第47話 鬼女の惑星 其の七

 狂乱の宴が、許されざる謝肉祭が始まった。

 『皆ゆけいっ!』

 ドゥルガの号令一下、崖上で痺れを切らせていた鬼女どもが、いっせいに飛び降りて突撃を開始した。

 横隊を組んで進軍する女巨人たち。いかんせん武功を挙げたい、実力を誇示したい、仲間より多く喰いたいといった欲望がチームワークに勝り、隊列が徐々に乱れる。


 それを見越したかのようにドゥルガが灼熱の吐息を放射、草原を焼き払い、異星マンモスを数頭をまとめて吹き飛ばす。

 アシャラがリーダー象を屠ったのが同時だった。五指を結合させて、右手全体を一本の杭に変えて、分厚い頭骨を粉砕したのだ。

 (手先が液体のように歪んで……)

 局部的な肉体変化メタモルフォースに金剛身に通じるものを感じた。


 すでに数十頭の群れは大混乱に陥っていた。外敵の接近を許し、リーダーを失った。襲撃者へ立ち向かおうとした個体たちも我先にと逃げ出す。

 追いついた鬼女たちが飛びかかり、毛深い背中へ馬乗りになる。紅模様の俊敏な鬼女が仲間たちに抜きん出た。

 アシャラ並みの獰猛さで、獲物の首にぶら下がり、喉笛に喰らい付く。

 (……卑しい戦い方だな) 


 毛長象たちは次々斃れていった。体格では女王以外の鬼女と遜色ない巨獣ではあったが、やはり彼らは草喰グリーンイーターいである。この惑星最悪の捕食者の奇襲を受ければ、手玉と化すのも自然の成り行きといえた。

 (それにしても……やり過ぎではないか⁉)


 山入りしてから見た悪夢とは事情が異なる。あの欧風世界で繰り広げられたのは破壊と凌辱、恐れ知らずの倫理への挑戦。だが、これは鬼女たちが生命を繋ぐための捕食活動、この惑星の生態系を澱みなく循環させる調整活動なのだ。人間の感傷を持ち込むこと自体が生命への冒涜たらんと自然児の富嶽が誰より心得ている。

 (わかってはいるが……もう腹を満たすだけの数は殺したろう……⁉)


 親を殺された幼獣が立ちすくんでいる。紅模様が目をつけた。

 『オレがいただき!』

 (待て! 待つんだ!)

 もう耐えられなかった。傲慢は百も承知で、子供だけでも助けようと試みる。


 すでに肉体は制御不能。肉体はボス象の死体を夢中で八つ裂きにしている。アシャラの目覚めにより、容れ物の主導権は完全に鬼女に移ったのだ。   

 大型船用の錨鎖を巻きつけられたに等しい強縛を味わいながら、紅い鬼女を制止させようと富嶽は足掻いた。

 『毛深の子ども、腸が旨い!』

 (やめんか食欲過多のジャワ原人!)


 一瞬だが、アシャラの体が動いた。

 右のストレートパンチが紅模様の横面を直撃したのだ。

 (大山鳴動・天狗礫てんぐつぶて!)

 剣術を収めながら剣を使う機会の少ない富嶽が得意とする徒手の技。噴石に見立てた拳は、実際に熱を帯びており火山弾の如し。


 『アシャラ! 何する!』

 激怒した紅模様がアシャラに体当たりしてくる。

 頭突きで押し返してくれようと腰を落としたが、魔法が解けた。

 紅模様を殴れたのは、大女おとめの絶大なる精神力を傾注して起こせた一度きりの奇跡であり、二度の歴史介入は許されなかった。

 報復のタックルに富嶽を入れた鬼女の体が大地を這った。

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