第21話 幕間・凶刃
その晩、富嶽はがっかりした。
昼間あれだけ心躍る思いをしたのだから、今夜からは悪夢に悩まされることもないだろうと楽観視していたのだが、どうやら夢は現実と関連性はないらしい。
(日本だな……それも一柳の庄だ)
どこかの城の中だ。おそらく今は東熊山の南に城跡を遺すのみの一柳城。人物の装束からしても時代的には鬼女の出現から数年後といったところか。
内容的には最悪だった。もっとも辛い夢だった。ただ傍観しているだけしかできないのであれば鬼女の暴虐のほうが救いがあるとさえいえた。
(誰だ! あの血刀を振り回しているのは……!)
暴れているのは人間だった。若い娘が刀を手に人々を追い回している。
城内のあちこちに転がる死体と切り落とされた手足。回廊に点々とつづく血痕。
娘を遠巻きにして家臣らが口々に叫ぶ。
「姫がご乱心なされた!」
「お鎮まりを!」
「誰か取り押さえい!」
しかし、近寄った者らは一刀のもとに斬り捨てられた。間合いに入ることが即死を意味する必殺の狂刃を、思わず富嶽は凝視した。
(あれは中道剣!)
並みの体格の少女に不釣り合いな大刀は、間違いなく一柳家の家宝にして、今は我が手元にある悪遮羅流の霊剣。
(すると、あの姫は一柳家の──)
推測に呼応するがごとく、凶行の過程がコマ送りの映画になって目に浮かぶ。
諸肌脱いで殺戮を繰り広げているのは一柳の姫。鬼女を倒してからの三年間、徐々に言動に異常が見られ、ついにこの夜、完全に正気を失うに至った。
観月の宴の席で、いきなり中道剣を抜いて、母を唐竹割にしたのだ。
後は奇声をあげて、手当たり次第に斬りまくった。
(もうやめろ! やめんと私が相手だ!)
無駄とわかっていても叫ばずにはいられなかった。しかし、富嶽の声はもとより現場に居合わせた家中の者らの制止も届かなかった。
結局、やむなしと判断した父たる領主の命令で、姫は全身に矢を受けて逃亡した。城外でも行き合う人間を斬り捨てて走り、湖水のほとりで自死を遂げた。
(鬼女の……悪遮羅の呪いか……)
姫が割腹すると同時にはっと目が覚めた。
梁にかかった振り子時計を見ると五時前である。
「中道剣を持つ者には呪いが降りかかる……?」
寝返りを打って顔を枕にうずめる。
「しかし……あの姫の顔は……」
初に似ていた。血走った目は鬼女に似ていた。
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