第15話 山姫と桜の精 其の四

 「あの、本家からの通達をお読みしても良いでしょうか」

 上目遣いで聞かれて、忠太の訪問理由を思い出した。

 「や、肝心なことを忘れる所でした。私の悪遮羅姫継承についての条件は?」

 「お聞かせ致します」

 少年は懐から折り畳まれた書状を取り出し、堅苦しくも澱みなく読み上げ始めた。


 「――通告、片山富嶽は、この書面を受け取った翌日、ただちに本家が指定する四つの課題を成し遂げ、中道剣と山姫の称号を得るに足る武勇を示せ」

 「その内幕は?」

 「一つ、猪子山近辺で農作物を荒らす猪を退治せよ」

 「二つめは?」

 「二つ、鹿子山の植林を食害する白鹿を捕獲せよ」

 「三つめは?」

 「三つ、北胡蝶山に以上繁殖した烏を退治せよ。最後の一つは先の三つを成し遂げた後、追って通達する──」


 富嶽は嬉しそうに膝を打った。

 「本家の方々はお優しい! 近日中に帯刀して下山できそうだ」

 「喜んでいてよいのでしょうか。私の口からは言いづらいのですが、お嬢様も本家分家の方々もいざとなったら何をなさるか。すでに湖国四山と呼ばれる凄腕の方々が本家に集結されております」

 「猪鹿蝶の湖国四山といえば武芸者というよりも妖獣使い。皆様、私の力量をわかっていらっしゃる。もはや尋常の勝負では私には太刀打ちできぬゆえあやしの者にぶつけてみることを試すつもりなのでしょう。されど、化け物退治なら経験があるのですよ」


 「……では、お受けすると報告してもよろしいのですね?」

 戸惑い気味の忠太に富嶽はかすかな苛立ちを覚えた。

 彼は私の“心配”をしているのではないか。ただの意地や自惚れで宗家一党を相手どれるという頑迷の袋小路に陥っていると“誤解”しているのではないか──だとしたら安くみられたものだ!

 あまり女性的ではない、少なくとも普遍的ではない心性、普段は胸中深く眠っている片山富嶽特有の反骨の相が、むくむくと頭をもたげてきた。

 「受けますとも! 四山ふぜいが何だというのです!」


 余人はともかく、この少年にだけは全幅の信頼を寄せられたい。

 言葉を交わしてまだ数分ばかりで、表向きは謙虚な大女おとめに敢えて放言をさせるほどの価値を忠太に見出したのだ。

 

 「帰ったら初さんに伝えてください。富嶽が罠を張るなら二重三重に張り巡らして、強の者を選りすぐっておけと生意気なことを言っていたとね。それから、あなたと昔のように遊びたがっているとも」

 「か、かしこまりました」

 厳つい顔面をより強張らせて宣言され、忠太は冷や汗をかいて頷いた。

 「では若先生、また後ほど」

 「はい、ご苦労様でした」

 木から降りた少年を見送ってから、富嶽はしまったと唇を噛んだ。

 明日からの三つの試練制覇につきあってほしいと頼むつもりだったのに。


 

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