第7話 片山富嶽とは何者なのか 其の二

 「あなたがやると言うの?」

 「はい! 一思いにバサッとお願いします」

 桜花匂う陣幕の中で、初の母・大里逗芽類おおりずめるの含むところある問いに富嶽は元気よく答えた。


 悪遮羅姫選定の儀式は、極めて特異かつ単純な実力主義である。

 四年ごとに、桜の季節に各地域から候補者たる女性門下生を選出、トーナメント戦を行って八名にまで絞る。当然ながら、順当に勝ち進んだ富嶽とシード扱いの初もいた。

 特異とされるのがここからで、最後の試練が中道剣を用いた試し斬りである。それも候補者が何かを斬るのではなく〝斬られる〟のだ。悪遮羅姫を継ぐ女は、我が身をもって悪を遮ることを証明しなければならないというわけだ。


 大里逗邸の和館の中庭に、白砂が敷かれ、八人の娘たちが斬首刑に処される罪人のごとく座すと、彼女たちの頭部へ大里逗家当主が中道剣を振るう。

 回避は失格扱い。寸前で受け止めるか、ノーガードで受けきるかの二択のみ。


 もちろん耐久力より胆力と反射神経を試す斬首の真似事であり、ぎりぎり寸止めにとどめるのが大前提だが、怖いものは怖い。

 八名のうち半分は寸前で棄権、残る者も躊躇し、初でさえ脂汗にまみれる中、皆さんの決心がつかぬようなのでと名乗りをあげたのが富嶽であった。


 「よい覚悟です」

 片山の娘が殺される──誰もが内心思った。

 米留夫人は表向きこそ典雅で寛大な女主人を装っているものの、富嶽を嫌悪することにかけては他の郎党らと大差ない。

 とても十七の娘がいるとは思えぬほど若く瑞々しい容姿と、180センチの長身を誇る美貌の女丈夫であるが、内面の狭量さは如何ともし難く、いったんヒステリーを起こすと諫められるのは、入り婿ながらも家内のあしらいに長けた温和な夫の真喜雄ぐらいなものだ。


 中道剣は鬼女退治の逸話を持つだけあって、柄も含めて四尺あまりにもなる長大な直刀である。

 武の才能以前に、この剣を振り上げることすら困難なのは承知の上で、愛娘の箔付けのため、悪遮羅姫継承の最大の邪魔者を〝事故〟に見せかけて排除する可能性がゼロとは言えないのだ。

 そういった事情を抜きにしても、今日の奥方様は様子がおかしい。中道剣を手にしてから目が真っ赤に充血している。


 「――あの世で後悔なさい!」

 「あの世⁉」

 「お母様⁉」

 寸止めする気など皆無の台詞に、初と夫が縁側から身を乗り出した。

 他の者は目をそらすか手で顔を覆うかして惨劇に備える。


 カンッと岩でも打ったような音がした。

 皆がおそるおそる視線を戻すと、大刀を頭上に乗せて富嶽が微笑んでいた。

 ただ一筋、目と目の間に血を流して。

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