第20話 悪女たちの午後 其の二

 睨みつけてから栄姫はドキッとした。

 一メートルと置かぬ先に立つのは見知った長身の女。

 「やあ射水さん」


 側近二人は顔面を鷲掴みにされて左右に押しのけられている。190センチの体躯が音もなく背後に迫っていた事実に栄姫は慄然とした。


 「如斎谷……さん?」

 「病院帰りに偶然会うとは、奇妙なご縁ですなあ」

 「病院?」

 富嶽の次ぐらいこの女には不似合いな場所だ。精神はひたすら不健全だが。


 「あなたどこか悪いの?」

 「いえいえ院長に融通して欲しい物があったので直談判にね。生憎やんわりと拒否されてしまったが、まあ土台無理な話だったのだ」

 商業ルートに出回らない薬品か何かだろうか。

 

 「何でもいいけど、あなたも含むところがあって一柳町へ来たんでしょう? それとも、晶美みたいにわたしの手口が汚いとか説経しに来たのかしら」

 自身が策に頼るタイプだけあって栄姫も、この腹の底の読めぬ女を苦手としており、大里逗邸で顔を合わせてからも極力言葉をかわさず、関わりを避けていたのだ。


 「援軍さ。誰に着くべきか決めかねていたのだが、射水さん、この如斎谷昆、あなたに助勢させてもおう」

 「わたしに力を貸すっていうの?」

 「貸させてほしい。おのれを小者と認める潔さが気に入った。強者に肩入れするほどつまらんゲームはない。小者にこそ味方のしがいがありますからな」

 「あんた失礼ね! 姫に向かって小者を連呼し過ぎよ!」

 「本家の旦那様の姪御だか知らないけど、会議の席では何も発言せずに座ってただけのくせに!」

 リーダーを貶され、猛然と食ってかかったカヲルとイサヲだったが、昆が取り出した獲物で眉間を打たれてうずくまった。


 「腰巾着ふぜいが私に直に口をきくな」

 顔の前で広げたのは扇子。飾り羽も艶やかな孔雀が描かれている。

 「いかがかな射水さん、かねてからの研究の成果を試してみたいと考えていたところへ此度の事態、断る手はありませんぞ」

 「……何がほしいの? 慈善活動のわけないわよね?」

 「研究材料の採取をお願いしたい」

 昆は取引成立の笑顔を浮かべた。

 「あなたも昆獣使いの家の生まれ、操蝶術ぐらい心得ているな?」

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