第二章 神還師という生業《なりわい》

1 神還師という生業(なりわい)

「…つまり、榊君の見えている神様というのは土地神様ってことか。」


私は久しぶりに会った榊守と東里市内のとある個室居酒屋で飲んでいた。榊は東里横断道路の工事現場で起こった事故の取材を行った仕事終わりで珍しく時間が合ったのである。


「らしいですね。そういう認識はありませんでしたけど」


この榊という男はあまりしゃべらないというのも記者としてどうかと思うが、そのあたりは「仕事スイッチ」等と榊は言っているがあまり信じない。


そして、『神様』の類が見えるという『神還師』なるものが存在するらしく、更に訳のわからない集団に能力を買われているというのだ。


「しかし、その神還師というのは、初めて聴く名前ですな。そんな職業があるとは」

「私も調べてはみたんですが、ほとんど都市伝説のようなものですね。」

榊は注文で来たウイスキーの水割りを飲みながら話していた。多少酔っているのかあらぬ方を見ながらしゃべっている。

「聞いているだけだと、ファンタジーな話ですね、いい意味では」

「悪い意味では?」

すかさず榊がかぶせてくる。

「……頭おかしいんじゃないの?」

「……、言えてますね」


私と榊が会う時は、大概私から話題を振ることが多い。寡黙なのか何を考えているかわからない榊は薄いウイスキーの水割りを飲みながら話を進める。


「聴いていて面白いとは思うんですよね…。普通この手のネタって戦うというのが標準デフォルトのはずだと思っていたけど、大体この手の話って人間も傷つきながら迷い神を封じ込めるって言うのがパターンでしょ?ところがそうでもない……。」

「といいますと?」


「迷い神も神還師も平穏を望んでいる。平穏を望む彼らの前には無益な争いというのは嫌いで……」


言い回しがくどい榊の話の内容をここに書き表せば相応な尺になる。

私自身が聞いた話でまとめると、神還師は交渉という方法で、すべてを丸く収めようとする。もちろん迷い神は不満から生まれたものなので、交渉は骨を折る作業ではあるが、平和に何もなかったように事を収めたいのである。


「そこまでして丸く収めてしまいたい理由ってなんだい?いざとなれば力でねじ伏せるんだろう?」

「いや、そうでもなくてですね、あいつらの場合……、


『ものを壊すと弁償しないといけない。だから交渉で費用を抑えている』


って言っているんですよ。」


なのか貧乏なのかよくわからないが、至極単純明快な理由ではあった。

確かに平穏に事を収めたいのなら交渉は必須だと思うが、破壊活動に至った場合、何か特殊な部隊によって瞬時に復旧するとかいうこともないのだろうか?という疑問はぬぐえない。

訊けば損傷等の修復並びに保全は神還師の資格管理を行う『審議会しんぎかい』と呼ばれる組織内に一応存在はするが、任意保険的なもので月の定額払い他、物品によって数割負担が発生するとのことだ。その費用も相応に高額で、寺社によって潤沢に檀家・お布施などからうまく支払い、その分『』に説得を行う例もあれば、費用も乏しく、個別依頼で動くフリーランスではなるべく費用を抑えたい意思が働く。


「昔はかなり暴れたりすることが多かったらしいが、あの寺もそんなに費用があるわけでもなく、さらに最近は騒動が起こればすぐにインターネットに拡散されたりするから大変ですって。」


……訊いていて非常に現実的でもあれば庶民的でもある。そのあたりの話も気になって榊との飲みの後で私自身も調べてみた。この神還師という言葉も半分都市伝説らしいので正しい定義もないが……。


――まとめた歴史をひも解くとその存在は古代までさかのぼる。


古代から人は自然や自然現象、物に対して神々しい何かを感じおそれて暮らしていた。

俗にいう八百万の神というのも含まれているらしい。古来から神に対して様々な形で語りかけ、聞こえるかもわからない『声』を聴き、その声を民衆に伝え神と共に生活を送っていたという。神が怒れば人間はその怒りを恐れ、土地を去り、新たな土地を求めて旅をする生活を送っていた。


この場合の神の怒りと言えば、災害などに当たるが、当時の人間にとって災害は行いに対する応酬、それが怒りになると精神的かつ遺伝子的レベルで思われていたのであろう。


しかし神の声は誰にでも聞けるというものではなく、その力を持つ者は稀だったという。希少なる存在としてこの場合、神官やシャーマンといった類の系統とも似ている。


このあたりの話が顕著になるのはさらに後、人間が農耕によって決まった場所で生活するようになる時代になった頃だという意見もある。それも納得だ、定住をするということは、土地がもたらす災いを受けやすくなるからだろう。


この災いは天変地異で片づけられる一方で、自己解決できる手段はない。現代のような予測技術や微力な災害対策という手段はまだ皆無の古代で、それなりの知力を持ち手慣れた木工と貴重な金属があふれ始めようとした時代に、その土地の神様にご用立てできないかという考えは生まれはじめた。


この辺りは安全祈願祭や地鎮祭といった表現になる。形式的なものではあるが、中には先に話した神の声を聴くことができる稀なもの達も少なからず存在し、彼らによって本物の神様にご用立てを行う所業も。これが神還師のはじまりだということだ。


この考え方は中世あたりまで続いていたらしいのだが、このあたりの資料は眉唾物が多かったため正確なところはない。魔封師と呼ばれる神還師とは真逆の存在もあるがこれに関しても話すと長くなるので神還師にのみ話を絞ると、確実に言えるのは現代でもその神還師という組織は形やシステムをかえてひっそりと存在しているということだ。


ただ、ほぼ科学万能の現在においてはその存在に関しては異物扱いになるのは、人がその何かを畏れなくなったという点であろう。とはいえ、土地神や迷い神ははその存在を失うことはなく普通に存在して見えていないという状況なのである。


更に、というわけで、現在ではこの手の職種にちょうどいいのが寺社関係ということである。もちろん理想的な例であってすべてに当てはまるわけではない。神と話せる能力というのは限定的ではあるが、別に寺社関係の人間にのみ与えられる特権ではない。藤本由美のような医者に宿ることもあれば、榊のように報道記者に宿ることもある。


友人との飲みの後、榊は一人寺町の帰り道を歩いていた。

「あまりお勧めできませんね…」

目の前には銀髪の似合う紳士佐山が立っていた。


「見てたんだろ?やり取りを」

「ええ、とりあえずは。」

榊はそのまま歩いていくと、後ろから佐山がついて歩く。


「あの手の人とつきあう機会があるとは思いませんでした。」

「成り行きだ。それで何かが変わるとは全く思わん。」

「何か影響があるようでしたら……」

「やめろ」


この佐山という紳士と榊との付き合いは長い。榊が東里に来る前からの付き合いで、ここ数年は特に何も無かったが、最近になって榊の目の前に現れては色々と文句を言うようになった。文句の付け方によっては実力行使でもやりそうなほどの従順さも持っており、何かと恐ろしい存在だ。


「そんな何かを脅かすような人ではない。結局は好きなように解釈して適当に書く存在なのだから気にしなくてもいい。彼によって何かが暴かれるわけでもない。」

「それを希望していたのでは?」

「……」榊は黙った。


執事とか何かに雇われた身分ではないが、元々幼少時代から彼とは実家に居た頃からの存在だった。世話焼きというのか、結婚した今でも何かと一言が多いが、最近は家庭のことよりも、神楽たち神還師やあの秀中との付き合いについて何かと一言多い。実家に何かを報告しているそぶりはないようで、結局佐山は以外の目的は何なのかがわからない。


「まぁ、引き留めはしません。でも一つだけ。」

「なんだ?」

「この付き合いは、その『傷』にはあまりよろしくはありません。場合によってはかなりショックなことになると思います。」


「どんな場合以上にだ?佐山?」

佐山に対して鋭い視線を向ける。佐山はその視線に目を反らしたくなるが毅然と耐えながら沈黙を貫く。

「相変わらずか、そのだんまりは」

榊はため息をつく。

親達同様、身の回りの人間は大体だんまりを決め、次の言葉は『知らない方が幸せだ』という。『傷』がついたことが相応に影響しているだけでは無いのは事実なのだが、そのことに関する理由や結論、事実の証明はいつも無い。佐山にとってもなおさらだ。執事のような振る舞いである以上、最もしゃべらない立場だ。


「そうですね。知らない方が幸せですよ」

結局こうなる訳だ。中途半端にむかつく反面、余計なことを言われずほっとしている自身に腹が立つのもの事実だ。


「まぁ、気をつけて下さい。深入りせず距離を保ってください。」

「はいはい、わかったよ。」

榊の言葉とともに佐山は消えていた。


相変わらずだと、榊は腕をさすりながら思った。

その余波を切り裂くように携帯電話が鳴った。発信者には神楽の名前があった。


「もしもし」

『榊、明日の夜あいてる?』

急な誘いだ。女子高生がおっさん相手にデートのお誘いか?


「唐突だな。私には妻が……」

『明日の夜、神還しを行う。19時に来て。』

冗談が通じない。


「聞いてないな。悪いが19時は無理だ。」

『時間はずらせない』

この子も頑固なやつだな……。榊は若干あきれていた。


「なら19時から始めてくれ。私は後から合流する。それならどうだ?」

『じゃあ、また電話して。』

そして電話は唐突に切れた。


榊は携帯を畳むと、また帰り道をとぼとぼと歩くことにした。

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