第12話 湖国四山 其の四
「後継者がいきなり頭を下げてどうするの⁉」
「黙ってて! これからよ!」
弱気な発言を詰る母に歯を剥いて、初は耳障りな声で叫んだ。
「四山の力を借りなきゃいけない自分の不甲斐なさを認めて命令させてもらうわ。あんたたち富嶽を倒してきなさい! きれいな勝ち方にはこだわらないからね! 多少の見苦しさには目をつぶるわ! それから、お茶啜ってるデカい奴!」
遠慮なく敵意を込めたまなざしを如斎谷へ向けた。
「昆! なに当たり前みたいな顔してこの部屋に座ってんのよ⁉ クソろくでもない
しかし如斎谷昆は柳に風、首を傾けて罵声を受け流す。
「謀とは滅相もない……お嬢様に睨まれて私に何ができますやら」
「およしなさい初、今は味方が一人でも必要なときですよ」
「お母様はこいつが味方に見えるの?」
「敵に見えて当然だよ。お嬢は昔、試合で負けた後に全裸で簀巻きにされて、悪遮羅神社の鳥居に吊り下げられたんだよね」
「やかましい
場にそぐわない呑気な声を出したのは、背後に控える側近の右側のほう。初は即座に回し蹴りを打って黙らせておく。
「いやはや、あの頃は私も勝負の定法をわきまえぬ子供でしたから、つい勝利の余韻を長引かせてたくて死者を過度に鞭打ってしまいましたな」
「如斎谷家の勢力拡大のために昆さんが暗躍している
「過ぎたことは水に流せか……」
畳に這わされた右の側近が皮肉っぽくつぶやく。
「この女は濁り酒どころじゃないっての! 毒よ毒!」
「落ち着いて。あなたは何か言うことはなくて?」
「富嶽くんは慈悲深い。死ぬと感じたら迷わず命乞いしたまえ」
「もうよろしい!」
夫の発言を打ち切って、芽留は手を鳴らす。
「さあ、この後、出撃順を決めたら、さっそく富嶽へ送り付ける書状をしたためなければなりませんね。
指名された左の黒頭巾が震えるように瞬きした。
「──はい」
「それと特製の〝お土産〟を持たせますからね。富嶽も山中では不自由しているでしょうから……」
典雅な、しかし歪な薄笑いを女主人は浮かべた。
その横顔と使者を任された黒頭巾を栄姫がじっと見つめる。
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