第14話 山姫と桜の精 其の三

 「さっき、あなたに絡んでいたのは射水さんたちでしたね」

 「見ていらしたのですね」

 少年がきまり悪そうに視線を落とす。

 「恥じることなど一切ありません。自省内省とは程遠い人たち、おおかた八つ当たりで昨日の失敗の責任を問われていたところでしょう。ああいうことがよくあるのですか?」


 「いえ……たまに……少しだけ……よく……」

 歯切れの悪い返答は、何より雄弁に半ば日常的な行為であることを語っていた。

 「初さんも、あの人たちを放置しておくなんて困ったものですな。さっきも警告にとどめず、肩ぐらい抉っていても良かったかな」


 「五一ごいちがいてくれたら、若先生のお手をわずらわせることもなかったのですが」

 「五一とは、初さんの側仕えの子でしたかな」

 「私ともども京都でお嬢様の学校生活をお手伝いしている子です。口が減らない上に余計なことにばかり鼻がきくからまわりも迷惑しております。今日も私と二人でここをお訪ねする予定だったのですが途中で雲隠れしてしまって……」

 消えた相方へ恨みを向ける横顔が、梅味の飴玉のマスコットキャラクターみたいで、この上なく愛くるしい。


 「おかげで私の見せ場が作れました。ささ、もっとこっちへ」

 大きなお尻を枝先のほうへずらす。自分ともう一人の重量はきついかもしれないが、そこは長年の風雪に耐えてきた巨木ゆえ我慢してもらおう。

 「失礼致します」

 行儀よく、つくねんと富嶽の横に腰かけた。

 ただし間にリュックの中身である大きな紙袋をはさんで。


 「初お嬢様からの陣中見舞いです」

 もっと密着して座ってほしかったのに、身代わりみたいに紙袋をあてがわれて少々がっかりであるが、距離が詰まると相手とのサイズ差がよくわかった。

 伊良忠太の身長は150センチ強といったところか。初よりはやや大きく、自分と抱き合えば黒々したおかっぱ頭は胸のあたり。体重に至っては三分の一以下であろう。


 「どうぞ中をご覧になってください」

 言われるまま袋を開けてみると、漂う甘い香りにささいな不満は吹き飛んだ。

 果物がいっぱい詰まっていた。バナナにマンゴー、洋梨にパイナップルまである。

 「これは良いですな。初春の山で南国情緒を満喫できるとは」


 「若先生は果実を好まれるとお聞きしたので、山中で自生しているものより熱帯産のほうがお喜びになるかと市内まで買い出しに行ってきました」

 「猿みたいに柿や山桃を齧ると言っていたでしょう?」

 「はい、まるでゴリラだと……いえいえ!」


 あわてて否定するこの子をぎゅっと抱きしめたい衝動にかられた。丁寧語で話すところも馬が合う。まさに自分のために誂えられたような男子ではないか。

 彼が言うなら、例え死ねドブスと言われても許す。魔界へ帰れ女夜叉と言われても最高の誉め言葉と受け取ろう。

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