第11話 湖国四山 其の三

 東の妻城、西の桜井、北の置塩、南の射水。

 湖国四山──本家を守る四つの家と、格家を代表する実力者たち。

 「策に頼るなとは言いません。むしろ絡め手こそが昆獣こんじゅうを駆使する私たちの本領。でも義姉ねえさん、あなたが蔑まれる原因はあなたの手口にあることぐらいおわかりでしょう? 悪遮羅流の名を貶めないためにも、もっと自分を大切にしてほしい、これが私たちのささやかな願いです」

 「うっ……」

 ぴしゃりと言われて、駄々っ子気質の栄姫も返す言葉に詰まる。

 これぞ湖国四山の束ね役・北胡蝶の置塩晶美の貫禄。大里逗家の女主人も満足して、数時間ぶりに笑顔を取り戻した。


 「お見事ね晶美さん、さあさあ内輪もめもここまでにして。あなた方には心を一つにして事態ことに当たってもらわなければならないのですから」

 「片山富嶽への誅罰なら一人でやらせていただきます」

 晶美の堂々たる言いっぷりに頼廣と善監も続いた。

 「そのために俺たちは馳せ参じました!」

 「三山、もとい四山にとってまたとない晴れ舞台!」

 彼らとて片山富嶽の実力はじゅうぶん承知している。過去に一度は手合わせして敗れながらも、なお漲る覇気に芽留は狂喜した。


 「皆さん頼もしいこと。遠地とはいえ本家が受けた恥辱に知らぬ顔を決め込んでいる分家にも見習わせたいわ。鎌倉や駿河はすぐには無理としても、畿内の者は何をしていることやら。来てくれたのが桑名だけなんて、ねえ昆さん?」

 話を振られて如斎谷昆が薄く笑った。

 「旗本時代から大里逗のお世話になっておりますから」

 「何らかの思惑があってのことでしょうけど嬉しいですよ」

 さすがに芽留もこの女に全面的に信を置くのは危険と察しているようだ。初もそこは母以上で何度も胸の奥で帰れ帰れと叫んでいる。


 「初、あなたからも皆に念押ししておきなさい」

 母に促されて初はすっくと立ちあがった。

 「ええと……中道剣を富嶽に奪われたのは、あくまであたしの実力不足。急に呼び出してごめんなさい」

 意外も意外。いきなりの謝罪に座敷の空気が大きく波打った。


 「何を言っているの初⁉」

 「熱でもあるのか⁉」

 傲岸賦存が持ち味のひとり娘の謙虚な態度は、両親をして驚愕させた。

 他の面子も同様で、湖国四山も少なからず動揺し、黒頭巾の五一は相方に明日は雨だ雨だと囁いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る