第6話 片山富嶽とは何者なのか 其の一
真夜中の山を横たわる巨人に例えた文豪がいる。
戯れに「いつまで寝ているつもりだ」と山へ問いかけて、「いつまでだろうなあ」と返事が返ってくるような体験をしてみたければ、
片山富嶽は東熊山の麓で生まれた。
体も心も並外れて大きくなったのは、
土地の寺社の古文書を紐解くと、鎌倉時代の春の晩、飛来した流星が東熊山に激突し、中から巨大な鬼女が現れた。大里逗家が守護代を務める一柳村を夜明け間際まで荒らしまわった挙句、救いを求める村人の祈りに応えた土地の鎮守神・三光大明神の霊威により滅ぼされたという。
三光とは日月星辰の化身のことで、日光の使者の烏が観音経を、月光の使者の兎が神酒を、明星の使者の獅子が魔物を誅する刀を持って現れた。
神酒で超人的な運動能力を得た大里逗家の姫が、観音経で鬼女の動きを封じ、霊剣で首をはね、胴体は東熊山がその身を投げつけて下敷きにした。
山塊に潰された後も、鬼女の胴は足掻き続け、首の切断面から呪いの血霧を噴き出し、息の音が止まるまでの数日間、赤い雨が村に降り注いだと伝えられる。
大里逗家では鎮魂も兼ね、その剛強さと生命力を讃えて屋敷神に祀り、やがて不動信仰や山岳信仰とも融合し、村民からも悪遮羅大明神と呼ばれるに至った。
時期を同じくして大里逗流剣術も悪遮羅流と改称、武術にとどまらず忍術や法術の類までを吸収して数派に別れ、
鬼女討伐に最も貢献したのが一族の姫であったため、門下生の中から心技体に傑出した女子が登場した場合、
それは数百年の時を経ても現役の儀式として残され、悪遮羅流の人間、特に女性の門下生にとっては憧れの称号であり続けている。
つまり、生きた称号を授かることは嫉妬の対象となるには十分な理由足り得た。本家の長女なら多少の技量不足は大目に見れても、末の末家である片山の娘では、承服しかねる者が多数いたのも無理からぬ話だったのである。
しかしながら富嶽にしてみれば不当な言いがかりを受けたに等しい。実際、彼女が悪遮羅姫に選ばれたのは純粋に実力であり、天意としか言いようがなかった。
「それを
富嶽は山荘の六畳間で仰向けになり、十日前の寸劇のごとき大里逗家当主の醜態ぶりを思い出していた。
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