後始末 其の二

 小さな体が斜めに割れた。

 倒れた骸は有角、醜悪な顔面は鬼か野猿ましらの如し。


 「やはり逃げた個体やつもおったか」

 巡礼姿の片山斤吾は、嘆息しつつ納刀する。


 富嶽を山荘まで送り、勝利の余韻と共に忠太を抱く夢を見ながら眠りへ落ちて行くのを見届けた後、彼は再び霊峰巡りの旅へと戻った。

 東熊山を離れて比叡山へ差し掛かった辺りで、妖気を感知、記憶に新しいそれはアシャラの眷属の残党だった。


 半日かけて追跡、二匹までは容易く斬り捨てたが、最後の一匹は隠形性に秀でており、追い詰めるのに手間取った。そこで敢えて剣気を抑え、見失った演技ふりで山道を反れるや襲い掛かってきた。

 袈裟斬りで屠ってみれば、ニホンザル並みだった体躯が小児大にまで成長している。先に斃した二個体も一回りは大きかった。

 つまり体積を増やす為の肉を補給したということ。


 「断定はできんが人を食ったかもしれん」


 雷光のような木漏れ日に悪鬼の骸が溶け崩れる。

 引き返すべきかと表情かおを顰めた瞬間、梢が激しく揺らいだ。

 斤吾は手近な幹にを当てた。


 「わかっているよ涙怖るふ。湖国には芽類さんも満喜雄さんもいる。置塩君も妻城君も桜井君も、射水君達も一応……何よりおまえも地霊として一柳町を護ってくれている」

 大地と大樹を介して送られる亡妻の言葉こえに耳を浸す。


 「中道剣と三光の神器があればアシャラを追い返せたのだ。もう体力的にはおまえと同等だろうな。富嶽が更に腕を上げ、より純度の高い観音力を練り出せるようになれば、五体揃ったアシャラ相手でも希望が持てるだろう」


 我が娘は希望そのものではないかとさえ斤吾は思う。

 一瞬でも波長が合えば狂気を誘発、接触自体が危険極まりない絶大なるアシャラの闇。その悪念の夜空を切り裂く神威の流星こそ片山富嶽ではあるまいか。

 今は富嶽や本家の人々を信じて、当面の仕事に取り掛かろう。


 「アシャラに関する情報を共有できる協力者が欲しいな。曽禰茂光博士の教え子が京都にいると聞いたが……確か根室容保ねむろかたもり教授だったな」

 落葉を踏みしめ、再び山道へと出る。

 「野目氏の孫娘は、その人が引き取ったかもしれん。何故その可能性に気付かなんだか」

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