第18話 山姫と桜の精 其の七
伊良忠太は、帰り道で胸の高鳴りを押さえるのに必死だった。
手にはお土産の草餅と、大桜の花びらをひとつかみ。
頬の熱気を早歩きで冷ましていると、年恰好の近い少年が横についてきた。
「富嶽さんに自腹のお土産渡せたかい?」
「五一! 今までどこにいたんですか」
「射水たちに捕まって木に縛り付けられてたんだよ。あいつら手口がいちいち汚いよな。滝壺に本家からの〝お土産〟を捨ててるところを背後から襲うんだから」
「……私が頼りないからですね」
視線を落とす相棒に武庫五一は肩をくっつける。
「あーダメっ、自分を責めるのはっ。悪いのは全部あいつらっ。忠太は全然悪くないっ。でも、責任を感じてくれてるんならお詫びのキスして」
突き出した唇の間へ草餅が押し込まれた。
「つけあがるな、いやらしい!」
租借し飲み込み終えてから五一は改めて尋ねる。
「ああ美味しい。で、富嶽さんとどんなお話したんだい?」
「別に。ご武運お祈りしますと言っただけです」
「お嬢が負けることを期待してるんだ。いけないんだあ裏切りは!」
「あの方が四面楚歌なのがお気の毒なだけです。あれだけの才能と人徳がおありなのに」
「うーん。でも、お嬢も大人気ないよね。カラダからして大人気ないんだけどさ。もう十七になるってのに小五レベルで――そうだ!」
突然の思いつきのようにこう言った。
「いっそ二人で初お嬢を裏切らない?」
「私たちを拾ってくださった本家のお嬢様になんてことを!」
「でも正直ウンザリだよ、あのチビ女。ケチだしヒステリックだし、入浴中に押し入ったり布団に潜り込んだりしたぐらいで烈火の如く怒り出すし」
「怒られて当然です」
「忠臣だね。自分は富嶽さんとイイ感じになったくせに僕だけ責めるか?」
「あの方は……私を憐れんでくれているだけです……」
「明日、一緒に行くんだろ?」
「約束しましたから……」
「しっかりアシストしなきゃね。僕はいいけど、あの人は裏切っちゃ駄目だよ。君の救い主になってくれる人だ」
紺碧の瞳を暗い影がよぎる。
「……あんな素敵な方二人といません」
「そうだね。君はとっくに富嶽さんの想い者になってる」
「五一」
忠太は花屑を強く握りしめ、盟友に頼んだ。
「手伝ってほしいことがあります」
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