5 特別交渉係 神楽ミキ

「お帰り。ミキお客さんだ。」

寛三が固まったミキに対応する。

「どうも。」

「何か用?」

榊は拍子外れだった。

「頼んだのはそっちだろう、受付に会いたいというメッセージとこの間の名刺を置いていったのは。」

「ちょっと待ってて?着替えてくる。」


そのまま奥へと入った。


「いつもああなんですか?」

「人見知りが激しいだけです。」

「あまり心を開かれていないんですか?」

「そうでもないです。あの態度は多分、榊さんが来たからでしょう。」

「そうですか。」


「そういえば名刺に書いてある特別交渉担当というのはいったいなんですか?」

「ああ、それに関しては単に娘が勝手に言っているだけです。」

「勝手に?」

「特別交渉…、そのあたりは神還師かみかえしのことです。」

「かみかえし…」

寛三は榊を応接に案内すると、座って語り出した。


「さっきも言いましたが、土地神が本体の場所を護れなくなった為に迷い神になります。だからと言って迷い神は迷い神のままでいる事は避けないといけない。それは神にとっても、人間にとっても、です。」

寛三はコーヒーをカップに注ぎながら言った。

「その迷い神を元の土地神に戻すことを専門に行う者たちのことを我々の間では神還師と呼んでいます。」

「専門にということは不動産業も寺社も仮の…」

「仮の姿とかではありません。元々お寺や神社に関してはそのような能力を持つ人たちが居ることがあるんです。……ほんの一部ですけど。」

寛三は少し焦りながらしゃべる。

「それに不動産業はこういった土地を扱う上では色々とやりやすい、というのも理由の一つにあります。」

寛三は榊にコーヒーを勧めた。

「それは土地神に対して?」

「そういった所です。」


寛三はここでふと思い出したように話を切り替えた。

「ところで間違いかもしれないが、さかきと言っていたが、出身は四国ですか?」

榊は問われてドキッとした。その驚きは質問が正しいという点である。

「ええ、色々と転校はしていますが実家は四国です。」

「昔からの旧家ですか?」

「さぁ、似たような名字は地元にも結構いますから。」

「そうですか。」

「なぜ?」

「いえ、とくに。榊と言えば……」


寛三が喋ろうとしたとき着替えを終えたミキが入ってきた。

「これはまたお話ししましょう。」


「一つ確認しておきたいんど」

「何?」

「この間の事だけど……、」

「くぬぎ山の坊主か?」

榊が言うとミキは少しもじもじしながら、

「そのことを、取材……、」

「前にも言ったけど、取材もしないし、取り扱わない。それは変わらない」

「そう…」

「扱えたとしてもバラエティーレベルだな。それでは君の望むスタイルではないだろう。」

榊はいただいたコーヒーを少し飲む。良い香りだ……ちらっと寛三を見る。


「……なぜあなたは見えて聴こえるの?」

「……」

ミキの質問に榊は一瞬黙った。

「わからん。そういった理由は覚えてはいない」

「そう」

「他には何か?」

「えっ?」

榊の不意な質問に神楽は黙った。


「まぁ、今日は君に呼ばれてきたからね。他にも何か話が有ったのでは?」


「あの……」

ミキはモジモジしながら次の言葉を言おうと必死になっているようだった。

「もしこれだけだったら帰るけど?」

「あ、いや、えっと……」

さらにミキは焦る。


「ミキはあなたの能力を買っているんです。」

それを見ていた父親の寛三が助け船を出した。

「あなたも見透かしているとおり、ミキの能力は見るにしか特化しておらず交渉としては致命的だ。もちろんあの子の交渉には聴く者バディがいますが、たまに体調が優れない時の為に、榊さんの力を借りたいのです」

「あなたの弟はどうなのですか?確か見えると……」

「弟については色々と有りましてね。お話はできませんが、娘とはともに行動はできません」

寛三は静かに強く答えた。

「ただ、何も解りませんよ。」

「それはわかります。本来神還師は免許制なのでそのあたりの取り扱いは色々と制限は有りますが、見習いペーパーであれば一緒に活動する事も可能です」

「都合が良すぎますな。残念だが興味はありませんね」

榊はコーヒーをもう少し飲む。

「その能力をコントロール出来れば、変なものを見ることは少なくなると思いますが?」


「今更感はありますね。」

榊は寛三の言葉に反応はしなかった。


「そう言う人は何人かいましたけど。別にこの状況には慣れていますから」

榊は腕時計を見ると、残りのコーヒーを飲んだ。

「そろそろ失礼します。お話し参考になりました。また、神事などの関係について取材させてください。神話ネタは結構ウケが良いので。」

「ええ、かまいませんよ。」

「この辺りの郷土史は詳しいですか?」

「ええ、多少。」

「それは助かります、では失礼します。」

榊は、まだどぎまぎしている神楽をみた。

「では機会あればまた」

榊が戸を開けようとすると、扉が開いた。


「こんにちわー。」


店内に明るい声が響きわたった。榊の目の前には、おおよそ不動産とも、神社関係とも相容れない格好をした女性が立っていた。白フリルのドレスに黒を多様に入れた格好は一時期流行のメイドよりもロリータファッションそのもののようだ。手には大型のスーツケースを持っている。旅行帰りだろうか。


「ああ、藤本ふじもとさんいらっしゃい。」

「社長どうも。珍しいわね、お客さん?」

藤本と呼ばれた女性は榊をじろっと見ている。

「同業者だ。」

「土地?還師かえし?それはどっちの?」

神還師かえしのな。」

「ふーん……。」

藤本は私の目をじっと見ている、『ほんとに見えるのか?』と疑う目だ。その視線が榊の左腕に移る。

その視線に気づいた榊は左手を後ろに回そうとすると藤本はその腕をつかんだ。


「おい、ちょっと!」

女性は一瞬顔をこわばらせたと思うと、次の瞬間には元の笑顔に戻った。


「なるほどね。」榊の腕を離した。

「私は藤本ふじもと由美ゆみ、こう見えて神還師よ、よろしく。」

藤本は手を差し伸べたが榊は腕をつかまれた事もあってか握手は避けた。

榊の態度に藤本は嫌悪感を感じたが、腕を掴んだ事を少し後悔したようだ。


「由美姉、今日は何を持ってきたの?」

「頼まれていた防御のメンテナンスとパワーアップ、一通りできたから持ってきたわ。」

持ってきていたスーツケースを開けると、そこにはスポンジケースに小綺麗に整頓された様々な武器や道具が用意されていた。

「なんだ?」

榊はあきれていた。

その呆れをよそに淡々と藤本は神楽親子に説明を始めた。

「保護キャッチャーはこの間のから多少改良しておいた。束縛時間は少し長めにとってある。」

藤本はスーツケースに入っていた道具を一つ一つ取り出すと、どこかの通販番組のように丁寧に説明を行う。榊はキャッチャーと呼ばれるものを見たが、なんてことはない ただのコートである。

「コートにしか見えないが?」

「網持って歩くわけ?」

藤本はあきれて榊を見た。『当たり前だろ?』という反応をされて榊は少し腐る。

「コートの内側には迷い神を保護できる樫の繊維から編んだ布を混ぜてあるの。一度使ったら必ず清めないといけないのは今までと同じ。」

榊からコートを取ると次の装備を取り出す。今度は手袋とスポーツで使うようなプロテクターだ。

「防御プロテクターは電極の位置を変更してるわ。」

手袋のような素材の上に金属製の突起物がある。これが言っていた電極であろう。

「前のが使いやすかったけどな。」

「それで手の甲におおあざ作ったのは誰?手の甲ではなくて掌で防御してちょうだい。」

「これは本物か?」

榊ははまっていた拳銃を見た。よく映画などで見かけるオートマチックのコルトガバメントによく似ている。

「それは懐中電灯。LEDの光源に特殊な波長のフィルタを掛けてる。一時的に相手の動きを止めることが出来るわ。止めるといっても時間的なものストップ・モーションではなくて軽い金縛りのようなものね」


榊にとって、聞けば聞くほど・見れば見るほどがらくたに見えてくる。

「いったいこんなの何の為に?」

「交渉が拗れたときのための防御よ。」

「交渉?」

榊の反応に藤本も作業の手を止めて榊を見ていた。


「……この人ほんとに同業者かみかえし?」

藤本は疑いの目で榊を見た。

「数分前に知ったばかりの素人だ。」

「……本業は何?」

榊は海原テレビの名刺を藤本に渡した。普段の取材で使う名刺で、肩書は記者となっている。

「記者?見憶えないんだけどな…。」

「そういうもんだ。」


藤本は榊に名刺を渡す。名刺には「藤本病院 藤本由美」と書かれているだけだった。

「医者なのか?」

「医者ではないわ、主に病院の経営管理を担当してる。あとはちょっと特殊な『治療』もね」

「特殊?」

「まぁ、追々わかるわ」

「警察沙汰になるようなネタじゃないよな…」

「それはないわ」

藤本は榊の対応に少しいらっとしていたようだ。藤本は寛三を見ると『本当に大丈夫なのか?』という顔をした。


「すまないが、そんな顔をされても困る。」

榊が藤本の顔を察知して先に謝っておく。

「はっきり言って見えたり聞こえたりすることに関しては信じてはやれるが、よくわからないんだ。」

「わかってるわ…」

藤本がため息をつく


神還師かみかえしが迷い神を元の場所に戻す方法の基本は交渉なの。本来迷い神には悪意なんて無いの。」

「その交渉というのは、どういうもの?」

「そのままよ。迷い神に元の場所に戻ってもらうように交渉をするの。」

「会話で、か?」

「そう。」

武器を用意する藤本の言う交渉の意味合いがわからなくなってきた。

「迷い神に戻ってもらうように会話して、元の場所に戻ってもらうの。」

「待て、そうなると見えるだけではなくて聞く能力も必要になるんじゃないか?そこのお嬢さんの場合は見えるが聴こえないのでは?」

「そう、聴くということに関しては私が担当しているの。どちらかに長けている、またはどちらかが欠けている場合は複数人で対応することは別に違反じゃないの。」

「補えば問題ないという話でしたな。しかも免許制と聞いたが。」

「そのあたりはそう面倒な話じゃないわ。必要なら対策を講じないといけない」

「対策?」

「人と人との交渉や恋のやりとりだって、うまくいくこともあれば拗れることもあるでしょう?拗れたら拗れたなりの対策が必要になるの。」


藤本の話を聞きながら、ふと気になることがあった。

「しかし不思議な話だな、人間の手で追いやられた神様を、人間の手で戻すとはな。元々は人間の勝手、ってやつなんだろう?」

藤本と神楽が榊を見た。帰るとか言いながら結局話に付き合ってしまった以上、ここまで来たら話に付き合いたくなってきた。

「ただ、土地神との付き合いが悪かったってだけならね。簡単で単純な方が良いわ」

「それは追いやられている、という言葉にはならんだろ?」

「まぁね。確かにそういうあなたの考え方もあるけど、でもそれは人間の勝手な尺度よ。全てが全てに悪意があるわけではないのよ。無茶なことをした場合は人間側がその償いをしてあげれば迷い神は危害を与えないわ」

「……互いの主観の相違か。いざとなったら天変地異をもたらすことも可能とか?」

「ええ、そうよ。」

榊はじっと藤本たちをみる。三人の表情が最初よりも厳しくなっている。

「だからあなたもいかに交渉をうまくするかが問題なの。うまく交渉して折り合わせられれば被害は最小限で終わる。」

「あなたも、という表現は別にして……、うまくいかなかったら?」

「命はない。」

「……。」

「そんなに心配することじゃないわ。そのための対策なんだから。」

「対策ね。」

拳銃を横目に見ながらあきれている榊に対して藤本は話を続ける。

「迷い神は怒らせたら凶暴だから、その分自分の命を守ることを優先させないといけない。そこが霊媒とかとの大きな違いね。」

「霊媒?」

「あなたたちの言葉で言うと霊能力者とか幽霊退治屋とでも言うのかしら。霊媒という言葉よりも私たちは魔封師まふうじとも言っているの。攻撃専門の野蛮人。」

「えらい言い方だな。封じるという考えが攻撃という意味か?」

「犬猿の仲だし、本来の考え方が違う。」

「考え方?は変わらないはずでは?」

「神還師は迷い神に傷をつけたりしない。あいつら平然と土地神殺すから嫌なのよ。」

「土地神を殺す?防御も使い方次第では攻撃だろ?」


「一緒にしないで。」


藤本は苛つきながら言葉を返した。

「私たちの仕事は平穏に還すことなんだから。」


少し言い過ぎたことを榊は軽く後悔した。

「交渉が唯一の武器か。」

「防御は本当にその場しのぎ。その分防御も強力だけど。」

「強力ね……。」


榊の携帯が鳴った「失礼」

榊が電話に出ると市内で事故が発生したということで呼び出しがかかった。


「では忙しくなってきたから今度こそ失礼する。」

「ねぇ、」

去ろうとした榊を神楽が呼び止めた。


「まだ何か?」

「その力の事を知りたいなら、夜来て。」

「ミキ……、迷惑だろう。」

「それだけで良いのか?」

「わたしも賛成だわ。あなたの能力は気になるし…、でも。」

藤本も神楽の提案には乗り気だった。

「でも?」

「あなたがそれに付いてこれるかが問題だけど。」

「解らんぞ。意外に追い越すかもな。」

榊は不動産を出た。


藤本は渡された榊の名刺をじっと見ている。

「どうしたの由美姉?」

「ねぇ、社長あの…、何でもない、ちょっと失礼するわ。」

藤本も外に出た。


――交渉か。

玄条寺の外に出た榊は、神楽たちの言葉を思い出していた。

神還師の存在というのは何となくこの間のことも含めて多少の理解はしている。おそらく、よく見えている訳のわからない物の怪は迷い神であろうことも。

榊はため息をつくと、表情を厳しくさせた。さっきの表情とは全く違うモノになっていた。


――訳わからないものに巻き込まれたな。


左腕をさすりながら榊は思っていた。榊にとってさっきの話は理解していた。表現は異なるが恐らくそれは……、


「あんた」


少々雑多く感じながら会社に向かって歩こうとした途端声を掛けられた。

後ろに藤本が立っていた。


「あなた、今のままならその命、数年も持たないわよ」


「……」


榊は黙っていた。藤本にはどうやら感じるものがあったらしい。

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