に通う女子大生Aの物と一致していた。


 そこから先は騒動となる。テレビ局はニュース取材特集が全てこの事件を中心的に扱うようになり、海原テレビの系列キー局である大日本テレビからも取材クルーが押し寄せたりと東里市では恐怖と不安が覆うようになった。単純な死体遺棄事件だけならばここまで騒ぎ立てるわけでないかもしれない。しかしそれが行方不明だった女子大生という、いかにもな前提シチュエーションが絡んでいる為か、各メディアはこぞってこの内容を大々的に報じている。


「もどりました……」

戸田とカメラマンの高山が取材現場から戻ってくる。

「お疲れ様です、今日はとりあえず勤務終了してあがってください」

 二人が時計を見るとまだ夕方だった。しかし、連日の取材漬けの為、かなり時間を割き続けている。

 確かに戸田と高山はへとへとではあった。しかしこの後は取材した内容をまとめる必要がある。

「ワンパターンになってますね……。」

 高山が編集からあがって来た特集のニュース映像を見ながらぼやく。

「まぁ、仕方ないだろう。初動も含めて後手に回っている分手がかりを見つけるのも難しいからな。」

 高山のぼやきに戸田が反応する。戸田は取材の途中で買った週刊誌の特集を読んでいた。

 戸田の週刊誌の誌面には「殺された女子大生の裏の顔!?」等という本当か嘘かもわからないような文字が躍っている。戸田もこの手のネタには反吐が出るほど嫌いな場合がある。仕事柄何が正しいかを見抜く必要がある以上、これらの情報が必要な場合もある。


「戸田さん」

「何ですか?」デスクから呼ばれて、戸田が反応する。

「明日大学に取材に行ってください。女子大生のことで話してもいいという学生さんが出てきたので」

「了解です、その人の情報あとでください。」

戸田が反応する横で、高山はパソコンを開いてネットを見ている。

「その雑誌の情報、結構反応大きくて、ネットの掲示板とかではほとんど女子大生攻撃になってますね。」

 高山の声に戸田がモニターを覗く。ネタ元がメディアからでしかない掲示板での情報では各自の思い思いの意見が羅列している。ほとんどがネガティブな内容になっており、これでは参考にもならない。


 単調かつ事件の動きもなく、不愉快な言葉で言えば『つまらない』事件の内容と化して、視聴者にも不愉快で且つみにくい内容へと変化している状況は、先に戸田が言った捜査の後手感ごてかんがもたらしている。行方不明の時点で防犯カメラの映像は乏しく、元々犯罪なんてほぼ皆無なこの田舎の一地方都市での防犯カメラ設置状況はかんばしくない。


 しかもその行方不明をただの感受性の高い女子の家出では?と思われていた節もあり、警察も本腰でなかった感もある。そんな怠慢のような入り組んだ要素が絡まり続けた結果がこんな残忍な事件になってしまうのかと思うと、何のための警察だという不満にもなりかねない。


 そこにメディアは何が出来る?等と問えば綺麗事になってしまうが、対岸でピーチクパーチクとうるさく騒ぐ事も一つの方法では無いかと、戸田は最近の報道体勢を見ていると思うこともある。メディアが多様化して、テレビだけがただ一つの媒体と言うわけにもならない。これも定年間近の老人の戯言たわごとかもしれない。


「なぁ高山、時間が合ったら営業の榊に会うか?」

戸田がぽつりと言った。

「いや、俺は結構です。まだ作業あるので」

高山は拒否をした。

戸田は内線電話で営業部に連絡して榊守を呼んだ。しかし榊は外回りのため不在だった。戸田は電話があった事を事務に伝えた。


榊から連絡がきたのは、それから30分後だった。

戸田は榊に天玄山にいた理由を聞いたが、行っていないと言っていた。

しかし話したいことがあると榊は言っていた。

「話とは?」

「電話と会社ここではいえません。」榊は静かに言った。

「わかった。明日外回りの時に時間割けるか?」

榊は構わないと答え、戸田が時間と場所を指定した。


電話を切ると高山に行った。

「明日関係者に会うぞ」


東里市の南、旧市街から外れた郊外にある東里情報大学は開設から5年も経過していない新設大学だ。最近になって卒業者が出るだけの年数にはなっている。

戸田も開学の頃に取材の経験があり、場所も覚えていたが、数年の間に何かのトピックになった事は無い。むしろ今回のような悲劇によって目立つようになることは望んでいる話ではない。


被害者の女子大生の関係者に会う約束の前に榊に会うことにした。

榊は会社の営業車に乗って現れた。

「榊です。」榊が深々と挨拶をする。

「そんなにかしこまるなよ。同じ社員じゃないか」

戸田が榊の対応に恐縮した。

「まぁ、あんまり時間も無いかもしれませんね……。」

榊はスーツを着込み、営業鞄を抱えていた。

「じゃあ、行こうか」戸田は榊に促す。

「彼も連れて行くんですか?」

高山が戸田に訊いた。

「ああ、榊君は構わんだろう?」

「いいですよ、営業的には暇なんで。」

戸田は榊の言った『時間が無い』というのが気になった。


三人は大学構内に入ると、待ち合わせ先の学生センターと呼ばれる施設に向かった。

「あの、海原テレビの方ですか?」

三人はセンター内にいた女性に声を掛けられた。

「そうですが?」

「お電話しました、藤本と言います」

女性は学生証を3人に見せた。大学院の博士課程の学生で藤本由美と書かれてあった。

何かの研究者らしく、白衣を着ているが、白衣の中は無地のブラウスと膝丈のスカートに黒のストッキングという少しお高いイメージを感じるが、踵の低いパンプスと合わせている事で若干の知的さも感じる。

「では、場所も場所なので、大学の迷惑のかからない所で……」

「外に行きましょうか」藤本の勧めで戸田、高山、そして榊はいったん外に出た。


外にあるカフェテラスには学生の姿はまばらだった。

「丁度、講義が始まるのでそろそろいなくなると思いますよ。」

藤本の言葉通り、学生も少なくなった。

「でははじめさせてください。」

戸田の合図で高山はカメラを回した。カメラは報道で使う大型のテープ一体型ではなく、市販品の小型カメラである。場所の考慮も含めているほか、画質も良い。若干顔のクローズアップも録りつつ、戸田の質問に対して答えてもらうスタイルだ。最近の事件でもインタビューを受けた者が容疑者だった例もあり、このあたりの報道スタイルは基本関係者に対して常に行っている。


話をまとめると藤本と被害者の女子大生Aは同じ大学の先輩・後輩で近所の幼馴染でもあったのだという。被害者との思い出話や将来の夢などの話を聞き取る。行方不明になる前の行動もほぼわかりやすかった。戸田は内容の概要をノート型の手帳に書き留めながら要点をまとめていく。この要点が文字スーパー発注などに必要になってくる。

「――」

榊は藤本の話を聴きながら、手持ちの手帳を開いている。藤本の回答を一つ一つ聴くたびに手帳の内容を見返しているようだ。


「榊君は何か気になることでもあるかね?」

「私ですか?」

榊は手帳を閉じると、藤本をじっと見た。

「…オフレコでもいいですか?」

「良いけど…」戸田が榊の言葉に少々苛っとする。


「高山さん、テープを止めてください。ここから先は私と戸田さんと彼女の三人の方が良い」

「え?なんで?」高山は仲間はずれにされて少し腐った。

「出来ればここには居て欲しくないんです」

「どういう事だね?榊君」

「この先の話は若干厳しい話になるのと、あんまり撮ってもいい話ではないでしょうね」

表情が険しくなる榊の顔をみて戸田は逆らうのを突然やめた。

それは榊の眼だった。ただ鋭くなったのではなく、その中に見えた闇が、広がっていく感じがしたからだ。

「カメラを止めよう」

戸田は観念したように高山に言った。

「本当ですか?」

「先に車に戻ってくれ、長引くなら私は榊君の車で帰る」

高山は渋々とカメラを片手に車に戻った。

「で、榊君気になることとは?」

戸田は少しせかしながら榊に訊いた。その表情には期待半分とカメラの記録が取れないといういらだちが見えている。

「何でしょうか」藤本も榊に訊く。榊の表情は先の鋭さは消えていた。榊は何か自信に満ちた笑みを浮かべている。


「君は、彼女の知り合いでもなんでもない、


 赤の他人


ですよね?」


榊は不躾ぶしつけに訊いた。

藤本は表情を変えなかった。

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