3 複雑そうで単純な依頼
「人間に迷い神が憑依するというのも、不思議な話ですね」
――
「まぁ、聞いた話だけではわかりませんがね」
寛三がまとめたファイルには、『迷い神が人間に憑依?』という表記が書いてあるが、実際の所は見てみないとわからないのだという。
元々この話の発端は藤本由美からもたらされた話だ。藤本の実家である藤本医院にやってくる患者の中には精神を患う人も少なくない。その中で、迷い神に絡みそうな案件については藤本由美によって確認されて、場合によっては他の神還師に依頼するという『紹介』がなされている場合がある。かなり希少な話ではあるが。
今回の大工町の瀬川家の少年も、元々藤本医院に来た患者の一人だ。「変な物が見える」という理由で連れてこられたが、内容を聞く限り、これは藤本由美に預ける案件だと察知した病院側が手配したような流れだ。それの『下請け』的な役割として、今回神楽と榊に依頼してきた。
「この手の話の場合は基本娘の方が得意なんで」
「でもそれって迷い神なんでしょ?それなら私の方が聴けるとか……」
「迷い神ではありません」
寛三は少しの判断で断定する。
「じゃあいったい……」榊は聞く。
「怨霊の類いです」寛三はトーンを落として言う。
「そっちですか……」榊もトーンを落とす。
「あの子は神還師としての能力としても高いが、死霊・怨霊の類いも見えるんです」寛三はトーンを戻すと事務員が入れたコーヒーを飲んだ。
「死霊・怨霊の類いが見えるというのは
榊はファイルを置いて寛三を見る。
「榊君は見えないですか?その類い」
「見えないですね。多分」
榊の多分の言葉には、よくわからないの言葉も含まれている。
「多分だと見えないと思いますね。」
「それらって形変えたりするんですかね?土地神のように」
「いえ、基本は変化しないようです。」
「だとすると私には見えませんね。」
榊は安心はした。
寛三は榊の表情をちらっと見逃さなかった。
「逆に榊さん、何故見えないと思いますか?」
「え?」
「あなたの場合は神還師としては迷い神は見えている。これはこれで珍しい方です。ではなぜ、榊さんは死霊の類いが見えないんでしょうか?」
そんな問答に榊は少し考えてみた。
「さあ……、わかりませんな」
「榊さんは幼少時代に誰か親族が亡くなったと言うことはありますか?」
「生まれる前に母方の祖父が亡くなっています、他は大人になってからの方が。」
「なるほど。」
頷きながら寛三は榊をじっと見た。
「あの子の場合は生と死の境目がわからない場合が強いんですよね」
「生と死の境目……」
この後榊が神楽ミキから訊いた境目というキーワードに当てはまる。
「あの子は死んだことが解らなかったのです。」
「分からない?」
「あの子の母親は生まれた後に事故で亡くなりました。その後、立ち直らせるために色々としたのですが、それが少し裏目に出ましてね。」
「裏目に?」
「子供の場合は、希ですが、死んだ人の姿が見えるそうです。そのとき的確に『あの人は死んだ』という教え方をしておかないとその境目がわからない症状に陥ることがあるんです。」
「あんまりそんな事は……」
「榊さんの場合は、生まれる前に亡くなったお爺さんとかで仏壇が存在する。そういう要素がわかりやすい風景が存在していたからでしょうね。神還師になった場合は事故とも言っておられましたし。うちの場合はそういうのが当たり前の環境なので。どちらかと言えばわかりづらい場合が多い。」
「まぁ、そうですが」
左腕をさすりながら榊は答える。
「このような子供の場合は死んだとわかって初めてその存在が解らなくなるのです。」
寛三がコーヒーを飲み干す。
「信じられないから存在できたのか。」
「よくその人の気配を感じたと思ったら、死んだと後でわかることもその理由です。」
――榊は数時間前に寛三と話していた内容を思い出していた。瀬川との話などは続かずただただ無の状況が続いていた。たまに瀬川は榊と神楽のよくわからない二人に対してお茶を入れるといった所作を行っているが、話の内容は尽きており、神楽の言う落ち着く状況というのがよくわからない。一方で神楽は宿題にかかりっきりで、数学の問題を解いている。
その視線の先で少年は一人見えない誰かとキャッキャと笑いながら話をしてる。
「……」
榊はふと席を立つと少年の方に向かって歩いた。
「誰と話してるんだい?」
榊はほぼしびれを切らしていた。結果がでないことも一つだが、何が正しいのかもわからない。そのあたりの事情を碌に説明しない神楽のせいもあり、若干面倒くさくなっていた。
「おい、榊」
榊の声掛けに遅れて気付いた神楽が呼び止める。
「友達の俊君。」
少年は元気に答えた。
「俊くんかぁ……」
ふと榊はその名前に引っ掛かる物を感じた。
「そっちじゃないよ。」
榊には見えていない為、やはりあらぬ方を見ていたようだ。榊がどっち?と少年に訊いて向きなおす。
「俊君かぁ、仲良いの?」
「うん。この間も公園で遊んだ。」
「榊?」
神楽が榊の肩をたたいて呼び止める。榊が振り向くと神楽が顔を横に振り、『やめておけ』の合図を送る。
「あの子にとっては区別はつかない、相手も弱みにつけ込んでいる可能性もある。」
「どうやって対処するんだ?」
「引き離すしかない。」
「だったら今」
「違う」
榊は若干不安そうな眼をした少年に気付いて神楽と引き離した。
「違うとは」榊が訊き返す。
「あくまでも本人が納得した形で、だ」
「自発的にか?」
「ああ、でもそれが容易じゃない。」
「というと?」
「ただ説得するだけでもダメだった。いつ離れるのかが解らない。」
榊は神楽の言葉に引っ掛かる。
「それはお前の経験則での話か?」
「ああ。」
「だったら参考にもならんな」
「仕方ないわ。こればかりは待つしかない。一時的に離れる時をねらって還さないといけない」
「還る場所もあるのか?」
「当たり前よ……」
神楽が当たり前だ、という顔で榊に言う。相変わらずのわからないのか?風の表情だ。
「瀬川さん、俊君という彼の友達に心当たりは?」
榊はさっきの少年の話で出ていた相手の名前を瀬川に聞いてみた。
「解りません。最近になって新しくできた友達だと……。」
「そうですか……。」
榊は少し考えに耽っていた。もしかしたら……情報は解るかもしれない。
「神楽、ちょっと本部に戻ります。」
「え?なに?」
神楽は榊の突然の対応に怪訝な顔をする。
「ただし、必ず戻るからここで待っててくれないか?」
「いいけど……、今日はこれ以上待っても……」
神楽の言葉が終わる前に、榊は家を出た。
「まったく……」
「何かあったんでしょうか?」
「さぁ……。」
榊は電話をかけた。
「榊だけど、井川居るか?」
電話の先は会社のデスクだった。今日は後輩の井川トオルが勤務していることを思い出した。
『なんですか、榊さん?』
「悪いけど、ちょっと調べて欲しいことがある。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます