2 単純そうで複雑な依頼

「ねぇ、ミキ?パンドラの新作食べにいかない?」

 普段よりも早く終わった東里市内にある高校の放課後、神楽ミキはクラスメイトのアキ達からちょっとした誘いを受けていた。

「ごめんなさい、今日は用事あるんだ。」

 神楽は両手を合わせてごめんのしぐさをとる。

「最近多いね。予定、家の関係?」アキの友達のトモカが訊いてくる。

「うん、ちょっと急な手伝い入っちゃって」

勉強道具を鞄に仕舞いながら答える。

「お寺って結構大変なのね」友達のユリも訊いてくる。

「まぁね、また今度誘って。」神楽が鞄を持って教室を出る。


「結構忙しいのよね」トモカがふとアキ達に言う。

「アキは神楽さんとは付き合い長いんでしょ?」ユリがアキに訊いた。


「幼い時からね。」アキが答えた。

「最近よね、なんか忙しくなっているのは」トモカが首をかしげる。


「もしかして……」ユリが振る。


「それは無い」アキが答えた。


「でもこの間……、知らない男の人と一緒にしゃべってたけど」ユリが答える。

二人がユリを見て固まる。

「ちょっと前にさ、骨董屋の多い通りで見たんだよね。」

二人が反応する。

「なんか年上でさ……、ミキも楽しそうな風ではなかったんだよね。従えてるって感じ」


「それ、お寺関係じゃないの?」アキが若干あきれる。

「そうかなぁ……」3人は首をかしげていた。



 そんな微妙な噂をされていた神楽が校門を出ると、携帯を開いてメールの内容を確認していた。メールは藤本から送られたもので、案件に対して手が空かないため、榊に手助けを依頼したというものだ。

 神楽が榊に連絡を取ると、榊も藤本から連絡を受けて神楽不動産に向かったが、依頼主の住所を聞いて神楽を迎えに行くと言っていた。榊は学校の近くにある喫茶店にいるとも言っていた。


 榊から言われた喫茶店向かうと、榊は窓際の席でクリップボードに挟まれた資料を読みながらコーヒーを飲んでいた。

 神楽は榊に促されて向かいの席に座り、注文をとれという仕草をされた。

 神楽はムスッとしたままメニューを見る。コーヒー以外にもケーキもある小さな喫茶店だ。女性客ばかりではなく、男性客も姿もちらほらと見える。

 ウェイターがやってくると神楽はアイスコーヒーとショートケーキを注文した。

 榊は神楽の存在を無視したかのようにファイルを熱心に読んでいる。何のファイルかわからないが、仕事関係なのだろうか。


 ウェイターが神楽の注文したコーヒーとケーキを持ってきても榊はファイルを読みふけっていた。仕方なく神楽はケーキを食べ始める。


「依頼の内容。読んでたんだけど、こんな事あるんだな」

 榊はファイルを全て読むと、読んでいたファイルをケーキを食べ終わった神楽に渡した。

 神楽がクリップボードの内容を覗く。それは父寛三の字で書いてある依頼書の内容だった。そこには『人間に迷い神が憑依?』という内容が書いてあり、被害者のプロフィールが書いてあった。

「無いわけじゃないわ。ものすごくレアケース」

「迷い神は土地と物にしか宿らない物と思っていたんだがな。よくある悪霊みたいな物か?」

「若干違うかも」

アイスコーヒーにガムシロップを掛けながら神楽が言う。

「じゃあ何か別の物か?」

「それもわからない」

榊がコーヒーをすする。


「でもそのファイルを見る限り、子供って言うのがちょっと気になってるんだけどね」

「ああ、6歳の男の子か」

「子供の場合だと……」

神楽は思い出したようにぽつりとつぶやこうとする。

「ん?」

「……多分わからないのよ。」

「わからない?」

「……境目」


半分飲んだアイスコーヒーの氷が崩れて音を鳴らす瞬間、静寂に包まれた。


「境目ね……」

「見たらわかると思うわ。」

ファイルを榊に返した神楽は残ったアイスコーヒーを飲みきった。


喫茶店を出た榊と神楽は依頼人のいる大工町へと向かった。

この東里市は所々町名に職人名が多い。元々城下町という事と、旧市内と呼ばれるエリアがその名前が色濃く残る。このあたりも大工や左官職人が多く住んでいたという話であるが、戦後の大火によって一部区画が整理されたこともあり、名前だけが残っているパターンだ。


住所の場所に着いた。小さな一軒家で表札には「瀬川」とかかれている。依頼人の名前と変わらない事を確認して神楽がインターホンを押した。


『はい』インターホンから女性の声が流れる。

「神楽不動産から来ました、特別交渉担当の神楽です」

『お待ちしてました、少々お待ちください』

玄関から女性が出てくる。同じくらいの年かもしれないと榊は思った。

若干やつれてる感じがあるのは『依頼』に関係することなのかもしれないと思いながら榊は見ていた。

女性は制服姿の神楽と、ジャケットにジーンズの榊をみて疑っていた。


「お世話になります、特別交渉担当の神楽です」

「同じく榊です」

「瀬川です」


深々と挨拶をする。

「早速ですが、本人は?」

「向こうの部屋で遊んでいます。」

家の奥から子供のじゃれた声がする。しかしその声に榊は違和感を感じていた。

榊が神楽の方を見ると、そんな顔をするなと首を横に少し振る。


「『発症』したのはいつからですか?」

神楽が瀬川に尋ねる。

「1ヶ月前辺りから何かしゃべっていたんです。」

瀬川は思い出したようにしゃべるが、その声には少し恐怖を感じる。

「最初は何かの独り言だと思っていました。最近はさらに……」

「お話しをするのですね。」

神楽は瀬川の言葉を遮った。その言葉には『おかしい』という言葉を言わせたくない神楽の意思だった。

「とりあえず、息子さんにお会いしても良いですか?」

「はい。」

二人が家の中に入る。


「なぁ、除霊の資格とかあるのか?」

廊下を歩きながら榊がぼそぼそと神楽に聞く。

「除霊じゃない。」

神楽が大きい声を立てるなと榊に険しくあたる。

「迷い神が人に宿っているの。」

「わかっているが、そんなことあるのか?」

「だからレアケースなのよ」


部屋に入ると、そこには小さな男の子がおもちゃ片手に遊んでいた。

「この子が?」

「はい。」榊の質問に瀬川が答える。

榊は確かに不思議なことが起こっていることを感じた。


男の子は車のおもちゃ片手に話している。その話は車のかっこよさや絵本などで得た知識であろうかいろいろな性能をしゃべっている。しかしそのしゃべりの相手は榊や神楽ではない

。男の子は誰もいない壁に向かい、さらに榊達を背にしてしゃべっている。


さらにそのしゃべりには相手がいるようで語句の所々は切れてテンポよく会話が続いている様に見える。榊のようなテレビ局の人間から見ればトーク番組で相手のマイクが入っていないそんな感じのNGを見ているような感覚に近い。しかしここでは相手がいない。


「これはすごいな……」

榊があきれていると、男の子が榊達の存在に気付いた。

「お姉さん誰?」

制服姿の神楽を見て先に反応した。神楽は男の子の前にしゃがみ込む。

「遊んでる途中でごめんなさい、私たちはお母さんのお友達なの」

「どうも」榊が挨拶をする。


「カズくん、少しお母さんお友達とお話ししているんだけど、お母さんと一緒のお部屋で遊んでくれる?」

「わかった」男の子が元気に答える。

しかし次の瞬間、榊と瀬川が青ざめた。

「じゃあ一緒にいこう」男の子は壁の方を向いて、手招きしている。しかし、何かを拒むかのような言葉が続いている。瀬川はその様子を見て泣きそうになっている。榊も顔が険しくなる。


しかし、神楽は違っていた。男と同じ方を向くと、優しい表情で話す。

「怖がらなくても大丈夫、別に何もしないから。」


神楽の一言が効いたのか、男の子はそのまま立ち上がる。神楽も立ち上がると「案内してください」と瀬川に言った。


瀬川はダイニングに榊達を通した。そのまま見渡せるリビングに男の子は移動するとまたおもちゃを持って遊び始めた。

ダイニングの食卓に榊と神楽が座り向かいに瀬川、子供達は瀬川越しに見えるように配置された。表向きは世間話をしてきた、瀬川の友人とその娘的な流れで話をしていく。


「榊、預かってるグラス貸して」

神楽に言われて、榊は神楽不動産で寛三から預かっていたアタッシュケースを開けた。


開けると中には眼鏡の上に複数のカメラを付けた機械だった。それをアタッシュケースのコネクタに接続する。さらにケースにあったノートPCを出すとケーブルをつなぐ。神楽は掛けてた眼鏡を外してその眼鏡を装着すると、子供の方を向いた。


榊はノートPCのキーボードをたたくと、カメラ画面が出てきた。男の子が画面に出たが、画面上にプラスマークのカーソルが動いている。神楽はリモコンのようなボタンを押す、そのカーソルが動いて、画面に色と線を付けていく、その様子を瀬川と榊が見ている。徐々にその形が見えてくる。榊と瀬川は黙っている。

「あんまり絵心はないけどね」神楽が眼鏡を外す。

「十分だ」榊は言った。


これは藤本が用意したガジェットで、神楽の視線位置を読み取り、カメラ画面に合成する装置である。神楽は二人に見えていない物を見て、その輪郭を目で追って姿を現していた。

「これは子供ですか?」瀬川が訊いた。

「そうです、あのこと同じぐらいの。表情は早くて追えないのですが」

榊に眼鏡を渡すと、神楽は静かにしゃべり出した。

「ただ、見ている限りでは悪霊的な物ではありません。どういう物なのかは調べないとわかりませんが……」

神楽は口調を落とした。

「アレは若干私たちを警戒しています。少し時間がかかります。」

神楽は自分の鞄を出すと冊子を取り出す。

「なにそれ?」

「宿題」

瀬川と榊が神楽を見る。

「あの、とりあえず相手の警戒を解かしたいので、何か気を紛らわしてください。」

「だからって宿題……」

「大人は大人でお願いします。」

神楽はテーブルの上で教科書を広げて、宿題を解いている。

瀬川と榊が取り残されていた。

「――」

「――」

少しの沈黙の後、榊が切り出す。

「旦那さんはもう少し時間かかりますか?」

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