4 疑念の詮索

「何故あんな話を受けたんですか?」


佐山は榊に対して強く突っ込んだ。

「思うところがあった、ってところかな…。」

飲み屋街の近くにある人家の少ない公園で榊はベンチに座っていた。それを佐山が立って見下ろす形だ。佐山が若干怒っているのは榊が伊野宮の『誘い』を受けた事にある。


伊野宮が誘った魔封師まふうじの存在を見学することに対して佐山はかなり疑っているようだ。

「こちらとしてもお守りしきれませんよ。」

「わかってる。何かをしてくれとは言ってない。」

榊は佐山をなだめる。

「守様が何をしようと特に文句は言いません。でも対極の魔封師と行動するのは今までと違います。私は『あの人』から守様を危険から守れと言われているのですよ」


「訳のわからん力を守れというのか?」


榊は佐山をじっと見なおした。佐山と榊の間に沈黙が流れる。


この沈黙に佐山は少し表情が厳しくなる。その厳しくなる理由は目の前にいる榊がそのまま黙っていることだ。榊は何処にあるかわからない一点を見ながら黙っている。視線も動かしていない。電池切れを起こした機械のような表情だ。

佐山はそれが酒によるものだということは理解しているが、榊が理性を忘れるまで飲んでいたのかといえばそれは違っている。

佐山は知っていた。この状態の榊がどうなっているのかを知っている。次の瞬間には佐山の予想通りの展開となる。


「佐山、俺は別に東里ここの奴らと一悶着したい訳じゃない。」

口を開いたのは榊の方だ。佐山の表情は厳しいままだ。


「お前の言うとおり、危険な賭けみたいな状況になっているのは、こいつをそそのかした訳じゃない。」

佐山は黙っている。

「こいつが今一番知りたいのは、お前たちが隠す例の『封じられた過去』だ。そこまでして『アイツ』が知りたい理由を佐山お前は知っているか?」

「知りませんね。」

佐山の表情は厳しい。

「わかっているはずだと思ったが…。まあいい。それはあくまで『榊守』の理由だけだがな。」

榊の表現は最初の時と違っていた。自分のことを他人として喋っている事。そのあたりも含めて考えれば、それは目の前にいる榊が普段の榊ではない別人になっていると判断できる。

事有るごとに現れるこの存在に佐山はいつも頭を悩ませている。


「お前の目的はなんだ?」

佐山はその存在を知っているようだ。佐山は榊ではない別の存在に尋ねる。

「単純な理由だ。俺はこいつを生かさなければならない」

榊もどきが落ち着いた口調で言う。


「榊が死んでしまえば俺は消える。ただ自分を守るために必要なら現れる。それだけだ。」

佐山は落ち着いている榊もどきに厳しい表情のままだ。


「そこまでしてでしゃばることはない筈なのに…」

「お前の言うとおりだ。あの寺社連中との出会いはある意味で影響は強いな。居心地は悪くはないがな」

榊もどきは少し笑っていた。

「当たり前ですよ。あの連中とは相応に因縁が深いはずです」

佐山はあきれる。

「わかってるよ。お前と一緒で、互いに『あの連中』とは長い付き合いだ」

二人の間に若干の沈黙が流れる。


「あの魔封師の『ガキ共』は俺たちのことを色々と嗅ぎ付けているようだが、そっちは問題ないのか?」

榊もどきがその沈黙を閉じるように口を開いた。

「ありませんね。我々の存在は東里ここに何の影響もない筈です。あの魔封師と審議会、どちらとも無知なおかげでこちらとしては傍迷惑はためいわくですけど」

佐山は興味が無いようなしぐさをする。

「どちらも味方になれるのか?」

「どちらも敵に回すの間違いでは?」

佐山は鼻で笑う。

「あの審議会というのも不思議な存在じゃないか。お飾りすぎる」

「その通りですね。殆ど形式でしかないです。こっちの存在に気付いておきながら何も見つけられていないのですから」

佐山の言うこっちの存在は、以前神楽寛三と審議会幹部が話していた、存在のわからない迷い神のことを指すのであろう。神還師が迷い神を操ると言う話に対して過剰に反応し、何の対応も出来ていないことに対して、皮肉を言っているのだ。

「あの男は少し変わっているがな?」

「どの男ですか?」

「こいつが世話になってる、あの飄々とした何も見えない男さ」

榊もどきが親指で自分を指す。

「寺社連中の父親ですか?」

「そうだ。俺たちの事を隠して、更に何かを隠している感じもする。」

寛三の動きに関しては佐山も気にはしていた。榊もどきが言うようにこの間の件も隠している以上、波風を立てたくない佐山にとってはありがたい話でもあるが、飄々とした寛三の状況にはどこか不思議ではある。


「で、本当にどうするんです?」

佐山が榊もどきに訊いた。

「魔封師の件は乗ってみるつもりだ。」

「そうですか、気を付けてください、彼らの目的はあなたですよ。」

「だろうかね?どちらかといえば私よりもこいつの様な気もするがな」

榊もどきが佐山をじっと見る。


「先に言っときます。」

佐山は榊もどきに振り返る。

「彼らは我々のことに気付いていて、仕掛けてきますよ」

「仕掛ける?」

「ええ、天玄山で」

「昔あいつが首突っ込んだ天玄山か?」

「恐らく」

榊もどきは少し黙る。

「だがあの時、あれは…」

「封じましたよ。確実に。」

佐山は確認させるかの様に呟く。


「じゃあなぜ?」

「試したいんじゃないですか?」

「試してどうなるんだ?」

「わかりませんけどね。封じ込める気でしょうかね?」

「全部こいつの無意識下で行うのか?」

「仕方ないでしょう。彼らの中には我々のことを知っているのも居るでしょう。」

「厳しいな…」

二人は少し考えていたが、その結論に至る要素が思いつかない。


「それと、私は止めませんよ。今回は」

佐山は榊もどきに呟いた。

「珍しいな。」

「このことが守様の興味というわけでもありませんからね。好きにやってください」

「こいつも気付き始めてるぞ」

榊もどきは指で自分を指す。佐山はため息をひとつ吐くと榊を見た。


「その時は、また封じ込めたらいいんですよ…」

榊もどきはにやりとする。佐山の表情は厳しいままだった。




「例の物、用意しておいたわ」


とある倉庫の一角に藤本由美と伊野宮恭介が会っていた。

伊野宮と藤本の間には大きめの箱が置いてあるがビニールで厳重に包まれていた。

「とりあえず預かっておくが、ばれたら面倒くさいだろ」

「かまわないわ。この件が表立って出ることは絶対にない」

藤本は特に問題はないといった顔で答える。

「まぁ、俺の目的の為には少し手に余る感はあるが、これだけのものなら十分だろう」

伊野宮は箱を少し見回す。若干の対応はされているようで、箱の隙間からは水のような液体が漏れており、箱は若干の冷気を帯びていた。


「とりあえず使わせてもらうが、ここまで仕掛ける必要があるのか?」

「……うまくいかないことはわかっている。だけどそれでは私の気が済まないの」

伊野宮の質問に藤本は沈黙をしていたが、その返答に伊野宮は少し驚いた。

「いつもの君らしくない。もう少し現実的だと思ったけどな」

「それだけ女だってことよ。」

「行き当たりばったりなのはこっちの癖じゃないのか?」

伊野宮は藤本の返しに笑っていたが、藤本の表情の硬さにそのまま黙った。




「神楽さん、伊野宮が榊君を……」


久我山が神楽寛三に話したのは榊が伊野宮と会った翌日のことだ。

「そうか……」神楽の返答はあっさりしていた。

「この間の大工町の件を彼もかぎつけたらしいです」

「だろうね」

「神楽さん、なんかあっさりしていません?」

「まぁ、遅かれ早かれ気づくだろうね。神還師の中に魔封師がいるようなものだから」

寛三は久我山を応接席に招くと、久我山が座った。寛三も反対側に座る。


「神楽さん、もしかして榊君のことがわかったんですか?」

「何となくかな……」

寛三はデスクで飲んでいたコーヒーを応接テーブルに置いた。


「娘の言った『わからない』という言葉が引っ掛かっててね。大工町の件で聞いた榊君の動きや過去の行動で思い当たる節があって、前から気になって調べてはいたんだ。だが私も記憶の片隅にある曖昧な情報で、実際にそうなのかわからないのは本当だ。」


寛三は考えていた憶測を久我山の目を見ながら静かにしゃべりはじめた。


久我山は寛三の憶測を聞きながら表情が厳しくなっていった。

「……もしそうだとしたら、確かに彼の力へのつじつまは合いますが、なぜ彼は我々と行動を?」

「そこが解らないんだ。さらに言えば……」

寛三はじっと久我山を見直す。久我山の沈黙を待って喋ろうとする。

「多分、彼も自分がなんなのかわかっていないと思う。」

「記憶を消せる能力なんて……、そんな」

「人間じゃないだろうな」

寛三は残りのコーヒーを啜る。

「居るんですか?」

寛三も久我山も思い出したのは、審議会が全く足取りがつかめないという迷い神の存在だ。その迷い神を榊が抱え込んでいるとすれば…。


「恐らくね、あの一族だったらば……」


神楽はひそかに思っていた最悪の状況というものに少し傾いていた。

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