第42話 鬼女の惑星 其の二

 伊良忠太特製のお茶は、富嶽に新しい収穫をもたらした。

 奇しくも、というよりきわめて自然なことであったと解釈とらえるべきかもしれないが、夢の中の鬼女の名はアシャラ、悪遮羅流の由来たる伝説の鬼女と同じ名を持つことが判明したのだった。


 まるで赤子に戻った気分で眠りの快楽に身をゆだね、まどろみの深層にまで到達したかと思われた時点で、富嶽はいきなり頭を蹴られた。

 何をするかと跳ね起きて二度驚愕、鬼女が自分を見下ろしているではないか。

 『起きろアシャラ』

 (え? 母様⁉ それとも悪遮羅アシャラ⁉)


 悪遮羅そっくりの鬼女が、苛立たしく咆哮した。

 『アシャラおまえ! アシャラおまえ!』

 初めて耳にする乱雑で原始的な言語。

 意味が皆目わからないにもかかわらず、なぜか翻訳された内容が頭に入ってくる不思議に唖然としていると、今度は後ろから小突かれた。


 『寝ぼけるなアシャラ。狩りにいくぞ』

 反対側にも角を頂く鬼女が一匹。いや、周囲に複数の鬼女がいる。

 (なんたる怪異! 右も左も鬼だらけ!)

 だが、ならず者の中に置かれてこそ肝が据わる片山富嶽、異常な場面が却って状況を観察、分析する余裕を彼女に与えた。


 まず頭を蹴った鬼女だが、悪遮羅とは顔つきが違う。全身の入れ墨模様も深紅で描かれ、角は額部に一本、人間寄りのプロポーションで、いかにも敏速そうだ。他の個体もそれぞれ体格や角の形状など微妙に異なっている。

 しかも夢の鬼女よりはるかに小さい。せいぜい五~八メートル、見渡せる範囲で最大の個体である自身ですらも十メートル余りといったところだ。


 (……私はあの鬼女の中に入っているらしい)

 おのれの手を見ると指には鉤爪、異星の女を摘み潰した指と同じだ。

 他の個体が自分のことをアシャラと呼ぶことからしても、精神が肉体に憑依する形で、鬼女の過去を追体験しているらしい。

 どうやら、ここは鬼女の故郷。他種族の殺戮の旅に出発する前の出来事のようだ。


 『ドゥルガが呼んでる! エサ探す!』

 ドゥルガって誰ですと聞いたら殴られた。

 『狩り出る! エサ食う!』

 (へいへい、お食事の時間なんですね)

 喜悦に荒ぶる鬼女たちに調子を合わせておこうと決めたが、アシャラの口を借りて出る返事は、彼女らの用いる下等な言語でしかなかった。


 居場所を確認しておこうかと上を見る。やたら天井の高い洞窟だった。大柄な鬼女が巣食うのに十分な面積はある。

 腕力で穿たれたと思しき明り取りの小窓が開けられ、岩壁には芸術性でラスコー壁画に劣る動物の絵が描かれている。悲しむべきことには文字はない。


(この北京原人とかネアンデルタール人とかのほうが賢く見えそうな方々が、悪遮羅流の守護神だったりするのかな……?)

 軽く落胆しつつ、富嶽はぞろぞろ洞窟の外へ向かう仲間に着いていった。

(ところでドゥルガとは何者か? 鬼女を統べる存在のようだが)

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