結章 第2書へのエンディング

結章

――四国の西側に西川にしかわ市という町がある。


西川市は人口3万人程度の小さな市だ。平成の大合併以降に発足したこの市は2つの町が合併した市である。両町足しても市に昇格する5万人を割っていたが、当時の特例に基づいて市へと昇格した。


その西川市は元々、西信にしのぶ町と内川うちかわ町という2つの郡町からなっていた。西信川という河川に分かれた2つの町は、隣同士ではあったが、西に大きな県庁所在地がある影響で西信町のほうが人口も規模でも勝っていた。その西信川の東側にある内川町は人口1万人ほどの小さな町だが、海から続く平野の果てでもありながら、東側には四国山地の一部を持つ自然豊かな町でもある。


そんな四国のいち市町の話を、今まで中国地方の東里市に住み、東里市を舞台に小説を書いていた私が、この四国の一地方都市に興味を持ったのか?


それは、少し奇妙な話があったからだ……。


――2019年、第一書が脱稿間近の頃、その内容を数少ない知り合いの『N』に話していた時だった。人の少ない午後の喫茶店で、Nは私の小説を読んで大体予想していた感想を一通り述べた後、神還師というキーワードに少しに気になっていた感があった。


「この榊というのがお前さんの知り合いなんだよな?」

「ああ、そうだが。」

「四国出身なのは間違いないのか?」

「それもほぼ間違いではない。どの県市町村なのかは教えてくれなかったけど、次の第2書で四国に関する話は書こうかなとは思っているんだ。」

「そうか……」

Nは作品を私に返すと腕を組んで物思いにふけっていた。その表情は少し厳しさがあった。


「何か気になるのか?」

私がNに質問をするが、Nはただ何も言わずに考えていた。

「まさかお前、榊の事を知っているとか……」

確証があるわけではなかったが、ふと私はNに確度のない質問してみた。


Nは私を厳しい表情のままじっと見ていた。

「あ、いや。榊という人間や、君の言う神還師といった空想モノファンタジーの事は知らんが、私の知っている話に奇妙な事があってね……」

「奇妙な事?」


「私の実家がある内川町――今は合併して西川市という町になったが――この町に今は全く人が住まないとある廃集落があるんだ」

Nは静かにしゃべる。

「廃集落なんて、その存在自体が何か魑魅魍魎の類いを勝手に作られてしまうのではないか?」

限界集落や廃集落なんて日本全国どこにでもある話で、少子高齢化や地理的な問題はかなり大きい。


しかしNはその集落を廃村に落とし込めたのは先の理由では全く無いのだという。


「約30年前の話だ、そもそもその集落自体は約二十世帯五十人程いたそれなりに大きい集落だったんだが、その集落はわずか半年足らずで、その世帯を根こそぎ消失させたんだ」

「半年足らず?その世帯数なら十分立ち退きさせられる期間じゃないか?」

「もちろん半年の時間ならな。正確にはたった2回の厄災でな」

「厄災?」


聞けばその厄災とは最初は大火事、そして豪雨による土砂災害だという。その2度の厄災により、集落での生活は不可能になった。


「2回目の豪雨については自然の問題が少しあるからそんなに重要性はないんだが、最初の大火事は人災で集落の3分の2が焼失したんだ。その事件自体すべてが妙だったというんだ」

「妙?」

「ああ……」

Nは少し声を殺して小声で私につぶやいた。


「そんな大火事があったなら一定の報道ぐらい行うはずだが、その報道がまったくなかったということ。何か大きな力でうやむやにされたということだ。」

Nは伝票を持って立ち上がる。

 

「話は面白かった。私の話が、君の話にリンクできるかどうかは知らないが、参考になるなら行って調べてみると良いかもしれんな」


Nは私にそう言うと、店を出た。私は原稿に目をやると、無意識に走り書きされた『旧内川町』と『廃集落』の文字があった。


――二日後、私は車を走らせ、東里から四国へ向かった。そこから約一週間、西川市の市立図書館と県立図書館に入り浸ると西川市に起こった出来事を抽出しながら、Nが言った廃集落の災害を調べていた。廃集落の災害は2度目の集中豪雨による土砂災害を中心に述べていたが、最初の火事については記事が無かった。地方版の隅に書かれた事故記事程度の扱いしかかれていなかった。宿泊先のビジネスホテルでも詳細を知りたくなり、インターネットの噂について漁っていた。

うわさとはいえ、廃集落になって以降は心霊スポットといった下世話な話が目立つ。廃れていく廃集落の現状が肝試しという行為によって表現されていた。


そんな微妙なサイトを漁っていくうちにネット掲示板にたどり着いた。廃集落の話もスレッドとして登録されていたが、ほとんどレスを見る人がいない状態で、最終更新も数年前だった。そのレスを追いかけても特に何かがあるわけでもないと思っていたときだった。あるスレの一文に気になる表記があった。


『廃集落の幽霊話が目立っているけど、あの集落は25年前の豪雨災害の前の大火事が人為的なものらしい。報道はされていないが、人も死んでいたらしい。その報道を差し止めたのもその関係者という噂らしい。内川町には古くからの自治組織があって、その組織によって事故の件も封じられた事も噂にあるらしい。』

『内川町の自治組織というのは噂で聞いたことがある。あそこは寺社の力が強くて、警察も力が及ばないという話でしょ?』――2014年4月


若干のフィクションも掲示板には漂っていたが、内川町には何かあるのか、ともいえる状況に実際に町に行くべきかもしれないと思っていた。

四国滞在最終日、私は再度旧内川町に入った。廃集落までは心霊サイトの情報を元に位置はわかっていた。カーナビによる指示に従い、私は開けた集落らしき跡地に出た。集落が廃れてから30年が経過している事と、土砂災害の影響もあり、目立つ家屋など無く、ほとんどが洗い流されたのか、古い土地の基礎だけが残るような状況だった。


更に進むと慰霊碑が見えた。慰霊碑には『平成元年狛江谷土砂災害 慰霊碑』と書かれており、説明板はなかったが、このあたりが、狛江谷こまえだにと呼ばれる集落と言う事がわかった。


「ちょっとすまないが」


私が手を合わせて拝んでいると後ろから声がした。振り向くと一人の老人がじっと私を見ていた。


「何でしょう?」

「あんたこの谷の関係者かね?」

私は一瞬ドキッとした。他県ナンバーの車でこの集落跡地を訪れるなど、完全に冷やかし目的か肝試し目的でしかないのであろう。


「いえ、全く関係の無い他県の人間です。ここには調査できました。」

「調査?自然災害の研究者かね?」

冷やかし目的ではないと察知したのか若干の語調は弱くなったが、視線は鋭い。

「いえ、土砂災害ではなく、私は火事の方の調査で……」


その言葉と同時に老人は近づき制止する仕草をとる。

「みだりにその言葉を述べてはならん。この集落は今も監視されておるからな」

「どういうことです?」

老人はついてこいと言う仕草をすると、私の車の後ろに停めてあった軽ワゴンに乗り込んだ。私も自分の車に乗り込むとその車について行くことにした。集落を降り、道路のひらけた所に出てくると軽ワゴンはハザードをつけた。老人は車から出ると私の車のドアまで近づいた。ウインドウを下げて老人の顔を見る。

「少し話そうか」


老人と私は車の置いたそばで狛江谷について、話を聞いた。老人は狛江谷の出身で災害の後、谷を降りて別の場所で暮らしていた。火事の日の事も憶えていた。その話の内容は割愛するが、老人の気になる話はその後につぶやいた、ある組織の事だった。

「自治組織というか、この町にはその昔、二つの勢力の寺社一族がおってな、その両者が互いの身を削りながらこの町を統括していたんじゃ」

寺社勢力という言葉に神還師のことがよぎった。老人は続ける。

「二つの寺社一族は元々一つの一族だったが、ある時代に世継ぎが同時に二人生まれた。そこから二つの家ができあがった。本家である榊家に対して、二つの家に分かれたのじゃ」

「榊家?まさか神還師の?」

私の言葉に老人はポカンとした。

「何じゃね、そのナントカかえしとは?」

止めてしまった老人の言葉に私が謝ると、更に話を続け、その老人と別れた。



その話がこの後の第二書において、かなりの広がりを持つ事になるのは、かなり先の話である。そしてもう一つ、この市に伝わる重要文化財について書いておく。


〇由玄寺十文字槍――平成元年10月1日 町有形文化財に指定

 内川町由玄寺に伝わる祭祀用十文字槍、代々榊家によって管理され、神事他祈祷にも使用されていたとしているが、本家榊家の血筋が戦後直後に途絶えて以降は、分家である柏家により管理されており、門外不出となっている。現在神事は行われていない。

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神還師 ~魑魅魍魎が見える報道記者と、それを副業にするJK親子とゴスロリ女~ 秀中道夫 @hidenaka_30

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