首が詰る

 「異星の文明を一夜にして滅ぼしたる力、我に与えたまえー!」

 両手を広げて如斎谷昆はアシャラに向かって身を投げ出す。


 (うぬはグレイの同類はらからであったか!)

 「ぐっ」


 祖霊からの返答は毛槍。如斎谷の長躯に突き刺さった。

 カウンターで腹に一本、両肩に一本ずつ。


 「始祖様……私が何か粗相でも……」

 (もう騙されぬ! 吾は賢くなったわ!)


 鬼女の血族たる羅刹女ラクシャーシは皮膚は天然の防刃繊維であったが、かなり深く抉られた。

 頭髪が鞭のようにしなって、血色の彼方へ昆を投げ捨てる。


 「私を串刺しにしてポイとは……その力ますます欲しい!」

 「如斎谷さーん!」


 気合で肩の羽根矢を引き抜いた。

 落ちゆく昆へ手を伸ばすが、到底届くものではない。


 「私に任せてください!」

 忠太が右手の指先を揃えて昆へ向ける。

 「北胡蝶の蚕子クワゴの糸がくっつきました! これで如斎谷様の行方は探知できますから若先生は戦闘たたかいに専念を!」

 「ありがたい」


 桜精おうせいの元へ導いてくれた霊蚕の命綱、なまじの力では切れぬ糸で繋がっていればひとまず安心だろう。

 頃合いよく鹿鳴喚の毒も消え、中道剣を構え直す。


 「改めて行くぞ! 覚悟はいいな」

 (歯向かいおって憑依先うつわが!)

 悪鬼が吼えた。波打つ声が空間を歪ませ富嶽とぶつかった。


 (ヴィカラーラの血を宿し者はヴィカラーラの下へ!)

 肉体をじわじわ浸食されるような感触は、単なる大音量の怒号ではないことを物語る。

 大女おとめは腹に力を入れて中空に留り、忠太はもがき苦しむ。


 「忠太君これを!」

 投げてよこしたのは真珠の輝きの宝珠。

 苦悶に叫ぶ桜精の口へ見事入った。


 「持っていなさい! 悪念に支配されずに済む!」

 「わ……若先生こそお気を確かに!」

 肉迫する富嶽への対応に追われて頭髪の拘束も緩み、忠太はどうにか縛られた手を動かし、口中の宝珠を握り締めた。


 「後は私が凌ぎきれば──」

 勝利は目前と思った時、視界の斜め上に人の顔が浮かんだ。

 鬼女の巨顔より遙かに小さく美しい顔には見覚えがある。


 「オベローとかいう惑星ほしの……聖女⁉」

 慈愛の心でアシャラの抱える空虚を癒そうとして焼き殺された乙女だ。首から上だけの姿で、富嶽を見下ろしている。


 宙の首は次々と現れた。強く記憶に焼き付いている者もいれば、見たかもしれぬという程度の顔もあったが、尽くアシャラに蹂躙された惑星の住人達であることは明らか。


 「鬼女の娘め」

 聖女が憎悪の籠もった声を発した。

 「片腹痛い悪魔の娘め」

 「な、なんですと……⁉」

 他の首も口々に富嶽を詰り始めた。


 「私達は殺された」

 「おまえの祖先に殺された」

 「炎の息で焼き尽くされた」

 「頭を指で潰された」

 「痰をかけられ溶かされた」

 「馬ごと灰に変えられた」

 「おまえは喃々生きている」

 「悪鬼の力で生きている」

 「眩い剣を携えて」

 「綺麗なわっぱも従えて」

 「鬼女の力で正道を」

 「歩んでみせると絵空事」

 「思い上がった偽善者め」

 「歩めるものなら歩むがいい」

 「生きれるものなら生きるがいい」


 何百という首は悪鬼の犠牲者のごく一部。

 すべてが出現すれば、この無間の空間すら死人しびとの顔で埋め尽くされる。


 「違う。私が望んでアシャラの血を受け継いだわけでは──」

 万軍の兵士にすら臆さぬ富嶽が耳を塞ぐ。非業の死を遂げ、無念を抱いたまま浮遊する魂は、勇猛さでは救済不可。

 この人達には、道理を反れた雑言を浴びせる資格がある。


 「違うのだ。私の力は──」

 弁解を口にしかけた時、懐かしい声が降ってきた。


 「コラーッ! 富嶽! しっかりおしーっ!」


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