第四章 生と死の認識
1 反動の残渣
「状況は芳しくありませんね。」
「……ああ」
「お前は知っていたのか?」
「はい。」榊の座るベンチの反対側に佐山が座っていた。
「一通り読んだけど、真相はこの『
榊は読んでいたファイルを佐山に渡す。ファイルには、
『報告書:地震による迷い神の暴徒化』
と書かれてある。この間の東里横断道路の工事現場で起こった迷い神の暴走の始終を
報告書の結論としては
しかし、魔封師が結界を用いて神還師に危害を与えようとしたこと、逆に結界によって魔封師に被害を被ったことは書かれていなかった。
佐山が手に入れた報告書は審議会が新しい神還師として神楽達が受け容れている榊守の素行調査的な物ではないかと榊は予想していた。ただし榊にとってばれては困るようなことは無いはずだった。しかし佐山にとっては気になっていることがあるらしく、佐山が審議会からこのファイルを何らかの方法で入手しているのだ。どんな方法なのかは佐山は話していない。訊けば榊にとっても良い顔はしないと思う。
ところがその内容は、佐山の心配するところとはまったく異なっていた。榊守のことに関連したことは書いておらず、事細かでもないのは寛三が榊のことを知らないだけだと思うのだが、所々に榊を擁護するかのように佐山の言う真実を書き換えている点が見受けられ、榊にとって不快な報告書となっている。
とはいえ、佐山の不安よりも榊の場合は、魔封師の結界を破ったことに関する記憶が無いのだ。榊は報告書よりもそっちのことを疑問に思っていた。
「記憶無いんだよなぁ……あの時」
頭を掻きながら榊は思い出そうともしていた。榊が覚えていたのは地震が発生した後、急に気分が悪くなったこと。いつの間にか迷い神は居なくなって、そこに
そのままで終わるところが、数日経過してから佐山に呼び出され渡されたファイルを見ていた。
「私も守様の様子は見させていただきましたが……」
佐山は榊の記憶に異議を唱える。
「結界が逆転した件は守様によるものです。意味合いは変わりますが」
……魔封師の攻撃結界に潰されそうになったあの時、神楽たち神還師が用意した簡易防御結界の内側から発生したのは防御結界ではなく攻撃結界だった。そしてそれを唱えたのは、榊守だというのだ。
「攻撃結界なんて知らないよ……」榊はやれやれと表情を曇らせる。
「知りませんか……」佐山が表情を変えずにつぶやく。
「この傷も理由しているのか?」榊が後ろを向いて左腕を佐山につきだす。
佐山は榊の左腕を払う。
「疼きますか?」
「ああ」
「覚えていない方がいいのかもしれませんね」佐山はぽつりとつぶやいた
「――」榊は黙っている。
東里西町の鉄道記念館は榊と佐山の二人以外には人はいない。管理人もおらず入り口には『見学者は退館時に明かりを消してください』と書かれているだけの空間で沈黙は恐怖感もある。
「だがな佐山」
榊が沈黙に対して先に口を開く。
「お前や『あの人』が言うように、私の過去を封じ込むことが今も得策と思うのは違うだろう」
「――」今度は佐山が黙る。
「私がまだ幼ければ、フラッシュバックを防ぐためにお前が側にいるという点は理解できるかもしれない。」榊は一息吐く。
「私も子供じゃないんだ。お前はそんなに変わる者じゃないから今もこうして世話役に徹していると思うけど……」佐山は黙っている
「どうなんだ?」榊はさらに詰めよる。
「私はあの人の指示に従っているだけです。私の範疇を超えることに興味はありません。」佐山はきっぱりと言い放った。
「――」榊は黙った。また沈黙が二人を包もうとする。
「この間の魔封師が現れたとき、
榊の一言に佐山の目が鋭くなった。
「――燃えた林の中で私は魔封師のような山伏達に囲まれていた」
榊の記憶の中で思い出したのは、山伏達の眼だった。
――その眼は冷たく光を持たず、榊を物忌みのように見下したような眼だった。
その状況が何かわからないが、それを佐山達は『封じ込めたい榊守の記憶』としているのであろうか。
「気になるのでしたらあの寺社連中から手を引くことです。それぐらいしか私は、守様を救えません」
佐山は静かに言った。
「その救えないという言葉もわからん。もうこの状況では引けないのも事実だ」
榊は立ち上がると佐山の前に立った。
「佐山、お前も私の意に反した動きをするのであれば、神楽や審議会は余計に疑いを強める。」
「俺があの報告書が気にくわないのは、わざとらしく俺の事を隠していることだ。確実に過去を知っている可能性が捨てきれない」
「――」
「また同じようなことが起こるなら、次は本当に敵に回すかもしれないな」
「お止めなさい」佐山が口調を荒げる。
「――そうだ、そうやって止めてくれ。お前の役割はそこにあるんだ」
榊はにこりとして、そのまま記念館を出た。
一人残った佐山は携帯電話を取り出すと電話を掛けた。
「もしもし、佐山です。」
電話の相手はよく聞こえないが、佐山は榊の行動を報告していた。榊の言う『あの人』なのだろうか。
「守様は思い出されているのかもしれませんが、もしかしたら……」
佐山は電話の相手から静止されたようで、これ以上は言わなかった。
「わかりました。ではどうすれば……」
佐山は電話の相手からの指示を請うた。その指示を聞くうちに佐山の表情が曇った。
「……わかりました。そうします」
佐山は電話を切るとため息をついた。
榊の周りに必ず現れるこの男については
彼が何者かという疑問について、今私が答えられるのはここまでである。これから先に起こるであろう事象によって彼が何者なのかをまた記していきたい。
――そして次の瞬間にはまた消えていた。
榊は鉄道記念館を出ると、携帯電話が鳴った。電話は藤本からだった。
『神楽さんに依頼が入ったんだけど、私ちょっといま手が離せないのよ。』
聞けば、藤本は本業である医療系事務の関係で副業である神還師の依頼には手がまわせないのだという。以前手伝った久我山も本業が忙しく対応できないと返してきていたという。
『今回は仕方ないんだけどミキちゃんとあなたでやって欲しいの』
「今夜か?」
『いや、このあと』
「まだ日は昇ってますけど?」榊は空を見た。
『今回はちょっと特殊なのよ』詳しいことは寛三に聞けと残して藤本は電話を切った。
「人の都合を無視かよ……」
榊はそのまま神楽不動産に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます